4.疑惑のビデオ判定

 翌朝。高千穂と松実はある大きな和風邸宅の門前にいた。

 松実がメモ帳を捲る隣の彼女は、今日もヘルメットを被っていない。


「こちらが、容疑者を乗せたタクシーが映った防犯カメラのあるお宅ですね」

「門建てるだけでも松実ちゃんの貯金じゃ足りなそうだね」

っといてください! それよりこの家の主人、重黒木じゅうくろき爽さんについて。興味深い事実が分かりました」

「どうぞ」


 首を振って促すと、彼はメモを捲る。


「重黒木さんと亡くなった蒼さん。どうやら相当深い関係にあったようです。二人で買い物やらしている姿が、頻繁に目撃されていました」

「そうかい」

「そうかい、ってそんな軽い!? 被害者と接点があったのに!」

「接点あるだけで全て解決すりゃ苦労しないでしょ」


 高千穂はインターホンを押す。

 きっと使用人とかがいるのだろう、広い家ながら即座に応答があった。


『はい?』

「あ、すいませぇん。警察のものですぅ」

『はい、少々お待ちください』


 昨日すでに警察が来ているだけあって、対応はスムーズである。

 そのことにご機嫌そうな彼女へ松実は問い掛ける。


「ところで千中さん。重黒木さんに、何しに来たんですか?」

「いや、たいしたことじゃないよ。私も例の防犯カメラの映像見とこうって思って」

「それだったら署にデータがありますよ」

「それだけじゃないの。一つ聞いておきたいことがあって」

「はぁ」


 そんなことを話しているうちに。

 門がゆっくりと開いた。


「どうぞお入りください」


 物腰が丁寧で年齢以上にオーラが若々しい、中年のハウスキーパーらしき女性。うやうやしく頭を下げる。






「はい。今日はどのようなご用件でしょうか? あ、お茶どうぞ」

「どうも」


 立派な畳の応接間にて。茶と菓子を勧めてくれる、中肉中背柔和な糸目の男。

 この家の主人、重黒木爽である。前後左右上下内外どこを見ても人がよさそうの塊。

 空気を柔らかくしてくれるので、高千穂は焦らず唇を湿らせてから話を切り出す。


「いえ、二度目で申し訳ないのですが。防犯カメラの映像を見せていただきたくて」

「大丈夫ですよ。ちょっと待ってください?」


 重黒木はというか? した動きでパソコンを取りに行った。



「はい、こちらです。どうぞ」

「失礼いたします」


 画面を覗くと、ご丁寧に例のタクシーシーンだけ切り抜いた短い動画が。


「どうですか千中さん?」

「んー」


 松実が画面を覗く横顔を覗くと、彼女は映像をループさせながら彼の耳元で囁く。


「署でもらってる映像も、これと同じやつ?」

「他に何があるって言うんですか」

「そうじゃなくてって聞いてんの」

「そうですけど? 便利ですし」

「はーん、そう……」


 高千穂は次に、重黒木の方を振り返る。


「重黒木さん、二、三お聞きしてもよろしいですか?」

「なんでしょう」


 身を乗り出してくるので、彼女も密談するように顔を寄せる。


「まず、これの切り抜いていない映像はありますか?」

「ございますよ?」

「そちらを見たいのですが」

「そうでしたか。それは余計なことをしました」

「いえいえ、滅相もない」


 重黒木はテキパキと別のデータを再生する。

 しかし高千穂は、フルバージョンをもらったくせして早送りする。


「ちょちょっ! 何してるんですか千中さん!? せっかくのご厚意が!」


 松実が重黒木の方を気にしながらパソコンへ手を伸ばすも。

 彼女はそれを払い退ける。


「見たいのは後ろの方なの」


 結局そのまま映像は、切り抜きと同じところまで来てしまった。


「いったいなんのために元の映像見てるんですか」


 松実が呆れた声を出すも。高千穂は例によって例のごとく、彼はとして扱う。


「重黒木さん、次の質問ですが。昨日もこの切り抜いていない映像を捜査員に見せましたか?」

「そりゃね」

「その捜査員は映像をどこまで見ましたか?」

「……ここまで、でしたね。このあとは特に誰も映っちゃいないので」


 重黒木は少し思い出すように、間を取って答える。それを聞いて彼女は、パソコンの画面を見つめニコニコ頷いた。


「そうですかそうですか」


 松実も横から画面を覗くと、


「えっ?」

「どうしたの松実ちゃん?」


 デスクトップの真ん中、動画を再生するウインドウは停止している。

 それもタクシーが映ったシーンで止めているとかではなく。

 本当になんでもないようなシーンで。


「こんなの見て笑ってるって、千中さん頭おかしくなったんですか!? いや、まえからだけど!」

「すいません重黒木さん、ハエ叩きか肉叩きありませんか?」

「暴力反対!」


 頭を庇って逃げ去る松実を放置して、彼女は重黒木に笑い掛ける。


「それより、こちらの切り抜いていない映像もお借りしますね? それと最後の質問です」

「なんでしょう」


 高千穂がニヤリと笑うのとは対照的に。重黒木の表情は、ほんの少し強張こわばっているだろうか。


「うふふ。こちらのお宅は山道の入り口です。事件当夜、山の方で何か異変を感じたりはございませんでしたか? それ以外にも、下山してきた犯人や怪しい人物は見ていませんか? あるいは何か物音を聞いたとかでも」

