第12話 狂犬騎士団
ライール曰く、ヴィオルヌが捕まったとのこと。
その話に対して各々が反応を示す間があり、その後に村人がそろりそろりと皆出て行った。残っているのはクリュスエル、パシアン、エトワール、ソルディーテ、スープノレス。そして、報告者のライール。
もちろん、店主夫妻と看板娘、跡継ぎ息子は残っている。
「ユリアン公弟か」
五十過ぎの老騎士。その名をフロモン伯ラジェ三世と言う。妻との間に四男三女を設けたが、五歳を超えたのは三男一女。現在成人しているのは二人の男子のみ。
その息子ともども劣勢のヴィオルヌに対して協力を申し出て、罠にはめたらしい。
「爵位が無くとも、っと。戴冠式に合わせて男爵になっていたんだったな」
ぼり、とソルディーテが頭をかいた。
乱雑な姿勢のまま、のったりと何もない机の上を睨んでいる。
「要求してくるのは男爵としてではなく、軍団の指揮官としての身代金でしょう。男爵としての分が追加されるかもしれませんが、例えご家族が陛下の愛妾になったとしても農民に払えるような額ではありません」
「おい」
「知っておくべきだと思いました」
ソルディーテのにらみに対してもスープノレスは動じずに堂々と言った。
視線もしっかりとクリュスエルを見てきている。
とは言え、今のクリュスエルも派手に着飾ることはするが貴族位を失った自分の身代金すら払えない騎士。ヴィオルヌの解放をしようと思えば、借金するしかないのである。
「ヴィオルヌ様を慕う方の中にはオキュール元帥もいるはずです。その元帥ですら払いきれないからこちらに来たのなら……」
エトワールが途中で言葉を消した。
「閣下にも、お伝えするしか無いでしょうね」
クリュスエルが引き継ぐ。
「そんな金額を指定されたのなら、我らはこの村を去らねばなりません」
そのクリュスエルの発言を否定するようにスープノレスが言った。
「そのっ!」
声を張り上げたのは報告したきり静かになっていたライールだ。
膝の上で拳が硬く握られており、真っ白に震えている。
「身代金は、要求、されませんでした」
無償で解放か! なんて、ソルディーテが大きな声を出したが、本人自身が空滑りを自覚している。
「その。農民が神を騙り、王権を侮辱し、多くの民を惑わせたとして、宗教裁判にかける、と。南の教皇猊下が腹心をフロモン伯に貸し出すとのうわさも広がっております」
北の猊下への挑戦ならば神聖帝国も解放のために動いてはくれませんね、とエトワールが小声で分かり切ったことを言った。
「陛下は何をされているのですか?」
「ヴィオルヌ様を処刑するならばこちらもユリアン公およびフロモン伯の縁者や騎士を処刑すると脅されてはおりますが、効果のほどは……」
誰もがだろうな、と思った。
陛下、もといマクェレの手中には南の猊下と宗主争いをしている北の猊下が居るのだ。
その気なれば、そちらから手を回し、信仰に何ら問題は無いと示すことだってできるはずである。
それをしないのは、おそらく、もうヴィオルヌが邪魔だから。
連戦連勝。そして、和平を結ぼうとした陛下を公然と批判してしまう人。
ならば、もう役目が終わったと言うことだろう。自身を引き立てた前アルデュイナ公を終わらせた時のように。
「シック元帥は、どちらにおられますか?」
クリュスエルは剣を手に取った。パシアンも続き、マントを伸ばしている。
「神聖帝国に圧をかけると言う名目で五百の兵と共に東部へ行くように辞令が下っておりました」
クリュスエルとパシアンの舌打ちが重なる。
此処はランティッド南西部だ。アルデュイナ公爵領付近の北西部がテレネレ領とシャトーヌフ公の支配下にある今、神聖帝国に圧をかけられる道など二つしかなく、どちらも遠い。
「どのみち、エーアリヒ卿が此処を離れることをセードル卿は認めないだろう」
一切の準備をしていないスープノレスが言った。ソルディーテが「なんでだよ」と詰め寄っている。
「言い方は悪いが、今のエーアリヒ卿は貴族では無い。騎士も正式な任官で無い以上、身代金は安く済む。その上、強さは国内有数だ。ならば格の釣り合いを考えたとか言ってガルディエーヌ伯も貴族を出しては来ない。しかし、此処が正式な騎士であり既に二度捕まったことのあるセードル卿ならば話は別だ。
三度目になれば誰でも高額になるうえ、セードル卿の剣の腕も世界中の誰もが知るところ。ガルディエーヌ伯自身が出てきても見劣りする格を持っている。
金の出しあいになれば、閣下は分が悪い。なのに、相手は勝手に身代金を互いに引き上げようとしてくるわけだ。干し肉やワインじゃすまないところにな」
「気づいた時には引き返せないところにいた、と言うことです」
エトワールが小さく締めた。
確かに、そうだ。その理屈も、此処にいる者は身をもって知っている。
基本的には第三班が出れば勝っているのだ。即ち、身代金を払い続けているのはガルディエーヌ伯側。いわばこちらの軍団を養っているのも、ガルディエーヌ伯。
「…………オキュール元帥は?」
「自領に退き、兵を集めているそうです。ヴィオルヌ様と共に戦っていた者達にはもれなく声がかかっておりますが、ヴィオルヌ様の跡を継ぎたいからふりをしているだけ。葬式のために遺体が欲しいだけともまことしやかにささやかれております」
