105 高層冒険者 2

 俺達の前にやって来たのはゴブリンの男と、フードを被った魔法士と思われる女の二人だった。


 男の方は初老に差し掛かるだろうか。しかしそれを感じさせないほどに、筋骨隆々とした立派ながたいをしている。

 例えるならばガンダムのランバ・ラルやノリス・パッカードのような、いかにも歴戦の古強者ふるつわものといった貫禄を醸し出していた。


 女の方は目深に被ったフードで顔がよく見えないが、こちらも只者じゃない雰囲気を醸し出している。


「ああ、一応そうだが。……あんた達は?」


「おっと、これはとんだ失礼を。あっしはハンジと申しやす。こちらは仲間のサラミス。――最近皆サン方が聖女ミリアリア様を救い出したというのを耳にしやしてね、本日はその事でどぉしても一言、お礼を申し上げたく参上した次第でござんす」


 ……なるほどそういう事か。さっきの騒動で、俺達がセリオス王子のパーティだと喧伝してしまったようなものだからな。

 彼らゴブリンは義理堅い。先日も何処で聞き付けたのか知らないが、サブとヤスが大家さんの家まで手土産持ってお礼を言いに来たんだった。


「へぇー……、あんたらは信じるんだな。あたいらがミリアリア様を救い出したって事をさ」


 リンメイの言葉を意外に思ったのか、二人は顔を見合わせてフッと笑う。


「ええ、それは勿論。――皆サンのパーティにはサリア様がいらっしゃるんです。疑う必要はありやせん」


「そういうこと。ねっ、サリア様?」


「「「えっ?」」」


 突然大家さんの名前が出たので、皆が大家さんに注目してしまう。

 そんな大家さんはちょっといたずらっぽく微笑みながら、二人の来訪者に語りかける。


「ふふっ、こんばんはハンジにサラミス。こんな所で会うなんて、驚いちゃいました?」


「驚きましたよもー。先日お伺いした時はそんな事、一言も仰らなかったじゃないですかっ」


 そう言うと女性はフードを取り顔を曝ける。美しい顔立ちに特徴的な長い耳。この女性もエルフだったのか……。


「ごめんなさいね。急に決まった事だったの」


 聞くと、彼らは大家さんが冒険者をしていた頃に世話をしてあげた新人冒険者だそうで、今でも付き合いがあり、大家さんの家に直接薬を買いに来ることが許されている数少ない冒険者でもあるそうだ。

 先程彼らがこちらに来る気配がした時、大家さんが彼らは問題ありませんと言った理由を理解する。




「貴方様がセリオス王子でござんすね?」


「いかにも。私がカサンドラ王国第二王子、セリオスである」


「此度はあっし共の大事な聖女様をお救い頂き、誠にありがとうごぜえやす。不肖このハンジ、この御恩は一生忘れゃせん。――困った時はいつでも言ってくだせぇ。お力になりやしょう」


 王子様はハンジのお礼の言葉に、首肯で返す。


「相分かった。……しかし、一つだけ言っておく事がある。聖女殿を救う事ができたのは私だけの力ではない。ここにいる皆の力があってこその結果だ。その事は忘れないでくれ」


