第3話

「それで、ノイアさんはどうして僕の家にいるんですか?」

 ひとまず落ち着いて話をするために、お互い座って話をすることにした。

「それはですね」

 用意したお茶を一口飲み、ノイアは答えた。

「あなたに、助けていただいたからです」

「……身に覚えがないんですが」

「では、事の最初からお話ししましょう」

 残ったお茶を全て飲み干してノイアはゆっくりと話し始める。

「私はあなたたちが住むこの世界を調査するために、この世界の外側にある神の世界、『アニバ』からやってきました」

「世界の……外側」

 その言葉に僕は喉に溜まった唾を一気に飲み込んだ。

「この世界は云わば枝。神の世界アニバという幹から伸びる、数ある枝の一つなのです」

「僕らが暮らす世界もその『アニバ』っていうところが基になって出来た……ってことですか?」

「その通りです」

 ノイアは手で小さく拍手して見せる。だが僕の頭は拍手一つすら受信できない程キャパオーバーとなっていた。

「そういう訳で私はアニバからこの世界へとやって来たのですが、そこで問題が生じてしまって……」

「問題?」

「えぇ。世界を渡るとき、私は本になる必要があるのですが」

「今さらっと凄いこと言いましたよね?」

 突拍子のない話にますます置いて行かれそうになっていると、ノイアは先ほどまで僕が読んでいた「知識神ノイア」を取り出した。

「これは『写し身の書』と言って、書かれたものの存在を書物です。これを通じて、私は他の世界へ移動しているのです」

 こっちの世界に来るために、その本を中継地点にした……ってことなのか。

「それで、写し身の書を使ってこの世界へ降り立とうとしたのですが」

「本の状態で誰かに拾われて、図書館の中まで持っていかれたとか?」

「  」

 急に顔背けたなこの神様。

 本当に図星だったのか、ノイアは咳払いを一つ挟んでこちらを向き直す。

「ともかく、あなたのおかげでなんとかあの大書庫から出ることが出来ました。ありがとうございます!」

「……まぁ、お役に立てたならよかったです」

 ひとまず事の経緯は理解したが、どうしたものか。

 先の言葉に詰まっていると、ノイアから思わぬ発言が飛び出した。

「……よろしければ、調査に協力してくれませんか?」

「協力?」

 そういえば、この世界を調査するために来たんだっけか。

「えぇ。私はを作るためにこうして旅をして、知識を蓄えているのです」

 とんでもなく大きなスケールの話になりそうなので、深くは追及しないことにする。

「協力って、具体的には何を?」

「この世界での暮らしについて教えていただくだけで大丈夫です。どうか、お願いします!」

 そうしてノイアは頭を下げてきた。仮にも神様に頭を下げさせると思うと、非常に落ち着かない。

「…………分かりました。協力します」

 その一言を聞き、ノイアは頭を上げ、目を輝かせる。

「本当ですか!? ありがとうございます! えぇっと……」

「知記です。白石知記しらいしともき

「ありがとうございます! トモキ!」

 

 こうして、僕は成り行きに任せる形でノイアからの協力を受けることにした。ただ既に外は真っ暗闇ということで、調査は明日からすることになった。

「それでは、明日からよろしくお願いします」

 そう言ってノイアは玄関扉の取っ手を押した。

 外の空気が一気に室内へと流れ込み、僕らの身体を痛めつけてくる。そんな中、一つだけ優しい感触が僕の鼻先へと伝わる。

「……羽?」

 すぐに掌へと零れ落ちたそれを見つめ、扉へ視線を向ける。

 そこには全身を包み込める程に大きな翼を携えて飛び立とうとするノイアの姿があり、彼女が人ならざる存在であることを否応にも理解させられた。

「あの、どこに行くつもりですか?」

「とりあえず辺りを飛んで、周囲を探索してこようと思います!」

 その返答を聞いた僕はすぐに彼女を家の中へと引き戻し、この世界には「空を飛ぶ人間がいないこと」から教える羽目になった。

 このまま彼女を放置しておくと、家がUMAの出現スポットにされかねない。

 緊急脳内会議の結果、彼女にはここで寝泊まりしておとなしくしてもらうのが一番という結論に行き着くのだった。

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