「誰が言っておりました?」
ライールの眉間に薄いしわが寄った。
誰もが? と少々の疑問形で返ってくる。
「はじめはマクェレでしょうね」
「まさか」
と、パシアンがスープノレスに返した。
スープノレスの真剣な顔は崩れない。
「あいつは目的のためだったら何だってします。地下闘技場を荒らしたこともありましたし、自身の刀礼の騎士だって殺しているのです。自身の立場を脅かすものを排除するためになら、それぐらいするでしょう」
どん、とクリュスエルは古ぼけた木の床を鞘の先で叩いた。
一気に視線が集まる。
「陛下に近い者はマクェレの影響下でしょう。ならば、やはり私たちだけで動く必要があるかと思います」
「同意」
パシアンがどん、と机に手を置いた。
おうよ、とソルディーテも続く。
「閣下がお認めになるとは思えません」
言いつつも、スープノレスも手を置いた。
全員の視線がエトワールに向かう。
そのエトワールは、嫌そうな顔が隠れていなかった。
「まず、海の向こうに囚われていた場合は無理ですよ」
「フロモン伯爵領に今はおります!」
ライールが唾を飛ばした。
エトワールがもう隠さずにしかめっ面を作った。
「フロモン伯の兵に、テレネレ兵もおります。何よりもユリアン公爵領の兵は代々精強ですので、非常に厳しい戦いになると思います」
パシアンの口が開いて、すぐに閉じた。
やってきた目は「なんだ、行くんじゃん」とでも言っているようである。言わないのは、エトワールが気分を変えかねないからだろう。
「その派手なマントは間違いなく不利になるでしょう。鎧もです。手斧も持っていけません。剣一本と予備の剣。それだけの装備で突破はまず間違いなく無理だと思います」
エトワールが長剣を持ち、机の上に置いた。
それから肉を切るための短剣も手に持つ。
「オキュール元帥と歩調を合わせる必要がありますが、向こうは提案を呑みはしないでしょう。先も、最後まで閣下と敵対的でありましたし、ヴィオルヌ様が居なければ刃傷沙汰になっていてもおかしくはありませんでした」
(それは無いと思いますが)
口にはしない。
「だから、利用します。
オキュール元帥の心酔っぷりから、間違いなく救援には来るでしょう。しかも、軍隊で来ます。大貴族のオキュール元帥の兵ならば、間違いなく相手も警戒します。街には入れたくないでしょう。だから、事に当たるのはランドラ公かユリアン公か。いずれにせよ、歴戦の将と兵が出払うはずです。
その隙ならば、可能性があります。
逃げるにしても、ヴィオルヌ様が居ればオキュール元帥も受け入れてくれるでしょう」
「良く言った!」
良く通る声で吼えたのはパシアン。
抱き着くように肩を回し、頭を撫でて褒め散らかしている。エトワールは迷惑そうな顔をしつつも、口元は緩んでいた。
「分かっているとは思いますが、これはいくつもの楽観的な思考に基づいた作戦です。いえ、作戦と呼ぶのもおこがましい方法です」
「忠を尽くし、婦女を慈しみ、命を懸けて事を為す。国に忠を尽くすなら、ヴィオルヌ様を救わねえとな」
力強くソルディーテが吼える。
「ディアサント様も兄君がいわれなき罪で処刑されれば悲しむでしょう。あのお方は今でも綺麗ですが、三年後にはもっときれいになっておりますしね」
どこか挑発してくるようにソルディーテが言った。
ありがとうございます! とライールが頭を地面にこすりつける。一番慌てたエトワールがパシアンを引きずるような形でライールの頭をあげようと躍起になっていた。
クリュスエルは笑みを浮かべ、それから薄めないワインを人数分頼んだ。
値が張るため、先払いで済ませておく。
「閣下はお怒りになると思いますが、これも騎士の道。荒くれ者と私たちを分かつ道標ならば致し方が無いでしょう」
机の上に古ぼけた木のコップが並ぶと、クリュスエルは懐から短剣を取り出した。
一つをかき混ぜ、しずくを全てのコップに振り落とす。
それを、コップの数だけ繰り返した。
「竜骨騎士団をもし追われるようなことになれば、名乗りを変えましょうか」
そして、クリュスエルが誰よりも先にコップを手に取った。
パシアン、ソルディーテ、スープノレスが一斉に続く。ワンテンポ遅れてエトワールとなり、最後にライール。
「神と、我が剣に誓い」
「神と、我が剣に誓い」
クリュスエルの後に、全員が続く。
「これより、我らは狂犬騎士団を結成する」
クリュスエルはコップを下げた。
「新たな名と、新たな誓いを此処に拝命いたします」
他の者もコップを下げ、コップ同士がぶつかる。静かな音が鳴れば、あとは一気飲み。
最後に、コップが激しく机をたたいた。
「で、名前の由来は?」
口元を拭いながらパシアンが聞いてくる。
クリュスエルは、犬歯をむき出しにしてにやりと笑った。
「こんな狂った作戦、獣に身を落とさないとやってられないとは思いませんか?」
各々が、各々の笑い声をあげたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます