104 高層冒険者 1
「まあ、そうなんだろうな。……で、何用だ?」
現れたのは、うちの女性陣に向かって口笛を吹いてきた、あの只人の男だけのパーティだった。
リーダーと思われる男を筆頭に、全員が全員、あまりガラがよろしくない。
なんかもう風貌からして三下って感じなのだが、高層まで来れるという事は、こいつ等もそれなりに実力があるのだろう。
もしもハンス達が今後女の子のいるパーティと六人編成を組む事ができなかったら、こんな風になってしまう可能性もあるのだろうか……と、ちょっと失礼な事を考えてしまう。
通常、パーティ間の挨拶回りであれば相手側に警戒心を起こさせないようにするため、来るのは精々二人位なものだ。
しかし、こいつ等は六人全員で俺達の前にやって来ていた。と言う事はだ、こいつ等の目的は……。
「何用だとぉ? ――新人ならなぁ、まずは俺達先輩冒険者に挨拶に来るのが筋ってもんだろうが!」
「おうお前ら、なんでさっさと来ねーんだよ? 舐めてんのか!?」
何言ってんだこいつ等。めんどくせぇなあ……。
「知るかバカ。なんでてめーらなんかに挨拶に伺わなきゃなんねーんだよ。――邪魔だ、あっち行け」
「てめぇ……俺達 『蒼狼の牙』 に舐めた態度取ってタダで済むと思ってんのか? あぁ!?」
「まぁまて。こいつら新人だからな。今日のところは大目に見てやろうじゃねーか。――今晩、そっちの女を貸してくれりゃーな」
「だな! それで勘弁してやるぜ」
「なんだとてめぇら……!」
「安心しろや。女には夜通しみっちりと、俺達が高層のルールってのを教え込んでやるからよ」
「手取り足取り腰取りな!」
「ぎゃははははっ!」
……もうね、お約束通りな展開すぎて呆れてしまう。しかし参ったなぁ、俺の背後から伝わってくる怒りの波動が凄まじい事になってる。
だからこそなのだが、こいつ等への怒りよりも優先して、まずはパーティメンバーをどうやって宥めようかという方に頭が働いてしまっていた。
ここはパーティのリーダーとしての手腕を見せねばならないのだが、さてどうしよう……。
「ゴミ屑共め……どけケイタ。
「まてまてまて王子様、もうちょっとだけ俺に任せてくれ。――おまえら全員……、
――パカーン!!!
激しい雷光と共に雷鳴が鳴り響き、虚を突かれた 『蒼狼の牙』 の連中は衝撃波によって吹き飛んでしまう。
これもトルバリアス様のお陰で出来るようになった雷魔法の一つ。雷魔法によって衝撃波を生みだす技だ。
鍛えられた冒険者を殺傷できるほどの衝撃波ではないが、吹き飛ばす威力はあるし激しい雷光と雷鳴が生じるので、瞬間的に相手の目と耳の能力も奪って虚を突く事ができる。
ただ、迂闊に使うとパーティメンバーに迷惑が掛かるため、使う場合には事前に合図を送る必要があった。俺もこの魔法の発動時、風の生活魔法を使って耳を保護していたりする。
「あんましうちのレディ達の前で、お下品な事言わないで貰えますかねえ……、先輩方」
俺はリーダーと思しき男の喉元に剣先を突き付けながら、ニヤリと悪そうな笑顔を作って警告する。
「くそっ、てめぇ……! いい度胸してんじゃねーか、覚悟はできて……グッ! まっ待で!」
「できてなきゃ、パーティのリーダーなんかやんねーよバカ」
これ以上の虚勢を張る態度は、剣先を押し込む事によって黙らせる。
「俺様は優しいんだぜ? こうしてお前ら生かしてやってんだからよ。――だがな、次は無い」
「クソッ……てめぇら、覚えておけよ……」
次は無いっつってんだろうが。このまま刺しちゃうぞ。――だったら、もう少し分からせておいてやろう。
俺から神官服姿のラキちゃんの方へ視線を移したのも気に入らない。こいつ等が何を考えているのか、手に取るようにわかる。
「いい事教えといてやる。うちのパーティで一番よえーの、実は俺なんだわ」
「あ?」
「ラキシスさん、ちょいとこの連中に、かるーく一発かましてやってくれませんか?」
「はいはーい、お任せあれ~! お下劣な冒険者さんは浄化です~!」
――ゴゥッ!!!
