第5話 星に願いを(昨日振り今年二回目)
師匠と弟子? 主人とメイド? そんなもの栄養バランスの取れたおいしいごはんの前では
「では先生…………ご実家に連絡されたくないのでしたら…………取引です」
作り物のように整った美しい先生の顔を覗き込み、にっこり、と微笑みます。
するとなぜか先生はビクリ、と固まり、まるで何か恐ろしいものでも見るかのように、その澄んだ水色の瞳でわたしをそうっ、と見つめ返してきました。
わたしはこんなに笑顔なのに、なぜそんなに怯えているのでしょう? 不思議ですね? ……ああ、お腹が苦しくて震えているんですね? では、さっさと用件を済ませ、お医者様をお呼びしましょうか。
大丈夫ですよ、先生。わたしの要求は、とてもとても、簡単なものですから……(暗黒微笑)。)
「……では先生、わたしからの要求は、ひとつです。これからは好き嫌いせずに、お料理を、お召し上がりになられますか?」
ぴっ、と右手の人差し指を立て、先ほどよりも笑みを深めて優しく柔らかくそう語りかけると、あまりにも容易な要求に拍子抜けしたのか、ほっ、と表情を緩め──やがて意味を理解したのか、まるでこの世の終わりとでも言わんばかりの表情でわたしを見たままピシリ、と固まりました。
いい絶望顔です。美少女が台無しです(二回目)。
先生が過去、どんな食生活を送って来たのかは
「野菜も残さず、ちゃんと、お食べに、なられますか?」
──野菜が嫌いなのです。でっかい子供です。…………そう、偏った食事をしているにも関わらず、なぜか出るところは出て、引っ込んでるところは引っ込んでるんですよね。顔もスタイルも完璧な、でっかい子供なのです。……解せぬぅ。
そんな完璧美少女さんがチワワのようにプルプルと震えながら、潤んだ瞳で訴えてきました。
──ほ、他の条件では──
駄目です。
にぱっ、と明るい笑顔で返事を返しますと、立てたままの人差し指で風の魔法を発動し、書斎の隅の辺りにあるわたしの勉強机からお重くらいの大きさの木製の
──…………ひ、一口。せめて一口分くらいなら、わたくしたぶんがんばれ──
駄目です。栄養が偏ります。出された料理は全て完食してください。
またもや何かを目で訴えてきたチワワ美少女さんの提案を、優しい視線を返すだけですっぱりと断ると、文箱を絨毯の上に置いて
貴族の連絡手段で最もポピュラーなのはお手紙です。アナログです。ですがここはファンタジーな異世界。《転移》の魔法陣という便利なものがありまして、お手紙を乗せて起動すると、一瞬で任意の相手に送れます。スマホでメールを送るような感覚です。マジカルです。しかも光ってる魔法陣とか乗せた物が消える瞬間の魔力の輝きとか、すっごく綺麗なんですよね~。今から送るのが楽しみなのです。
上蓋を机代わりにして手紙を書こう──としたわたしの腕を、がっし、と掴んだチワワさんが、何やら必死な視線で訴えてきました。
──ど、どっちに? どっちに手紙を送るつもりなのです…………? ──
どっち? わたしはすでに提案いたしましたよ? …………選択したのは、先生です。
今日一番の笑顔で、にこやか~に、返事をいたします。…………慈悲はありません。
「………………………………………………………………………………………………………………………………わ、わかりまし……た。わたくし……が、がんばります…………。で、ですから──」
まるで苦渋の決断を下したかのようなその重々しい言葉に、筆記用具を一旦置いてから、ずずいっ、と顔を近づけて、最早雨に濡れて震えているチワワにしか見えない残念美少女な先生の、青空のように綺麗な目を、しっかりと見つめます。
大丈夫ですよ、先生。カップルではなく師と弟子ではありますが、視線で会話できるほど想いが通じあっているのです。きっと幸せになれますよ。
今日は二十六日で今は朝ですが、その「好き嫌いをなくしたい」という(わたしが一方的にゴリ押しした)願いは、きっと天に届きますよ。……まあ、願いを叶えるのは神様ではなく……先生ご自身ですけどね♪(いい笑顔)
「……では確認いたしますが、これからは文句を言わずに、しっかりとよく噛んで、ちゃんと三食お食事なされると────誓えますか?」
今日は一年に一度の星夜祭(の後夜祭)。
わたしにとってはささやかな、先生にとっては一大事な、このお願いが叶ったのかどうか────それはまた、別のお話。
転生少女の異世界のんびり生活 〜飯屋の娘は、おいしいごはんを食べてほしい〜 明里 和樹 @akenosato
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