「――! 承知いたしやした。皆サン、此度は誠にありがとうござんした」


「あっ、あっ、ハンジ、私は違いますからねっ!」


 彼は俺達の方にもお礼の言葉を述べてくれたのだが、大家さんは慌てて両手をひらひらと振りながら否定する。


「ははっ、わかってやすよ。でもサリア様、皆サンたぁ何かしらの御縁がおありなんでしょ? 今こうやって御一緒してるんすから」


「俺達全員、サリアさんの所の下宿人なんです。今回俺達が四十層を目指す事になったので、無理を言って俺達のパーティメンバーになってもらいました」


 大家さんに代わって俺が答えてあげると、二人は大層驚いてしまう。


「ほう……! そいつぁスゴイ」


「……ホントね。下宿させてもらってるって事も凄いし、何より、サリア様がパーティメンバーとなる事を承諾したってのが驚き。――皆いい子達なんでしょうね」


「ふふっ。そうよー、皆とってもいい子達なのっ」


「あはは……」


 エルフである二人からしたら、いい歳したおっさんの俺でもまだまだラキちゃん達と同じ若人わこうどに含まれてしまうようだ。

 そんな彼女達からいい子だなんて言われてしまうと、幼少の頃に大人から褒められた遠い記憶が蘇ってしまい、何だかこそばゆくなってしまう。


 それから王子様に続いて、俺達も二人に自己紹介をする。

 すると、このパーティのリーダーが王子様ではなく俺である事に、二人は少々驚いていた。




「なんだよもー。大家さんの知り合いなんだったら、あいつ等追っ払ってくれてもよかったのにさ」


「ははっ、そいつぁいけません。――そうですね……このパーティでリーダーをなさってるお兄さんなら、分るでやしょう?」


 リンメイの冗談めいた非難にハンジはかぶりを振って答えると、少し思案した後に、今度は俺に問いかけてきた。


「多分だが……あの程度の連中すら軽くいなせないようじゃ、高層冒険者は務まらない……ってことかな?」


「そういうこってす」


 ハンジは俺の答えに満足するように頷く。


「流石はこのパーティのリーダーを務めるだけはありやす。先程のライアスとのやり取りも流石でした。よくぞあそこで先に手を出さず、流れを変えなすったもんです」


「そーそー。さっきは本当に焦ったんだぞおっさん! 先に手を出してたら、かなりヤバかったんだからな!」


「えっ、どういう事!?」


 聞くと、奴のギフトは 【次元の輪】 というギフトで、自分の間合いに小盾ほどの大きさの亜空間トンネルを作り出せるらしい。

 そのため、それを知らないで奴に殴り掛かると亜空間トンネルの輪に手を突っ込んでしまい、対となる出口側の輪から出た俺の拳で自分自身を殴るように仕向けられてしまうんだそうだ。

 そんな能力なので、投擲や弓といった攻撃もギフトによって射手の方などへ、自在に向きを変えられてしまう。


 このギフトは知ってさえいれば、ある程度は対策ができる。

 例えば亜空間トンネルの入口出口となる輪は小盾程度の大きさなので、こちらは刺突などの直線攻撃を控え、そこを通れないような斬撃や回し蹴りといった円の動きをすれば反撃を受けずに済む。

 しかしそれでも亜空間トンネルの輪そのものが結界と同じ役割を果たしてしまうので、奴は決して壊す事のできない小盾を持っているに等しかった。


 ――うぉぉ……マジかよ、あっぶねー! ギフトが発動せずにそのまま殴りかかって行ってたらヤバかったよ……。女神様、本当にありがとうございます!


「なんつー厄介なギフト持ちなんだ……」


「奴の能力は一対一で相手すりゃあ確かに強い。ですがね、所詮は手妻のようなもんでござんす。魔物相手にはそれほど大した力は発揮できやせん。……だからやっこさん、この階層でイキってんでさぁ」