突如として頭上に、全てを焼き尽くしてしまうかのような特大の火球が六つも現れる。
かなり優秀な魔法士でも、瞬時にこれだけの威力の魔法を六つ同時に発動させるなんて、まずできないだろう。
その異常さが、どうやらこいつ等にも理解できたようだった。
「「「ギョッ!」」」
「わー! 悪かった悪かった! お嬢ちゃん待って! お願いっ!」
それからは脱兎の如く、連中は自分達のキャンプの方へ戻っていってしまった。
「ったく……」
メンバー全員が女性である 『紅玉の戦乙女』 程では無いが、うちのパーティも女性の割合が多い。しかも全員がとびっきりの美人さんだ。
だから、こういった輩には十分に気を付けろとは言われていたが、いきなりエンカウントするとはなぁ。……やれやれだ。
だが、どうやらまだ油断はできないようだ。
「へぇー、やるじゃねーかお前ら。 『蒼狼の牙』 のクソ野郎どもに一歩も引かねーなんてよ。――偉い偉い」
上から目線の偉そうな発言と共に現れたのは、立派な体躯をしたオーガの青年だった。その隣には虎人の美女もいる。
白虎人のリンメイとは違い、こちらは金色の美しい毛並みをしている。たしか金虎人だったか。
こいつ等は……この階でキャンプをしていたもう一つのパーティの連中じゃないな。
どうやら俺の放った魔法の轟音を聞き付け、下の階から様子を伺いにやってきた冒険者と思われる。
「くそっ、……来やがった」
そんな言葉を呟いたリンメイは、いつの間にか俺の背後に隠れるようにして、俺の袖を掴んでいた。
「やっほーリンメイ。久しぶりー」
「――!……う、うす……」
リンメイは虎人の美女と知り合いのようで挨拶を返すが、先程 『蒼狼の牙』 の連中を相手にした時のような覇気はまったく無い。
どうやらここへ来る前からリンメイの様子がおかしくなったのは、こいつ等が原因で確定っぽいな……。
「リンメイ、こいつ等と知り合いなのか?」
「う、うん……。以前少しだけ、パーティに入れてもらってた……」
「あぁ? リンメイ? ……ってホントだ! ――えっ、マジ!? すげーなお前ら! こんなつかえねー奴連れてこの階層まで来たってのかよ!? ……いや凄いわマジで」
「なんだとテメェ……」
いきなりリンメイを侮辱してきた事にカチンときた俺は、オーガの男に詰め寄ろうとするがリンメイに止められてしまう。
そんな俺達の様子を見て、この失礼なオーガは面白がるようにニヤニヤとしていた。
「おいおい、俺は褒めてやってんだぜ? 何カリカリしてんだよ。あぁ!?――って、あれ? お前らどっかで見た事あるような……」
「ちょっとライアスやめなさいよ……。リンメイ、いいパーティに入れて良かったわね。そっちにいるの、最近噂になってるカサンドラの王子様でしょ? エルドラードの方では随分と活躍したそうじゃない」
「……うん、まぁ」
ふむ……、どうやらこちらの虎人のお姉さんは一応リンメイに対して好意的なようだ。リンメイが今どこのパーティに在籍しているのかも、既に把握していた感じがする。
それに、リンメイはこのお姉さんの言葉がちょっと嬉しかったのか、はにかんでいる。
「おいおい、カサンドラの王子って、ちょっと前にこの階層までぞろぞろと手下を従えてきた恥ずかしい奴だろ? あんな噂、どーせ嘘に決まってんだろ」
「なんだと貴様……!」
オーガの男はいきり立つ王子様を無視して、今度は俺の方を指差してきた。
「てことはお前かぁ? この王子に取り入るため、三十層を火の海にしちまったってバカはよ」
「は!? ――ざっけんな! あれをやったのは俺じゃねぇ!」
どういう事だ? 世間ではいつの間にか、俺一人が王子様に取り入るために火を付けたって事になってるのか!?
