103 セーフティゾーン

「この先、なんもねー小さな玄室があるだけだった。転移門ポータルも無しっ」


「そうか、お疲れさん。――てことはやっぱり、さっきの奴等が来たルートが正解っぽいなぁ……」


「多分なー」


 パーティに先行して迷宮の奥を見てきてくれたリンメイは、ラキちゃんに差し出された果実水をコクリと飲みながら答えてくれる。

 俺達は橋の上でドワーフの男を追う見知らぬパーティと遭遇した後、連中が来たルートは一旦後回しにして、まずは橋を渡った先を探索をしていた。

 しかし結果はリンメイが言った通り。やはり向こうのルートが正解だったようだ。


 仕方なく先程の地下河川に架かる橋まで戻ってきた俺達は、魔物に警戒しながら、見知らぬパーティがやってきたルートの方を伺う。

 俺達が今いる橋よりも少し離れた下の方には、もう一つの橋が架かっている。奴等はそこからストランドを使ってこちらへやってきた。

 見たところ、その橋までならば俺でも身体強化をしてジャンプすれば、届かない距離ではない。


 ――しかしこの距離は、跳躍している最中に魔物に襲われてしまう危険性があるな……。


 さてどうしたものか。なんて考えてたら、リンメイがよっこらしょと欄干らんかんに立つ。


「あたいが先に行くからさ、魔物が飛び出してきた時の援護頼む」


「ああ、分かった。気を付けろよ」


「おぅ!」


 リンメイは元気よく返事を返してくれると、さっさとブーツの能力を使って、トントンと見えない足場を踏むようにして降りて行ってしまった。


「いつも思うが、本当にあのブーツは便利だな。正直、私も欲しい」


 王子様が飛び出してきたアサルトフィッシュを弓で射貫きながら、そんな事を呟く。

 リンメイのブーツいいよね。空中で片足二歩づつしか制止できないのでネームド品ではないが、それでも扱う人間によっては無限に戦略性の増す、とてつもなく便利なブーツだ。

 以前戦った 『ハルジの閃光』 のフェリックは、あのブーツの最上位品を履いていた。


「俺も欲しい。でもアレ、滅多に露店に並ばないし、あっても足のサイズが合わないんだよなあ」


「そうか……。やはり、ダンジョンで手に入れるしかないのであろうな」


 結局、襲って来た魔物はリンメイの動きに翻弄されて的外れな場所に飛び出してきてしまったアサルトフィッシュ一匹だけで、リンメイは無事に向こうの橋へ辿り着く。

 そして橋の周囲を確認すると、こちらに向かって 「いいぜー」 と手を振ってきた。


「ふふっ。では少しの間だけ、お二人の望みを叶えて差し上げましょうか?」


 俺達の会話を聞いていた大家さんはそう言うと、茶目っ気たっぷりの笑顔で精霊魔法を唱える。


「――はい。今皆さんに、風の精霊魔法を掛けました。これで暫くの間、何もない所を足で踏み込む事ができますよ。――見ててくださいねっ」


 そう言うや否や、大家さんは何もない所をふわりふわりと駆け抜けて行ってしまった。その姿は、まるで雲の上を走っているかのようだ。

 程なくしてリンメイの所まで辿り着くと、にこやかにこちらに向かって手を振る。


「「「おおおー!」」」


 思わず全員で歓声を上げてしまう。

 ラキちゃんはすぐに俺の方を向くと行って良いかと目で訴えてきたので、勿論だよと首肯で答えてあげる。

 ラキちゃんの後ろに控えるエルレインも、早く空を歩いてみたいのか、そわそわしていた。


「レディーファーストでいいよな王子様?」


「無論だ。殿しんがりは私とケイタが承ろう」


「だって! 行こうエルお姉ちゃん!」


「はいっ!」


 ラキちゃんとエルレインは大喜びで、手を繋いでふわりふわりと駆けていく。

 空を飛べるラキちゃんも空を駆けるのはまた違ったおもむきがあるようで、随分と楽しそう。

 二人を見送った後、俺と王子様も続いた。




 全員が無事に辿り着けたので、次は進む方角を決めないといけない。橋の両端には、その先へと続く穴が開いている。

 やはり、先程のパーティが出てきた穴の方へ向かうのが無難だろうか。それとも反対側?