 ライアスは 【次元の輪】 を攻撃時にも有効に活用するため、メイン武器は刺突のし易い槍を使っているという。

 これによってギフトを利用すれば、ギフトの有効範囲だけリーチを伸ばす事ができるし、狙いをずらしたり、攻撃の向きを変えたりと変幻自在な攻撃が可能となる。

 しかし、ギフトを使っても攻撃の威力が上がるわけではない。なので、高層以降の手強い魔物に対しては、それほど大きなアドバンテージにはならなかったりする。

 要は、完全に対人に特化したギフトなのだ。今後ライアスが高層より先を目指すのであるなら、ギフト頼みのままでは厳しいだろう。


「フン。惚れた女に追い付こうという気概も無く、こんな所でお山の大将気取りか……。実に下らん奴だな」


 王子様は忌々しそうに吐き捨てる。

 今もアルシオーネに相応しい男となるため頑張っている王子様からしたら、ライアスの行いは何も彼もが気に入らないのだろうな。


「やれやれ、あんまり関わりたくはない奴だな……。――参考になりました。ありがとうございます」


「なぁに、お役に立てたんでしたら幸いでさ。――ところでお兄さん方は今回のダンジョン探索、踏破が目的と仰ってましたね?」


「はい、一応そのつもりです」


「でしたらこれも何かの縁、 『ラバブーンの巣』 越え、あっしらがお手伝いしやしょうか?」


「えっ、いいんですか!?」


 この階層には 『ラバブーンの巣』 と呼ばれる、ラバブーンが集団で寝床にしている大広間が存在する。

 ラバブーンは非常に厄介な敵なのでトレジャーハント目的の冒険者はまずそこへ近づかないのだが、踏破を目的としている俺達のような冒険者はそうもいかなかった。

 なんとこの大広間の奥には転移門ポータルがあり、その転移門ポータルの先はほぼ確実に、ボス部屋へと続くルートと繋がっているからだ。


 ただ、ボス部屋へと続くルートの序盤、中盤、終盤のどの辺りにこの大広間が出現するかは、ダンジョンの再構築毎に変化してしまっていた。

 この大広間が序盤に出現すると、トレジャーハント目的の冒険者からは障害となるため運が悪いとされ、踏破目的の冒険者からは逆に運が良いとされていた。

 なぜ踏破目的の冒険者ならば運が良いかというと、序盤であればトレジャーハント目的の冒険者に助勢を頼む事ができるから。


 今回はどうやら序盤に出現したようで、ハンジ達のパーティは既に 『ラバブーンの巣』 の座標を把握していた。

 その情報だけでも有難いのに、なんと彼らは攻略を手伝ってくれると言う。


 これは俺達にとっては渡りに船である。

 是非お願いしますと伝えると、二人は残りのパーティメンバーに許可を取ってくると言い、足早にキャンプへ帰ってしまった。




 暫くするとハンジとサラミスの二人は、残りのメンバー四人を引き連れて戻ってきた。


「お話は伺いました。俺達 『滄海の浪』 が、皆さんの 『ラバブーンの巣』 越えをお手伝いしましょう」


「ありがとうございます! 助かります!」


 パーティの代表として挨拶してくれたのは、ハンジではなく水玲人の男性だった。聞くと、彼がこのパーティのリーダーであると言う。

 それから俺達は、再び自己紹介をする。


 パーティのリーダーである水玲人の男性はエギルと名乗り、その隣に佇む水玲人の女性はリールと紹介される。二人は夫婦でもあるそうだ。

 そして華豹人の男性はネレウス、華豹人の女性がラーンと名乗り、こちらも夫婦であるという。因みに華豹人とは、毛並みに美しい花柄が映える、泳ぎの非常に得意な豹人である。

 四人が四人とも精悍な顔立ちをしており体つきも逞しく、非常にかっこいい。どこぞの騎士団に所属していると言われても納得してしまいそうな程だった。


 四人は俺と同じか、少し上くらいの年齢だろうか。

 なんでも大家さんとハンジ達の関係のように、四人も新人冒険者の頃はハンジ達に随分と世話になったそうだ。それが縁で、現在は二人にメンバーに加わってもらっているという。

