第7話

 途中から、僕の視線は文字列ではなくノイアを追いかけていた。

 彼女のハイスピード読書についていけなくなったのもあるが、この二週間毎日のように見てきたはずなのに、僕の目は自然とノイアを追いかけていたのだ。

 それこそ、時間を忘れて。


「まもなく、閉館時刻となります。本日はお越しくださり、誠にありがとうございました」


 このアナウンスが、僕たちを無慈悲に現実へと引き戻す。この声が聞こえた以上、僕らはこの異世界に留まることは出来ないのだ。

「……もう、帰らないとな」

「そう、ですか……」

 心なしか、ノイアも残念そうな表情を浮かべている。

 何故もっと閉館時間を遅くしないのか。抗うことのできないルールに対する怒りが拳に流れる。

 ――そうだ。

「ノイア、最後に本の貸し出しについて教えるから、ついてきてくれ」

 僕はずっと握っていた本をそのまま受付まで持っていく。

 無駄な足掻きだというのは自覚しているが、これで少しは時間が稼げるだろう。


「こちらの貸出表にお名前と本の表題を記入していただけますか?」

 受付の人に言われるがまま、僕は貸出票に名前と本の表題を記入する。後ろではノイアがその様子をじっと見つめていた。

 今思えば、本になっていた彼女にもバーコードがなかったから、こうして貸出票を書いたっけ。

 この図書館でノイアと出会ってからのことを思い出していると、あっという間に記入が終わってしまった。

「ありがとうございます。返却期限は三月一二日までとなります」

「……ありがとうございます」

 稼いだ時間は、本当に一瞬で無くなった。

「じゃあ……」

 帰るか。その言葉が僕の口より先に、ノイアが声を上げる。

「ま、待ってください! 実は忘れ物をしてしまいまして! 先に、外で待っていてくれませんか?」

「あ……あぁ、分かった」

 どこか引っかかるものの、僕は彼女の言うとおりにしたのだった。


 数分経って、ノイアが図書館から出てくる。

 この一瞬とも永遠とも思える時間の中で、僕は今自分が何をすべきか必死に考えた。

 

 ――協力者である自分が、足を引っ張るわけにはいかない。

 

「……ノイア」

 ノイアと過ごした、苦労しつつも楽しかった二週間を胸に留めて。

 彼女が自らの手で理想郷を掴めるように。彼女の背中を押してあげられるように。

 僕なりの最大限のエールを、彼女に送る。

 

「理想郷、いつか連れてってくれよな!」


「……トモキ」

 

 私は喉で溜めていた言葉を押し戻し、協力者トモキへ精一杯の感謝を述べる。

「分かりました! 必ず迎えに行きますから、待っていてください!」

 そういって世界を去る私を、彼は最後まで見守ってくれていた。

 

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