 トレジャーハントをしている冒険者と違って俺達は迷宮の攻略を目標としているので、向かう方向は慎重に選ばないといけない。


 結局いつものようにラキちゃんに周辺の地形を確認してもらって、それから判断する事となった。


「どう?」


「えっと……、先程の方達が来た方、少し進むとすぐに行き止まりのようですね」


「行き止まり?」


 アイツら、かなりの距離を移動してきていた感じがしたが、行き止まり? ってことは……。


「「「転移門ポータルがある?」」」


 全員気が付いたようで、思わずハモってしまう。


「可能性高けーな! 早速行ってみようぜ!」


「ああ!」


 昼はとっくに過ぎていたがここまで階段や転移門ポータルといったセーフティゾーンを見つける事ができなかったので、落ち着いて昼食を取るタイミングが無かった。

 なので一息入れたかった皆は期待してしまう。やっぱり、腹が減っては戦はできないからね。


 魔物に注意しながら進むと、ラキちゃんの言った通り、すぐに行き止まりとなってしまった。

 そこはまるで採掘途中で止めてしまった坑道のようであったが、地面には石畳の箇所があり、しっかりと転移門ポータルの魔法陣が浮き上がっていた。


「へへっ、読み通り! ――おっさん、ここで休憩でいいだろ? 流石に腹減っちまったよ」


「ああ、ここで休憩しよう。………………あっ……あー、すまん。やっぱり、休憩は転移門ポータル潜った先も確認してからでいいか?」


「あー……。そうだな、りょーかーい」


 俺達は以前、ハンス達の先輩であるゲイルのパーティに待ち伏せされた事がある。なので、リンメイは俺が何を言いたかったのかすぐに察してくれたようだ。

 転移門ポータル周辺はモンスターの寄ってこないセーフティゾーンではあるが、人間による奇襲や待ち伏せが容易にできてしまうという難点があるのが問題だった。


「皆、すまないが先に転移門ポータルの向こう側を確認しておきたい。向こう側に何者かがいるか確認しておきたいし、向こう側の方が休むに適している地形かもしれない。――いいかな?」


 俺の問いに皆は首肯で返してくれ、それぞれがいつでも戦闘に入れるように武器を構え、態勢と整えてくれる。

 そして、俺達は転移門ポータルを潜っていった。


 転移門ポータルを潜った先には、幸いにして誰もいなかった。

 こちら側は石造建築の玄室だったので、休憩を取るにはゴツゴツとした地面が剥き出しの向こう側よりも断然良い。そして扉は無いが戸口があるお陰で、何者かの進入に警戒する事ができる。

 それにこの玄室の中には湧き水の流れる水路があったので、簡易トイレが容易に造れると女性陣が喜んでいた。


「来て正解だったな。……うん、こっちで休憩しようぜ!」


「さんせーい!」


「了解だ。――じゃ、魔法陣から少し距離を取ったこの辺りで休憩しよう」




 ラキちゃんは現在、昼食の時間すら惜しむかのように、サンドイッチを頬張りながらも周辺の地図を作成してくれていた。


 この階層からは平面の迷宮ではなく立体的な迷宮に様変わりするため、ラキちゃんが魔法を使って探索した場合も、情報量が膨れ上がってかなりの負担となってしまっている。

 そのため情報量を限定して少しずつ方角を変えながら魔法を行使し、全体の地図を作成してくれていた。この作業は結構時間がかかるため、ここのようなセーフティゾーンでないと厳しい。


「はむっ、んぐんぐ……。んー……、むー……この方がいいかな……」


 ――カカカカカカカカッ……。


 しかしラキちゃんにとって一番大変なのは、実は俺達にも理解できるように紙面にアウトプットしてくれる事だったりする。

 そのため俺達に少しでも解りやすく書こうと、かなり頭を使っているようだった。

 なので俺達はラキちゃんの邪魔をしないように気を配り、周囲の警戒をしながら、その作業が終わるのをじっと待っていた。


「んー…………ん? あっ、このルートに行けばここの大回廊に出れそう……」


「えっ、マジ!?」


「ほう、いよいよか……」


 ラキちゃんの何気ない呟きを耳にし、全員に緊張が走る。

 ラキちゃんの呟いた大回廊とは、その名の通り巨大な回廊だ。どれほど巨大かというと、これまでの大型のボスが普通に闊歩できるほど。

 イメージとしては首都圏外郭放水路みたいだろうか?


