第17話 連戦連戦
クリュスエルの方向に委縮していたフェルディナの顔面を左手で鷲掴みにすると、右手の剣で左膝関節部から剣を突き刺した。
フェルディナの苦悶の声が上がる。
クリュスエルは、ぐり、と剣をねじり、獣染みた声と共に蹴り飛ばした。
上手く足に力が入らないのか、後ろに蹴飛ばされたフェルディナはそのまましりもちをつく。ぽたり、とクリュスエルの剣先から血が垂れた。フェルディナのひざ元にも血がついている。
だらり、と手を下げ、クリュスエルは右足で小さな一歩を踏み出した。
「ぁあっ!」
再び両の犬歯を大気に突き刺し、吼える。前進も一気に。
起き上がりかけのフェルディナの顔を横から蹴りぬいた。
がしゃん、と鎧が派手な音を立てる。フェルディナは、はは、と笑っていた。鎧が揺れていた。
「流石だなあ」
ひい、ひい、と笑いながら、ゆっくりとフェルディナが起き上がる。
クリュスエルは見下ろしながら睨み続けた。
「獣性と大木。いやいや、今の騎士の戦闘スタイルの基本を確立したエーアリヒの血だ。楽しいねえ。楽しいねえ」
がしゃり、と鎧の音が左からも聞こえる。
クリュスエルは半歩だけ動き、左の音の主も視界に収めた。
「そこの愚弟の兄にしてユリアン公が次男エスターロ・フォリー・アノルマル。次は、自分と遊んでくれや」
左手に握られた剣が光を反射する。
古代語で書かれた銘は『遊びこそ最大の学び』。
その剣が、振り下ろされる。一歩下がる。もう一刀。今度はヴィオルヌ側に下がった。
突きが二回。いずれも体を動かしてかわす。
「弟君は、まだやれるようでしたが?」
「恨まれる兄の動きさ。楽しそうだから奪った。ま、騎士らしいだろ?」
「どこ、がっ」
クリュスエルの腹部に鋭い痛みが走った。
会話に気を取られた? 否。突きの速度が変わった。打ちだしは一緒で、途中で早くなったのだ。
だから、鎖帷子が一部壊れた。
「装備の差は、準備の差だ。騎士の実力だろ?」
流石兄弟と言う笑みをエスターロが浮かべた。
「はっああ!」
獣性を解放したエスターロの豪快な一撃。
クリュスエルの剣が弾け飛んだ。
「らあっ!」
が、計算の内。
わざと剣から手を放し、エスターロの力を前に逃させたところで剣を手甲で流したのだ。
相手の前進の力も合わせたカウンターパンチを顔面に。嫌な感触の後、エスターロの紫色の頬が見えた。
すぐに距離を詰め、右手橈骨部をエスターロの顎に当てる。握った左手で鎧に包まれた腹を複数回殴った。クリュスエルの背中に両腕分の衝撃が加わる。体が離れたところで腹に膝。その膝をクリュスエルは掴んだ。体を後ろに倒し、エスターロを引き倒す。
「人の獲物取るなよなっ」
フェルディナの声。
クリュスエルはしゃがんでかわすと、剣の下まで転がった。
剣を取る。
目の前には、左膝から下を赤くした弟と、左頬が変色した兄。
「普通は、一騎討ちではありませんか?」
やれやれ、とクリュスエルはけだるそうに肩をすくめた。
「こいつが悪い」
と、兄弟が互いに指差し、笑う。
が、その雰囲気も一瞬で兄弟で駆けてきた。足に怪我を負っていない兄の方が早く、左利きに何とか対応している内に弟が大ぶりの一刀。兄を挟んで、右利きの弟に代わり、左利きの兄に代わり、右利きの弟に代わる。
似た動作。似た攻撃。似た選択でありながら、右と左が決定的に違い、それによって軌道に差異がでる。完全な反転となる体の動作と、完全な反転では無い剣の軌道。
(厄介ですね)
今は鎖帷子や脛あて、手甲が主に攻撃を受けているが、防具が無いところにも時折痛みが走っている。完全に捉えられるのも時間の問題だろう。
弟が下がった。兄が出てくる。その兄に、砕けた石畳が投げ込まれた。兄の足が止まる。その間に兜が飛んできた。遅れて、革の水筒らしきもの。良く分からない液体が兄にかかり、兄の足がより下がっていった。
「エーアリヒ卿!」
援護してくれたパシアンの叫び声。
クリュスエルは姿勢を低くすると、一気にエスターロの懐に飛び込んだ。蹴り。離脱。瞬間に、パシアンの獣の叫びが鼓膜を破らん勢いで聞こえた。
明らかに異質な金属音。エスターロの体勢が崩れる。
「らあっ!」
クリュスエルとパシアンの声が重なった。蹴りも重なる。
二人に蹴り飛ばされたエスターロと弟フェルディナとの距離が大きくなった。
パシアンが獅子哮する。
