第14話 フロモン伯爵領処刑場

「オキュール元帥は八百の兵を連れて郊外に待機しております。迎え撃つテレネレ兵は五百。しかも、指揮官はランドラ公でもノウム公でもございません。噂によれば、聖職者が自分を守ってほしいと訴えた結果、街の教会や塔に兵を割かざるを得なかったからとか」


「街中にやたらと居たもんな」


 パシアンが顔をしかめた。

 テレネレ人だから何でもできる。何をしても許される。

 そんな傲慢な行動も目にして、それでもヴィオルヌを救うために見逃したからだろうか。


 いや、見逃せたのだろうか、とも思う。

 少なくとも、クリュスエルには無理と思われたのか、クリュスエルは一人薄暗くかび臭い宿で待機をさせられていたのだ。


 街は、悲惨なのだろう。


「幸いなことに、ランドラ公やノウム公の兵とフロモン伯の兵は仲が悪いようです。フロモン伯兵からすればテレネレ兵は所詮余所者。テレネレ兵からすれば所詮は敗北続きのランティッド兵。見下しあっている両者が、垂涎ものの宝を目の前にして協力などできないのでしょう」


 ぐ、とクリュスエルの剣を持つ手に力が入った。

 飛び出してはいけないのは分かっている。忍ばねばならないのだ。耐えて、一瞬の好機を捉えてヴィオルヌを助け出す。そうすればより多くのランティッド人が助かる。


 そのために、目の前の少数を見捨てる。

 貴族ならば、大勢を率いるのなら。そういった判断をしていかねばならないのである。


「傭兵も、雇い主によって待遇が変わるからな。どっちのどこが良いとか、くだらない言い争いもあるみてえだな」

「傭兵か」


 クリュスエルは、柄をなぞった。

 大規模な戦いの後の問題の一つに、現地で解散した傭兵部隊がある。彼らはいわば荒くれ者だ。なんだって奪う。なんだってする。


「どっちも獲るんだったら、今やるしかないぞ」


 パシアンに対して口を開きかけたエトワールの前にソルディーテとスープノレスの手が出てくる。

 遅れて、クリュスエルとパシアンが剣を傍に置いた。エトワールも扉に向けていた背を窓に変える。


 静寂。ややの緊張。風はゆるく、ぬるい。しかし、首筋は冷たかった。


「失礼いたします」


 そんな男どもの緊張に垂らされるのは少女の声。

 クリュスエルは、素早く目を動かした。全員から否定を示す色が返ってくる。


 そんな中、それ以上の断りも無く扉が開いた。


 入ってきたのは細身の少女。しかし、足取りは静かで僅かしかないがその歩幅は一定。まさにどこにでもいる少女の服装であり、布地もきれいすぎず汚すぎず。暗い栗色の髪はどちらかと言えば黒に近い灰色のようだ。褐色の目も、うまく隠れるのに適している。


 まさに忍び寄るかのような女性だ。


 そして、騎士たちの視線を浴びながら一切動きが乱れないのも、怪しさを助長している。

 そんな中で、少女が春の小川のような所作で膝を折り腰を曲げた。


「お久しぶりです殿下。そして、初めまして。竜骨騎士団新生第三班の皆様方」


 殿下、と呼ばれうるのは一人しかいない。

 クリュスエルだ。

 ランティッド国王からは私権剥奪をくらい、厳密には貴族では無いのだが、かと言って完全に平民の扱いをいつも受けているかと言えばそうでもない。


「アルデュイナ公旗下群狼騎士団所属ティッター・アルルモンが孫娘、フォンセ・アルルモンにございます。ただ、お久しぶりと申しましても殿下にお会いした時の私は五歳。殿下のことは、ほとんど記憶にございません」


 そんなことを言いつつも、フォンセと名乗った少女の目はしっかりとクリュスエルに届いていた。

 クリュスエルも剣から手を放し、他の者の剣も下ろさせる。スープノレスは明らかに渋り、ソルディーテは人受けの良い豪快な笑みで表面上は剣を下ろしていた。だが、姿勢は明らかに抜き打ちによる一撃で少女程度ならば真っ二つにできる状態を維持している。


