第2話 絶対関わりたくない乙女ゲーム 2

わたしの後ろで話をしていた美形二人が、はっと緊張したのが分かった。


(…いけない!聞いていたのを気づかれた)

モブの特性か、わたしはその場にいても気付かれない事が多い。


その他大勢の中にまぎれてしまうからだろうし、忍者では無いがすぐに部屋の壁に同化する事ができる(←別にこれ、自慢はしていない)


しかし、今回はさすがに見つかってしまったらしい。

(彼らにとっては真ん前だからね)


わざとらしく見えない様に、ゆっくりと屈んでフォーク拾い優雅に

(自分的にはそう見えるように)その場から立ち去ろうとした…その時だった。


「あんた…今の聞いていたか?」

真後ろからわたしの耳元で低いエアリスの声がした。


(…落ち着いて!ジェニファー、聞こえなかったふりよ)

「……」 

エアリスの言葉が聞こえなかったかのように、その場を去ろうと足を動かす。


けれど焦ってどんどん加速する足を我慢できず、小走り以上の勢いで逃げようとすると

 「…ほい、捕まえたぞ」

エアリスに簡単に壁際に追いつめられて、壁ドンされた。


上からエアリスの息がかかり、体温が分かる距離にまで近くに詰められて。これじゃあ…顔が上げられない。


「ねえ…ちょっと可哀想じゃない。こんな小さい女の子に」

 一緒にいたアベルの声も横からする。

下を向いたわたしの視界にアベルのタキシードに包まれた足と艶のある革靴と床がみえた。


(しまった…囲まれたわ)

 非力かつ、履きなれないヒールを履いた今のわたしじゃエアリスやアベルから逃げられない。

 

今のいままで絶対ゲームに関わりたく無くて彼らを学園に通学中は、徹底的に避けてきたのに…。

(卒業最終日にこんな事になるなんて…)

わたしは内心で唇を噛み締めていた。


 *****


(しょうがないわ――今打てる手はひとつ。しらばっくれること!)

わたしは徹底的に白を切る覚悟を決めて、ギュッと両手を胸の前で握りしめた。


「小さい女の子って…あのな、アベル。分かってるか?このパーティーに出てるってことはこいつは同学年なんだぜ」

 

エアリスはアベルへと呆れた様に言うと

「…なあ、あんた名前は?」

とわたしを覗き込んで尋ねた。そしてそのまま

「あれ?…庶民出身かな?それとも、あれか?メイドちゃんだったか?」

クスクスッと意地悪に笑った。

 

(ちゃんとパーティドレス着ているでしょう?)

メイド扱いされたことにいささかムッとはしたが、ここは『挑発に乗ったら負けだわ』とグッと堪えた。

 

か弱く見えるように敢えて手をブルブルとさせながら

(あまりにも下手芝居すぎて、そんなに寒かったっけ?と訊かれるレベルだ)

「お、お許し下さい。わたしはジェニファー=エフォートです」

となんとか、か細い声で答えた。


「…エフォート?」

「エフォート伯爵??」

「はん?…伯爵にこんな娘いるって聞いたことがあるか?」

「…いや、知らないな」


(まあ、そうでしょうね)

愛されているとは言え、伯爵にとって表立って自慢できる娘じゃないから。


エアリスが首を傾げて、わたしに尋ねた。 

「…悪いんだけどさ。ジェニファー=エフォート嬢…君、魔法学科にいたか?俺…あんたの事、知らない…んだよね」


商業ギルド長として人材を取り仕切る仕事も任されている彼は、学園の生徒とその特性をほとんど把握しているようだ。

 

わたしは首を横に振った。

そこへアベルは静かに質問してきた。

「もしかして…、薬学科?」


(さすがアベル、理解がはやいわ)

わたしはこくりと頷いた。


「…成程」

「まじか…」

途端にエアリスとアベルはわたしに同情した様子を見せ始めた。


 *****


そうなのだ。

この国の貴族達はほとんどが何らかの魔法を有している。


いわいる5大魔法――火・水・風・土・光魔法が一般的である。


もっと細かく派生したものもあるが、ぶっちゃけ魔力ゼロの魔法を使えないわたしにとってはどうでもいい話しだ。


そしてこの学園は、庶民でも魔力値が高ければ入学できるのと同様で、個人の魔力の有無、その値の大きさや使いこなす能力の優劣で将来が決まる徹底した実力社会だった。


へんな貴族のしがらみが無い…いっそすがすがしいとは思うが、世間知らずのお嬢様だったジェニーには大変つらい世界だったろう。

 

元々微量の魔力しか持っていなかったジェニーは、わたしが憑依してからは完全に魔力“ゼロ”嬢なのだから。


(ジェニーは気の毒だとは思うが、わたしも好きで彼女のこの身体に憑依した訳ではない)


ジェニ―になる前のわたしは激職ではあったが、やりがいのある職場に勤めていた。

そこで仕事半ばで倒れたようだが、あまり後悔はしていない。


強いていえば、一回くらい結婚したかったなと思うくらいだ。


そこそこ恋愛もしてきたが、確かに仕事と両立は難しかったから、あのままでは結婚はいつまでもできなかったかもしれない。


ジェニーは自分の境遇を嘆き、ヤケ食いを繰り返した果てにケーキをのどにつまらせて死んだようだ。


そして生き返った娘に伯爵はケーキ禁止の命令を下したのだった。


そして毎年、魔力がある基準の生徒で、学園に通う経済的なゆとりのあるごく数人は薬学科に進み、何とか学校に救い上げて貰って『学園卒業』のお免状を頂くのだ。


つまりはお金はあるが、魔力は組は薬学科に入るしか無く、薬草や実験でいわいる「手で造る薬」について学ぶ。


ポーションなどは魔力がないためつくれないが、一般の――市井の人々が使用するモノとして普通の薬は重要だ。


幸いにしてジェニ―は伯爵家の令嬢でお金はあるようだし、モノになるような薬ができれば特許をとって、販路をつくればいいかなと思っている。


(そんなにスムーズにいくかは分からないが)


まあ、とにかく無いモノを嘆いていてもしょうがないのだ。

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