 そのため彼ら四人も大家さんと面識があり、大家さんの家に薬を買いに来る事が許されている冒険者だった。


「えっ、ウソ!? 本当にサリア様!?」


「これはまた……、なんとお美しい」


「そりゃそうだ。なんてったってサリア様は、聖都一の別嬪べっぴんさんだからな」


「ふふっ、精霊魔法を解いたサリア様のお顔が見られるなんて、貴方達とっても運が良いのよー」


 薬を買いに訪れる彼らも大家さんの本来の姿は見た事が無かったようで、とても驚いていた。

 大家さんは絶世の美女だからね。初めてあのご尊顔を拝したら、誰だって驚くってもんです。


 おや? 何やらラキちゃんが考え込んでいるぞ。


「どうしたの?」


「んー……、皆さんとはどこかで会った事があるような気がするのですが、……ちょっと思い出せません」


「大家さんのお店で会ったとかじゃなくて?」


「はい。お店じゃなくって、別の場所のはずなんですが……」


「ふふっ。――お嬢ちゃん、十層の海水浴場に来た事なーい?」


「えっ?……あっ! そうです監視員さん!」


「あははっ、正解っ!」


 そうか、俺も思い出したよ。彼ら四人は、あの第十層にある海水浴場で監視員をしていた人達だ。

 聞くと、彼らはあの海好きの有志が運営している海水浴場の主要メンバーだった。

 最近涼しくなり海水浴のシーズンが終わってしまったため、今はこうして本来の冒険者稼業に戻って地道に生活費を稼いでいるんだそうだ。

 なるほど、パーティ名が 『滄海の浪』 なのも納得してしまう。本当に海が好きな人達なんだな。


 そんな感じに他愛のない会話をしたりして俺達は親睦を深めていたのだが、随分と夜も更けてきた。

 時間も時間なので、とりあえず全員が起きている内に 『ラバブーンの巣』 越えについて話を煮詰めておく事となった。


 俺達は当初、大家さん特製の眠りの香を使って戦闘を最小限に抑え、 『ラバブーンの巣』 越えをするつもりだった。

 しかし今回は 『滄海の浪』 が助勢してくれる事となったので、巣にいるラバブーンは全滅させる方向で話が進む。

 全滅させておけば、ダンジョンが再構築されるまでは巣となっている大広間にラバブーンが湧かないからだ。

 これによってトレジャーハント目的の彼らが安全に帰る事ができるようになるし、何らかの理由で俺達も踏破を諦めた場合に、安全に通過できる。


「ねえ、あいつ等も 『ラバブーンの巣』 越えに誘ってみない?」


「「「え!?」」」


 突然の華豹人のラーンの提案に、俺達は驚いてしまう。彼女の言うあいつ等とは 『蒼狼の牙』 だったからだ。


「えー……あいつ等ぁ……?」


 うちのメンバーはさっきの事を思い出したようで、不満たらたらである。

 俺も同感だ。奴等すぐに裏切りそうだし、どう考えてもいない方がマシだろう。


 ふと、俺は疑問に思った事を口にする。


「しっかしあいつ等さ、新人が来る度にあんな事してんのか?」


「やってるやってる、バカだから。……まあ、成功したためしは無いけどねっ」


「ここまでくる人間が、あんな脅しに屈するわけないじゃない。いつも大乱闘よ」


 リールとラーンはあっけらかんと笑いながら、教えてくれる。


「うへぇ、マジかよ……。あいつ等、それでよく今まで生き残ってこれたな。さっきだって、もし俺じゃなくて王子様が相手してたら、一瞬で全員の首が飛んでたんだぜ?」


「ははっ……。まぁそんな奴等もいやすがね、あいつ等はあれで意外と、持ってんでさあ」


「そうそう、あいつ等バカだけど運だけは持ってるのよねー」


「うんうん。あいつ等あんなだけど、不思議と鼻が利くのよね。野生の本能? みたいな」


 酷い言われようである。


「でもさぁ、さっきおっさんに吹っ飛ばされたばっかりだし、流石にちょっと無理があんじゃねーの?」


 リンメイの言う事はごもっともで、俺達はうんうんと頷いてしまう。

 しかし 『滄海の浪』 の人達は何か策でもあるのか、余裕の笑みを浮かべていた。


「んー、多分だいじょーぶと思うわよ。――そこの王子様が頼めばね」




「よぅ」


「チッ…………なんか用かよ、おやっさん」


 ハンジをおやっさんと呼ぶ 『蒼狼の牙』 のリーダーは、突然やってきた俺達に警戒心を露わにする。


「おめぇらにな、いい話を持ってきたんだ」


 ハンジはそう言うと一歩下がり、王子様に場所を譲る。

 前に出た王子様は 『蒼狼の牙』 の全員を悠然と見下ろすと、威風堂々と声を張り上げた。


「私は、カサンドラ王国第二王子のセリオスである! 我がカサンドラの民である其方らに、栄えある任務を与えようではないか! ――心して聞け!」


「………………え?」


 連中は本物の王族の覇気に当てられ言葉を失い、中には長年にわたって染みついた平民のさがなのか、ひれ伏してしまっている者までいた。


「我らのパーティは明日、 『ラバブーンの巣』 越えを敢行する! そこで、其方らには邪魔するラバブーンを我らと共に排除してもらいたい!」


「え……あ……ちょっと……」


 突然の事で何が何だか分からない状態となっている 『蒼狼の牙』 のリーダーに向け、王子様はマジックバッグから一本の酒瓶を取り出すとおもむろに放り投げる。


「これが手付だ。ありがたく受け取るがよい」


「うあっとっと! ………………えっこれ! マジ!?」


「すげぇ……」


「これ幾らすんだ……?」


 連中は受け取った酒を見て驚き、生唾をごくりと飲み込んでいる。

 まあ気持ちは分る。だってそれ、お貴族様しか飲めないような超が付くほどの高級酒だからな。


” 「お酒は時に、あらゆるしがらみを取り除き、貴方の力となってくれるでしょう」 ”


 そんな事をアルシオーネから教えられた王子様に付き合わされ、先日一緒に買ってきたんだよね。


「見事其方らが役目を果たした暁には、それと同等の酒を一人一本、褒美として渡そう」


「まっ、マジですかい!? うひょー! お任せくだせぇ王子様!」


「うむ。私に仕える事ができる幸運を、存分に喜ぶがいい」


 不敵に笑う王子様には、流石は王族と思わせるだけの貫禄があった。

 いやはや凄いもんだね、本当にこいつ等が協力してくれる事になっちゃったよ。

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