まぁラキちゃんやリンメイに矛先が向かないだけ、良いと言えば良いのだが……。って、今はそんな事考えてる場合じゃない。
「ハハッ! こりゃ傑作だ! この役立たず、手下を従えてこなきゃここまで来れねえホラ吹き王子と、それに取り入ったおっさんのパーティに拾われたのかよ。つかえねえお前には丁度いいパーティじゃねーか!」
「ちょっと! 本当にやめなさいよ! あんたなに喧嘩売ってんのさ!?」
「いーじゃねーかよ別に。こんな実力のねーホラ吹き野郎共、束になって掛かってきても怖かねーし。――ムカつくんだよ、こういう身の程知らずなカスが人のシマでえらそーにしてんのがよ!」
こいつ……もう我慢ならん! よくもうちのメンバーをここまで
こいつのギフトがどんなものかは知らんが、刺し違えてでも叩きのめしてやる!
「そうかよ……。だったら後悔させてやるぞ、この木偶の坊! ――あ、ギフトが発動した」
「「「!」」」
俺の突然の言葉に、うちのメンバー全員が俺に注目する。
まさかこんな時にギフトが発動するなんて……えっ、これ本当ですか女神様?
「そうか…………そういう事か……。テメェ、リンメイを踏み台にしやがったな! ――コイツがリンメイをパーティに入れたのは、 『紅玉の戦乙女』 のマイラと接点持つためだ!」
「えっ……どういう……?」
「しかもリンメイの悪い噂流したのもテメーだな!? 用済みとなったリンメイを追い出しても、テメーらパーティが世間の評判を落とさないためになぁ!」
「なっ……、てめぇ! テキトー言ってんじゃねえぞゴラァ! 何くだらねー妄想言ってやがる!」
普通ならば俺の妄想としてやり過ごす事ができるだろう。だが、俺のギフトである 【虫の知らせ】 を知っているうちのメンバーは違う。
すぐに俺の言った事が真実であると理解したようだ。
「うわぁ、サイテー! ――あなた! リンメイお姉ちゃんに謝りなさい!」
「やれやれ……。でかい図体して、なんと男らしくない姑息な奴だ。恥を知れ」
「最低ですね貴方。リンメイさんに謝りなさい」
「はぁ!? テメーら何コイツの言う事を真に受けてんだオイ! ホラに決まってんだろ! 信じてんじゃねぇぞ!」
オーガの男は先程とは打て変わって随分と余裕が無くなっている。その様子が更に信憑性を高めてしまっていた。
リンメイはこれまでの不審な点が線となって繋がったのか、ハッとした後、とても悲痛な面持ちとなってしまう。
「…………おっさんのギフトは絶対なんだよ!――そうか、全部あんたのせいで……。ライアス、あんたサイテーだよ許せねぇ……! 帰ったらこの事全部マイラさんにぶちまけてやる!」
「な・ん・だ・とぉ!? おい! 俺はマイラに本気なんだぞ! それをこんなホラ話で台無しにしようってか! ………………もう我慢ならねぇ! お前ら全員……ぶっ殺してやる……!」
「ライアスやめなさい! ……ああもうダメ! ――あんた達、お願いだから早まらないでよねっ! ねっ、お願いだからっ!」
虎人のお姉さんはそう言うと、自分一人では対処できないと判断したのか慌てて仲間を呼びに行ってしまったようだ。
「ははっ、恥ずかしい奴だなぁ! ――やれるもんならやってみろバーカ! オラ、かかってこいよ?」
「只人の分際で舐めやがって……! ――丁度いい、さっき手に入れたこいつの試し斬…………ん? えっ、あれ? ない!?」
「へぇ、炎樹剣か。――ウン、なかなか良い剣だね」
「「「あっ!」」」
なんとも場違いな感じに剣の品評をしていたのは、ニードルラビットを模した仮面を付けた、一人の男だった。
仮面を付けてはいるが服装や仕草から、彼が誰かはすぐに察してしまう。恐らく、この階層の玄関口で出会った超絶イケメン君だろう。
「テメェは兎野郎! それは俺の剣だ! 返しやがれ!」