「いやぁ? ないなぁ」

「そうですか、ありがとうございます」


 彼女は軽く頷くと、お茶菓子を口にポイッと放り込み。ぬるくなったお茶で流し込む。


「ではこの辺でおいとまさせていただきます。ほら、松実ちゃん早くお茶飲んで。ノーカット版の映像もらっといてね」

「あえっ?」


 藪から棒、間抜けな声を出した松実は無視。

 高千穂は重黒木と握手を交わし、さっさと応接間を出てしまう。






「ちょっとちょっと、千中さん!」


 松実は息を切らして走り、高千穂に追い付く。

 彼が重黒木邸を飛び出した時、高千穂はすでに道の遥か先を歩いていた。

 いつもならこういう時、彼女はベスパのエンジンを起こしたりと手間がある。そのため松実も間に合うのだが。

 今回は歩きなので出発済みだったのだ。


「いったいどうしたんですか!」

「どうしたってなんだよ」

「なんであんな画面見てたんですか?」

「そこで止まったんだもん」


 松実は腕を大きく振るが、相変わらず高千穂は進行方向を向いて彼を見ない。


「そうじゃなくて! なんで止まった画面をそのまま見てたんですか! そしてニヤニヤ笑ってたんですか!?」

「だって止まってたんだよ?」


 返事は要領を得ない。


「もっと分かりやすくお願いします!」

「分からない? しょうがないなぁ」


 彼女は人差し指を立てて左右へ振る。


「防犯カメラってさ、二十四時間つけとくもんでしょ? だから普通、録画の尺も二十四時間。なのにあの動画。右下の時刻表示が二十一時になるまえで、映像が止まったんだ」

「えっ、それって?」


 高千穂はようやく松実の方を振り返った。


「途中で切られてるんだよ。防犯カメラの電源か、その後の映像が」

「あ! あ! それって!」

「そう。何かそのあいだに、見られたくない映像があったってことだ。わざわざ切り抜きを用意して見せてくるのも


 そのまま、いつものように両手で鼻と口を覆う。


「おかしいと思ったのさ。松実ちゃんの報告じゃさ。『防犯カメラに山へ入っていくタクシーが映っていて、そこから仁科鉄雄に辿り着いた』って。変だよね。どうして犯行時刻を逆算して割り出すのに重要な。『何時に仁科が下山してきた姿も確認されています』がなかったんだろう、って。頭はトンチンカンだけどメモ魔の松実ちゃんが。判明している情報を伝え漏らすなんてことはないし」

「それ僕は褒められてるんですか?」

「理由は単純。誰も見てないんだ、そんなシーン。見られないように仕組まれてたんだから」


 高千穂は少し足取りが楽しげになる。


 やっぱりこの人は、推理が回ると明るくなれるんだろう。


 松実は復調の兆しを見せる彼女を見つめて、笑う。

 それに気付かない高千穂は、


「極め付けは重黒木さん。犯人はあの道を下山してくるはずだし、現場の足跡もそこへ続いていたのに。『この先の映像には誰も映っていない』なんてあり得ないことを言った。そのうえ私が『何か物音はなかったか?』と聞いても『なかった』だけ。『防犯カメラに入ってないか確認してみよう』とはならなかった。ま、それは単純に思い付かなかっただけかもしれないけど」

「と、と言うことは千中さん!」


 松実が高千穂の目の前に回り込む。


「何か隠蔽している可能性大の重黒木さんは! に、仁科鉄雄の共犯もしくは真犯人の可能性が!?」


 彼女もゆっくり大きく頷く。


「うふふ。なんらかの関与があるのは、間違いないだろうね」

「あわわわわ新展開だ……!」


 高千穂を乗せるべく、ややオーバーにリアクションを取る松実。軽いノリのまま、気になっていることを聞いてみた。


「そういえば、どうして今日もまたベスパなしノーヘルなんですか?」

「んー?」


 彼女はなんでもないことかのように呟く。


「電車乗って横須賀行くから」

「また!?」

「だってあの人、超優良模範囚でさ。月に七回面会ができるんだ。蒼さんも亡くなったし、私が使い切ってあげないと」

「そんな理由ですか!? 親御さんが来る分は!?」


 松実は開いた口が塞がらなかった。

 まぁもちろん、本当にそんな理由で横須賀に行くのではないだろうが。

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