 それほど巨大という事は、そのエリアにいる魔物も例外なく大型だったりする。現れる魔物の種類は様々なので、どんな魔物がいるのかは自分の目で確かめるしかない。

 ただ、一つの大回廊に様々な大型の魔物がひしめき合っているわけではなく、その大回廊ごとに君臨している魔物は決まっているんだそうだ。

 巨大な一匹だけが君臨している場合もあれば、大型が群れを成している場合、巨大な親にわらわらと小さな子供が群がっている場合など様々らしい。


 正直、そんな化け物共とは遭遇したくない。しかし残念な事に、ボス部屋に向かいたいのならば、必ず幾つかの大回廊を通らなければならないと教えられていた。

 ある意味、大回廊はボス部屋を目指すための指標であるとも。なので、階層の攻略を目的としている俺達は、どうしても大回廊は避けて通る事ができなかった。


「……これでいいかな。――はい、とりあえず完成ですっ」


「はい、お疲れ様でした」


 大家さんはラキちゃんに労いの言葉を掛け、カップに新しいお茶を注いであげる。

 俺達もそれぞれ労いの言葉を掛けると、ラキちゃんの書き上げたマップに注目する。


「お疲れさん! ラキ、見せて見せて! ここから大回廊へ行けるってマジ?」


「マジですよ~。えっとですね、ここからこう行って……」


 俺達はラキちゃんの説明に耳を傾け、大回廊までのルートの情報を共有する。

 途中途中の分岐先には宝箱や転移門ポータルのありそうな箇所が幾つかあったが、そこはスルーして、まずは大回廊を目指す事にした。

 今回はトレジャーハントに来たわけじゃないからね。勿体ないけど仕方がない。


「階段エリアはまだねーんだな」


「うん」


「今日はかなり進んだと思うのですが、まだ見当たらないなんて珍しいですね」


「ふむ……。そろそろ宿泊に備えて階段エリアを探しておきたいところだな」


「そうだなー。意外と大回廊のすぐ傍にあったりしてな」


「私もそんな気がします。そこでなんですが、ここ……大回廊に入る手前のこの辺りで、もう一度マップの作成をしたいのですがよろしいでしょうか? 大回廊から伸びている小道の位置を確認しておきたいのです」


「うん、勿論オッケーだよ」


 大型の魔物と無理に戦闘する必要はない。寧ろ、なるべくならば戦わずして先に進みたいので、そういった逃げ場となる通路の把握は必須だった。

 それに、その通路の先はボス部屋に続いている可能性が高いから、その辺の情報はきっちりと把握しておきたい。


 あと、階段エリアがまだ見つかっていないのも気になる。

 幾ら先に進む事を最優先にしていても、夜の時間はしっかりと睡眠時間を取って体調を整えたい。

 だから、なるべくならば転移門ポータルのエリアではなく、奇襲に備える事が可能な階段エリアで宿泊したかった。


「よし、ラキちゃんが一息ついたら、このポイントまで進む事にしよう」




 ラキちゃんのマップに従い、大回廊へと続く玄室の近くまで進んできた俺達。

 今はリンメイが斥候として、玄室の様子を見に行ってくれていた。


 おや? リンメイがブーツの力を発動させて地面すれすれを跳躍しながら戻ってきたぞ。


「ちょっと厄介な敵がいる。ラバブーンだ」


「げっ、盗人猿か!」


「ちょっ、声がおっきいっておっさん!」


「すっ、すまん……」


 リンメイが細心の注意を払いながらこちらへ戻ってきた理由を、すぐに理解する。

 リンメイが言ったラバブーンとは、通称 『盗人猿』 と呼ばれるマントヒヒのような猿の魔物だ。


 こいつ等は長い腕が特徴で、その長い腕を使って冒険者を襲うと同時に装備やアイテムを掠め取ろうとする。そして奪った装備は、自分達の武器や防具として使ってしまう厄介な奴等だ。

 しかもかなりの数が徒党を組んで襲ってくるので、高層に来れるほどの冒険者でも何も知らずに遭遇してしまうと、結構ヤバい状況となってしまう事が多いらしい。


 大抵はアンデッド系のモンスター同様に、どう考えてもこの階層まで辿り着いた冒険者から奪った装備じゃないだろうってボロい装備を身に付けているんだが、たまに運悪くこの階層で散ってしまった冒険者の装備を身に付けている個体も存在する。そういうのは大抵、群れのボスだったりする。