「アルルモン卿のことは良く覚えております。卿のおかげで、アルデュイナ南方は非常に穏やかでしたから。今も、お変わりないと嬉しいのですが」


「流石のお爺様も寄る年波には勝てないようです。ですが、殿下のお言葉があればまた若い時のように剣を振るい、鎚を叩き落とし、馬に乗ってどこまでも駆けて行けるでしょう」


「頼もしい限りです」


「話しているところ申し訳ありませんが、その少女がアルルモン卿の孫娘であると言う証拠はあるのでしょうか」


 剣を置いてスープノレスが前に出た。

 武器を持たないように見せかけて、位置取りと足からすぐにでもソルディーテのための射線が開けられるようになっている。


 それを知っているのか知らないのか。

 少女がその射線上に正中線を預けた。す、と服の上部をめくり、狼とトリカブトの徽章を見せてくる。


「しかし、これはお爺様がシャトーヌフ公に頼み込み特別な許可を得ていただいたものです。殿下が外せと仰せになるのでしたら、外して殿下にお返しいたします。これは、アルデュイナ公に認められて初めてつけられる徽章ですから。それすら許せない。不敬だと申されるのでしたら、今ここで我が首を刎ねてお詫びといたします」


 淡々と言っているが本気だ。

 そう思わせるだけの迫がある。


「それには及びません」


 だからこそ、クリュスエルも堂々と返した。

 慈悲深きお心に感謝いたします、と少女も無表情のままで頭を下げてくる。


「で? って入っちゃダメなのか。まあ、こんなんが大事な殿下の刀礼の騎士で悪いけどよ、俺はあんま長い話が好きじゃないんだ。アルデュイナ兵が助けに来てくれんのか?」


 パシアンがクリュスエルの肩に腕を回して、顔を少女の方に出した。

 少女、フォンセの眉間にうっすらとしわが寄る。目もわずかに細くなった。

 パシアンが顔を引いても表情は変わらず。視線も変わらず。


「シャトーヌフ公がついた方が勝ちます。ならば、無償で動くはずがございません。何より、シャトーヌフ公自身が殿下を後継順位第一位にしておきながら御自ら教育を施すことができていないのです。シャトーヌフ公国は、今回も動けません」


「動けない?」

「マクェレ・ドゥ・ランティッド。今、ランティッドで誰よりも力を持つ者はマクェレ・オプスキュリテです」

「にわかには信じられませんね」


 スープノレスが目を細めた。

 マクェレが一番のことが、では無く、シャトーヌフ公デニエルール・エーアリヒですら頭を押さえつけられることに関してだとは全員の意見の一致するところだ。


「宰相に任ぜられたアルデュイナ公を排し、師匠であり大元帥であった閣下を蹴落とした。陛下に阿る寵臣を集めたように見えて、その実陛下に愛されていた者でも無惨に処刑をしている。そのような者に誰がモノを申せるのでしょうか」


 誰も少女に言い返せない。


「陛下も今では趣味の木工と大砲に興じるのみです。妃を輩出しているアルグレヌ公を表面上は立てておりますが、実権は無く、陛下の叔父であるガンチュア伯も公爵への格上げを断られております」


「悪い。話が逸れてんだわ」


 いや。言い返せないのでは無かった。

 良い意味で空気を読まない男が、クリュスエルにはいる。パシアン・アンプレッセ。クリュスエルにとっての刀礼の騎士が。


「わざわざ何の用だ?」


 そして、するりとパシアンがクリュスエルの前に出た。

 フォンセの無表情から棘が取れたようにも見える。最初にパシアンを視界に捉えた時と変わらないのに、なぜかそう見えた。


「逃走経路を用意していることをお伝えに参りました」


 無表情のままのフォンセの口が、はっきりと動いた。


「逃走経路なら」

「全て潰されております。アルデュイナ公爵領から見張りに来た者達でも把握できるほどに」

「逃げましょうっ」


 エトワールが小声で叫びながら剣を掴んだ。

 ソルディーテがエトワールを掴み抑え、スープノレスが窓に近づいて再び外を覗っている。


「安心してください。テレネレにではございません。ユリアン公でもございません」


 ならば、導き出される答えはただ一つ。

 マクェレ・オプスキュリテ。

 ランティッドの、実質的な支配者にだ。

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