「アハハッ、これは君にはもったいないよ。だから僕が貰ってあげる。――じゃあねっ!」
「ふざけんな待ちやがれぇー!」
ライアスは流石は戦闘能力の高いオーガといった動きを見せるが、仮面の男の動きには全く付いて行けてない。
丁度そこへ、虎人のお姉さんを先頭に連中のパーティメンバーが階段から慌てて駆け上がってきた。
「アルシア! ソイツを捕まえろぉぉ!」
「えっ、なに!? キャア!」
どうやらライアスのパーティメンバーは突然現れた仮面の男に翻弄されてしまい、階段を転げ落ちて行ってしまったようだ。
そしてそのまま仮面の男は階下へ降りて行ってしまったようで、ライアスも慌てて後を追って行ってしまった。
先程まで一触即発な状況だったのに、突然拍子抜けする展開となってしまい戸惑う俺達。
向こうでは、終始俺達の様子を伺っていた 『蒼狼の牙』 の連中が、腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。
「ふっ、好い様だな」
「まあな。――しかし……、もしかして彼は俺達を助けてくれた……のかな?」
「私もそんな気がいたします。玄関口でもあの方は、親切に道を教えてくださいましたし」
「でも不思議ですね。どうして彼は、私達を助けてくれるのでしょう?」
そんな他愛のない会話をしていた俺達に、リンメイが申し訳なさそうに謝罪の言葉を
「あのさ……、みんなごめんよ。あたいのせいで嫌な思いさせちまって……」
「気にすんな。あの程度、どーって事無いよ」
「そうですよ! 気にしちゃダメですよリンメイお姉ちゃん!」
「あとな、アイツの言ってた事なんて気にすんなよ。俺達は全員、リンメイが優秀な冒険者だって、ちゃーんと分かってるからな」
リンメイは結構繊細な所があるので、後腐れのないよう、こういう事ははっきりと伝えておく。
「うむ。
「そうですよ! リンメイさんはとっても優秀です。どうか自信を持ってください」
「皆さんの仰る通りですよ。リンメイさん、あのような方の言う事を真に受けてはいけません」
「え……あ……うん……みんな、ありがと……!」
思わず涙ぐむリンメイに、ラキちゃんがそっとハグをしてあげる。
とりあえずリンメイの事情も分かり、その事で皆も問題無く受け入れてくれている。これならきっと、リンメイの
しかしライアスだったか……。同じ種族である 『紅玉の戦乙女』 のマイラに近づくためリンメイを利用したあいつは、ちょっと許せんな。
恋は盲目とは言うが、やっていい事と悪い事がある。あいつには、いつかキッチリと落とし前をつけさせてやりたい。
「でもまぁ、あそこまで舐められちまったら、やっぱりあいつ等をちょっとは見返してやりたいよな?」
俺は少々大袈裟にそう言い、リンメイに向けてニッと笑う。
「……あはっ……だな!」
「そうですそうです! 見返してやりましょう~!」
「フッ。私の勇名が轟けば、あのような木っ端冒険者など自然と足元にも及ばなくなるだろう。案ずる必要はないぞ」
「ぷっ。ちょっと王子様、調子に乗り過ぎっ」
「なっ、なにを言う!」
「まっ、とりあえず目指すのは、四十層踏破して深層冒険者の仲間入りだな。――さて、さっさとキャンプの準備して一息つこうぜ」
二度も邪魔者が入ってしまったが、やっとキャンプの準備を再開する俺達。
テントを張り終え、和気あいあいと魔動コンロを囲んでの夕食が済んだ頃……、再び俺達の前に訪問者が表れる。
どうやら今回の訪問者は、俺達が一息つくのを待っていたようだった。
「夜分遅くにすいやせんね。――一つお聞きしますが、兄さんたちがカサンドラの王子様のパーティってのは、本当ですかい?」
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