 そんな厄介な連中なのだが、逃げ切る方法も一応は存在する。こいつ等に襲われて勝てそうにないと判断した場合、装備やアイテムなどを連中に向けて投げつけてやればいい。

 連中、追跡を止めて装備の奪い合いをするため、逃げる時間を稼ぐ事ができるんだそうな。


 人間の盗賊だけでも厄介なのにこいつ等がいるせいで、冒険者が迷宮産アイテムを地上まで無事に持ち帰る難易度が跳ね上がってしまっていた。

 なので、とにかくこのラバブーンは冒険者から忌み嫌われ、警戒されていた。


「数は?」


「それほど多くはない。なんか、群れの偵察部隊って感じで少数だったな」


「ふむ、なら問題はあるまい。仲間を呼ばれる前に始末すればいいだけの事だ」


「そうだな。――やるか」




 迷宮では大抵は魔物の方から襲い掛かってくる事が殆どだったので、こちらが襲撃する機会はそれほど無かった。なので結構緊張してしまう。

 まず大家さんが精霊魔法で風の流れをコントロールし、こちらの匂いをラバブーンに察知されにくいようにしてくれる。猟師が風下から獲物を狙うのと同じだね。


 そして精霊魔法によって気配を散らしてもらった俺達は、忍び足で玄室の戸口まで近づくと一気に躍り出た。

 俺はアイアンニードルの針を両手から六本投擲し、透かさず雷魔法を発動させる。


 ――パパパパーン!


 ――ギギャッ!


