第4話

 一週間が経ち、四苦八苦ありつつもようやく彼女ノイアとの生活にも慣れてきた。彼女に言われて普段通りの態度で接するようにしたのが大きかったのだろう。

 彼女は日時や時間、文字や言語といった世界の根幹を担う知識については既に理解している様子だった。更には事物の用途や取扱い方、その起源さえも見ただけで理解できるという。おかげで一から箸の持ち方を指導したり、電気の仕組みについて解説したりする必要はなかった。

 ではこの一週間、僕は彼女に一体何を教えていたのか。

 一つはこの世界の「生活様式」や「常識」だが、これは必要になったタイミングで教えればいいのでそこまで意識しなくても問題はなかった。

 肝心のもう一つは、この世界で暮らす人間僕らについてだ。特に「どういったものを楽しい・幸せと感じるか」について、彼女は何よりも詳しく知りたがっていた。

 そこで僕は、出来る範囲の娯楽という娯楽を片っ端から彼女に体験させることにした。口で教えるより、実際に体験してもらった方が手っ取り早いだろう。

 それにこの世は大消費社会だ。わざわざ探しにいかなくても、そこら中に娯楽は溢れている。ネタには困らない。

 正直僕らにとっては見慣れたものばかりだが、彼女にとっては須らく興味の対象らしく、どれも熱心に楽しんでいた。

 そして今日はウィンドウショッピングということで、この町で一番大きなデパートへと足を運ぶことにした。ここは立地がいいこともあって多種多様な店舗が連なっている。

 これにはノイアも大変気に入ってくれたらしく、おかげで終始施設内を連れ回されて質問攻めを受けることになった。

「見た事のない物が沢山あります! ほらっ、次はあのお店に行きましょう!」

「分かった! 分かったからちょっと待って――」

 子どもに持たされた風船みたいに、ノイアにされるがまま引っ張り回される。

 一週間の同居生活で緊張が解れたせいなのか、初対面時に見えていた彼女の慎ましさは完全に姿を消した。そして代わりに出てきたのが、このお転婆なのだ。

 結局その日は彼女の暴走気味な好奇心によって閉店ギリギリまで施設内を歩き回ることになり、帰り道の時点で僕の身体は萎みに萎みきっていた。

「明日は確実に筋肉痛だろうなぁ……これ」

 痛む足を前に出す度にそう思わずにはいられない。降り積もる雪に足を取られるせいで、余計に筋肉を酷使している気がする。

「トモキ、大丈夫ですか?」

 心配そうにこちらを振り向くノイアを見て、身体から漏れる生気を押し戻す。

「大丈夫だいじょうぶ、ヘイキ」

 殆ど空元気だったが、男の意地でどうにか気力を保つ。

「疲れたり、怪我をしたら言ってくださいね。私が――」

 急に先頭を歩いていたノイアの足が止まる。

 どうかしたのか。そう尋ねるよりも先に、彼女は一目散に何処かへと駆けていった。

 まだこの街に慣れていないはずの彼女が、一体何処へ行くというのか。

 疑問に思いながら何とか彼女の後を追うと、彼女が目指しているものの正体が段々と明らかになってきた。

 

――ゔぇーん! ゔぇーん!

 

 徐々に近づく泣き声。三歳くらいだろうか。

 大通りから路地へと入り、いよいよ声の出処におおよそ見当が付いてきた。

 声を頼りに奥へと進んでいくと、予想通りの背丈をした男の子が道端に座り込んでいた。周囲に人影はなく、辺りには大きめのゴミ箱が中身を吐き出して転がっている。

 先に着いていたノイアは男児の側まで駆け寄り、ズボンの裾を捲っていた。男の子の足は健康的な肌色をしているが、膝のあたりだけ異様に赤みを帯びていた。

「大丈夫ですよ」

 優しく頭を撫でながら、ノイアはもう片方の手を男の子の足へと当てる。

 するとノイアが触れた箇所から腫れが見る見るうちに引いていき、ものの数秒で元の肌色へと戻っていった。

「これで大丈夫ですよ」

 立てますか? とノイアが一声かけると、さっきまで大声で泣いていた男の子はすんなりと立ち上がった。

「さぁトモキ、この子の両親を探しましょう」

 そう言って立ち上がるノイアの側では、先ほどまでの泣き顔とは打って変わり安心した表情を浮かべた男の子が、大事そうに彼女の服を摘まんでいた。

 

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