身長と筋肉を生かした獣性任せの一撃。
たったの一撃でフェルディナの体勢が大きく崩れた。
怪我もしているのだ。当然である。普通でも受けきれない攻撃なのだから。
だが、遠慮もしない。
クリュスエルは崩れたフェルディナに近づくと、今度は右膝裏から剣を突き刺した。すぐに抜き、腰を剣の柄で打つ。内腿も殴りつけ、軽く蹴って離脱。瞬間にパシアンの剛剣。
フェルディナの鎧がへこみ、目がうつろになった。
クリュスエルはフェルディナに背を向ける。
パシアンは正対したまま。
狼と獅子の声が重なり、蹴りがフェルディナに繰り出される。
人がしてはいけない跳び方をして、フェルディナが柵を壊し露天にぶつかった。物が崩れ落ち、その下に埋まる。
横目でそれを確認すると、クリュスエルはエスターロに向き直った。
遅れてパシアンも向く。パシアンは既に上段に構えたようだ。
「無理だろ。俺は逃げる」
エスターロが首を動かし、左の口角を歪めて吐き出した。
剣を落ちそうな様子で握った左手をあげ、右手で腰のベルトを外している。
外れれば、鞘と手斧のついたベルトをこちらに向かって投げ捨てた。それから、一歩ずつゆっくりと引いて行く。剣は横に倒して。
「大人しくもらっておこうぜ」
「そうですね」
目標はヴィオルヌ救出。
降参するなら追う必要は無い。
クリュスエルはベルトから手斧を二つ取ると、邪魔な兵に対して投げつけた。パシアンからの二つも含めて計四つ。四人の血しぶきが上がる。
もう一つ手斧を手に、クリュスエルは後方から迫ってきていた騎士に手斧を投げつけた。素早く距離を詰め、足をすくって蹴飛ばす。その間にもパシアンは前方に駆けていた。
その進行方向には、フロモン伯の長男。
クリュスエルは駆けだした。フロモン伯の長男が悠然と鞘から剣を抜く。
「不甲斐ない従弟に代わり、フロモン伯が長男ガブリエール・フォリー・アノルマルがお相手しよう」
(代わり、なら名乗らなくて良いですね)
パシアンと目が合った。パシアンが足を止める。クリュスエルはそのままパシアンに近づいた。パシアンの腰が落ちる。腕は前に。クリュスエルは跳ねると、その腕に両足をのっけた。クリュスエルの二回目の跳躍とパシアンの打ち上げが重なる。
空中は無防備だ。
だが、それを防ぐようにパシアンが手斧を投げたのが見える。時間をおいて二投。対処している内に、クリュスエルはガブリエールの真ん前に来た。
犬歯をむき出しにし、顔面に抱き着くようにぶつかる。勢いそのままに地面にガブリエールの頭を叩きつけた。
跨り、両手を握って腕をあげる。
「らぁっ!」
いや、そんな言葉にもなっていなかった。
ただ牙を向け、力任せに鎚となった拳を振り下ろす。ガブリエールの顔面が砕けた。
苦悶の声をあげるそれを蹴飛ばし、踏みつけ、首を折る。
ぐ、とガブリエールの顔面を踏みつけた姿勢のまま、ゆらりと顔をあげた。
兵が退く。やっては来ない。遠巻きに見ながら、早く行けよと味方の背を押しているようである。
「ひひっ。狂犬狂犬」
そんな、ある種静かな空間にユリアン公の楽しそうな声が響いた。
「シャトーヌフ公がうらやましいよ。それに対してこっちときたら。アノルマルにまともな者はアルブレヒトしかいないのかな?」
がくん、と首を倒し、ユリアン公が息子が戦っているのに前に出ようとしていなかったフロモン伯を見た。
(これが狙いか?)
クリュスエルの思考は、別のところにもいく。
ガルディエーヌ伯アルブレヒト・フォリー・アノルマル。
彼が見逃した理由は、決闘で四人の実力を知っていたから。暴れられることを知っていて、暴れれば弟たちでは手が付けられなくて、間接的に自分の評価が上がる。
だから、見逃したのではないか。
「難しいことは後だ」
パシアンが横に並んだ。
「難しいことは考えておりませんよ」
クリュスエルは答えつつ、血を振り払うように剣を一度振った。
「俺にとっちゃあなあ、ヴィオルヌ様を救うために目の前の奴らが邪魔。それしか分からん。だからそれ以外は難しい話なんだよ」
乱暴な言い方に、クリュスエルは笑みを浮かべた。
「貴卿が刀礼の騎士で良かった」
「お互い様だ」
こっぱずかしいこと言うなよ、とパシアンが笑い声交じりに返してきた。
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