 これまでよりも俺の魔法の威力が上がったので、六本の針から網の目のように雷光が迸り、玄室の中にいたラバブーンを全て捉えてマヒさせてしまう。

 そこへリンメイと王子様とエルレインの三人が躍り掛かり、一気に仕留めてしまった。


「へへっ、らくしょーだったな!」


「こちらが襲う側だったからな」


 他の魔物同様すぐに崩れて朽ちてしまったラバブーンから、ドロップアイテムを回収する。

 ドロップアイテムは宝箱の鍵や魔石だけで、冒険者の遺留品は落とさなかった。その事になんとなく安堵してしまう。

 やはり見ず知らずの冒険者でも、誰かが犠牲となったのを知ってしまうのは、ちょっと嫌な気分だからね……。


 リンメイは俺にハンドサインを送ると、そのまま大回廊の方へ偵察に行ってしまった。

 俺達はラキちゃんがマップの作成が終わるまで、周囲の警戒に当たる。


 待つこと暫し……。


 リンメイが戻ってきたタイミングで、ラキちゃんの方も終了したようだ。

 ラキちゃんはニコニコ顔で、在りました在りましたとマップのとある箇所を指差す。


「多分ここが階段エリアだと思います。ここからかなり近い通路ですね」


「良かった。これで今夜の寝床の心配が無くなったよ」


「やったな! ――んで、あたいも報告。ここの大回廊の主はパラディノス。ラッキーだぜっ」


 この大回廊の主がパラディノスと聞いて全員が安堵する。

 パラディノスとは、センザンコウのような恐ろしいほど堅くて鋭い鱗を持つ、巨大なドラゴンに似た魔物。

 倒すとなると非常に厄介な魔物なんだが、やり過ごすのであれば比較的楽な魔物だったりする。


「まあ、それは運がいいですね」


「まっ、だからラバブーンがこの辺をウロチョロしてるんだろうけどね」


 あーなるほど、そういう事か……。


「それでですね、階段エリアには三パーティほどの冒険者がいると思われます」


 続けて発したラキちゃんの言葉に、ラバブーンの時とは別の緊張が走る。


「慣れてる奴等は早いな、流石だよ」


「再構築後、すぐに突入した連中か……」


「他の冒険者かぁ……」


 トレジャーハントを目的にしている冒険者は、迷宮入口から一日目や二日目の移動で見つけた階段エリアを寝床とする場合が多い。

 そのため、彼らとの遭遇は避けられなかったりする。


 高層からはトレジャーハント目的の冒険者が殆どとなってしまうため、これまでのように冒険者同士で情報交換をする事が無くなる。精々、挨拶を交わす程度。

 何故かと言うと、お互いが宝箱を巡って奪い合うライバルだから。


 そしてこの高層からは、これ以上先を目指す事無く、ここを終の棲家……というか狩場とする冒険者のパーティが結構いたりする。

 そのため、中には俺達のような新人を排斥しようとする連中がいるとも耳にしていた。なんともセコいというか、厄介な話である。


 そんなセコい考えをする連中でも、この階層まで実力で辿り着いた高層冒険者。低層をうろつく冒険者狩りとは訳が違う。

 そのため、強者との対人戦も覚悟してお行きなさいと、 『紅玉の戦乙女』 に注意されていた。


「まっ、気にしたって仕方がない。とりあえず階段エリアに行ってみようぜ」




 大回廊は、噂通りとても広い空間だった。これが回廊としてかなり遠くまで続いているのかと、呆気に取られてしまう。


「うわー、凄いねー」


「ホントだねー」


「ほらみんな惚けてない。パラディノスやラバブーンに見つからない内に、さっさと行くよっ」


「ああすまんすまん、行こう」


 どうやら俺やラキちゃんだけでなく、王子様やエルレイン、それに大家さんまでが大回廊の光景に驚いた表情をしていたようだ。

 リンメイにせかされ、俺達は慌てて移動する。


 ラキちゃんが示した階段エリアへと続く通路は本当に目と鼻の先だったので、魔物と遭遇する事無く、とりあえず無事に大回廊を通過する。


「王子様達も大回廊を見るのは初めてだったのか?」


「まあな」


「はい。私達は大回廊へ到達する前に襲われましたので……」


 そんな軽口を叩きながら進む俺達。

 突然、先頭を進むリンメイは何かの匂いを察知したのか鼻を鳴らすと、 「チッ」 と舌打ちをして次第に表情を曇らせてしまった。


「どうしたんだリンメイ?」


「えっ? あっ……いや、なんでもねーよ」


「大丈夫? リンメイお姉ちゃん」


「ああうん……、だいじょーぶ、だいじょーぶだよラキ。気にすんなっ」


 なんでもないとは言うが、余り表情が冴えない。本当に大丈夫だろうか……。




 暫く進んだ俺達は、無事に階段エリアへ辿り着く。

 もう高層からは四階層ぶち抜きで構成された広大な迷宮となっているので階段はあまり意味をなさない。

 しかしここが存在する事により、セーフティゾーンとして冒険者には非常に有難いエリアとなっていた。


 辿り着いた階段エリアには、部屋の隅に二つの冒険者パーティが、それぞれキャンプを張っていた。

 片方のパーティは様々な種族で構成されたパーティで、女性の冒険者がいるためかテントが張られている。

 もう片方の冒険者は全員が只人の男だった。ハッキリ言ってガラの悪そうな連中で、こちらは男だけのためかテントを張らず雑魚寝をするだけの簡素な感じだった。


 そんな二つのパーティから、俺達に視線が集まる。

 只人の野郎だけのパーティの方から、俺達に向かってヒューと口笛が鳴る。うちは美人さん揃いなので致し方ないが、いい気分じゃない。

 やれやれ、面倒な奴等に突っかかられる前に、下の階へ行った方がいいかもしれないな……。


「ラキちゃんは三パーティと言っていたから、下の階にもう一パーティいるんだろう。上の階は既に二パーティがキャンプを張っていることだし、俺達は下に行こうか?」


 そうメンバーに声を掛けたのだが、リンメイから予想外の返答が帰ってきた。


「いや、ここでいい! この階でキャンプしようぜおっさん! なっ! なっ!」


「えっ!?」


 どうしたもんかとメンバーをみると、リンメイの様子に気圧されたのか、全員が首肯で返してくれる。


「おっ、おう……分かった、分かったから。ここにしよう、ここに。――そうだな……じゃ、俺達はあっちの隅にキャンプを張ろう」


 これほど必死に懇願されてしまっては仕方がない。俺達は残った部屋の隅に、キャンプを張る事にする。

 どうも先程から、普段とは違ったリンメイの様子が気になってしまう……。これは、後でそれとなく理由を聞いてみた方がいいかもしれない。


 でもなぁ、もしも男の俺には答えにくいようなデリケートな問題だったら不味いしなあ……。女性陣にお願いしてみようかしらん。

 などと考えながらキャンプの準備をし始めたのだが……チッ、やはり来たか。


「ようおめーら、見ねー顏だな。新入りか?」

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