094 白雪号

 船長の船である潜水艦は、現代の潜水艦のような涙滴型や葉巻型などではなく、映画で見たUボートのような、水上航行をメインとする太平洋戦争の頃の潜水艦の形状だった。

 そのため、潜舵という潜水艦の羽根も、セイルではなく艦首に付いている。


 この潜水艦は、よくアニメとかで出てくる伊号四百型潜水艦を小型にしたような形状で、とにかくかっこいい。

 俺は暫しの間、あまりのかっこよさに見惚れてしまっていた……。


 気が付くと、アリーナが魔法で氷の桟橋を作ってくれており、エリオ達はテキパキとボートを潜水艦のデッキに固定する作業をしていた。

 子供達は既に、潜水艦の方へ行ってしまっている。


「何やってんだいあんたら! 早くこっちに来な!」


「おっ、おう!」




 俺達がデッキに上がると船長は早速船の自慢をしてきたのだが、冷静になった俺は、この船をこいつ等がどこで手に入れたのかで頭が一杯となってしまった。


「ハッハー! どうだい凄いだろう、あたしの船。――ビックリし過ぎて言葉が出ないかい?」


「お前ら……この潜水艦どうしたんだ!?」


「「「!」」」


 俺の言葉に、船長だけでなくデッキ上にいたエリオ達まで驚いた顏をする。


「あっ、あんた、これが潜水艦だって分かるのかい!? ――こっ、これ読めるかい?」


 すぐさまエルザは、セイルに書かれた 『白雪』 を指差す。


「ああ、白雪だろ? それよりも――」


「――! フランコー! ちょっと来ておくれー! 早く!」


 なんだなんだ? 船長は俺の言葉を遮ると、大慌てで艦内にいるフランコを呼びつけたぞ?


「どうしたんだいエルザ?」


「ケイタの奴、タケじいちゃんの同郷だ!」


「ほっ、本当かい!? すぐ行く!」


 艦内からフランコが大慌てでブリッジに上がってくると、おもむろに、俺に一つの手帳を差し出してきた。


「ケイタさん! これ、読めますか!?」


 とりあえず手帳を受け取り、中を見てみる。これは……!


「――この方は今どこに!?」


 俺の鬼気迫る質問に、フランコは寂しそうな顔をして首を横に振った。


「この手帳の持ち主は、もう随分と前にお亡くなりになりました。――この方が白雪号を作ってくれたんです」


 この手帳の持ち主は女神様に導かれた俺とは違い、突然この世界へやって来てしまった、正真正銘の迷い人だった。

 大日本帝国の絶対国防圈へ来攻するアメリカ軍を迎え撃つ作戦に参加中、この手帳の持ち主である岡部猛おかべたけし艦長の呂号第百十六潜水艦はサイパンを出港し、アドミラルティ諸島の辺りでアメリカの駆逐艦と戦い、沈められてしまう。

 しかし岡部艦長ただ一人だけ、何故かこの世界へ来てしまったと記されている。

 この世界の海で漂っていた所を船長の父親達の海賊船に拾われ、初めて彼ら獣人を見た時、自分は畜生道へ落ちてしまったと勘違いしてしまったそうだ。


 共に散っていった仲間への謝罪や後悔、自分だけがこの御伽おとぎの国へ来てしまった孤独、もう元の世界へは帰れない絶望や諦観……それでも諦めきれない望郷の念がこの手帳を読んだだけで痛いほどに伝わり、その無念さに思わず涙してしまう。


 俺はフランコに手帳を返すと、最大限の敬意を払って、手帳に向かい敬礼をした。


「タケシさんはもしも自分と同郷の者が現れたら、自分の遺骨を故郷の地まで届けてもらえるよう頼んで欲しいと遺言で仰りました。――ケイタさんお願いです。タケシさんの遺言を叶えてやっては貰えませんか?」


「俺は…………。いや分かった、俺が与ろう。――必ず届けるよ」


「ありがとうございます!」




 俺達はフランコに案内され、艦内を見せてもらう。

 艦内はあまりにもこの世界に似つかわしくない作りをしているため、頭が混乱してしまいそうだった。


「すっげーな……」


「魔王様の魔動飛空艇みたいだね」


「ああそうか! ホントだね」


 そう。この、呂一一六改 『白雪』 は、計器類など全てを魔道具や魔動機に置き換えられていた。ラキちゃんの言う通り、以前乗せてもらった魔王様の魔動飛空艇みたいだ。

 戦時中の潜水艦は、水上航行はディーゼルエンジンで潜航中はバッテリー駆動なのだが、この船は水魔法により推進力を生み出す魔動エンジンに置き換えられ、本来スクリューのある位置にはジェットエンジンのエアインテークような、筒形をした魔動機が両舷に付いている。

 どうやらこれら魔道具や魔動機の知識は、タケシさんが村人から自分と同じ只人の住む国があると知り、そこへ旅立った時に習得したそうだ。

 失礼ながら、俺もフランコに倣って岡部艦長をタケシさんと呼ばせてもらう事にする。


「こちらが艦長室です」


「船長じゃなくて艦長なのか?」


「はい。この部屋はエルザの部屋ではなく、艦長であるタケシさんの部屋なのです」


 その部屋には、この潜水艦の図面や資料、こちらへ来てからの人生全てを綴った何冊もの手記、そして生前使っていた品など、タケシさんの様々な遺品が置かれていた。

 それでも室内はとても綺麗に整頓され掃除も行き届いており、今でも普通に使われている書斎かと錯覚してしまうほどに整えられている。

 これだけで、彼らがどれほどタケシさんを慕っていたのかが伺える。


 そんな書斎の棚から、フランコは一つの箱を取り出す。


「こちらがタケシさんの遺骨です。――すみませんが、よろしくお願いします」


「分かった」


 タケシさんの遺骨は小さな骨壺に収められていた。残りの遺骨は、この世界の海が祖国日本まで繋がっている事を願い、海へ散骨してあげたそうだ。

 俺はこの世界の海が日本まで繋がっていないのを知っているので、胸が締め付けられてしまう。何とかしてこの遺骨を故郷である日本に届けてあげたい……。


 俺のマジックバッグでは骨壺の収まった木箱は入らなかったので、申し訳ないけどラキちゃんの亜空間収納に入れさせてもらう事にした。

 人骨を嫌な顏一つせず収納してくれて、本当にありがとね。


「それと、できたらケイタさんにはもう一つお願いがあるのですが……」


「なんだ? 俺にできる事なら言ってくれ」


「ありがとうございます! そのお願いというのはですね、できたら僕では読む事ができない文章の意味を教えて頂きたいのです。――例えばコレなど!」


 フランコは一枚の図面を取り出すと、そこに日本語で書かれている走り書きを指差す。ああそういう事か、なるほどね。

 それら読めない日本語を雷樹島までの航海中に読んであげる事を約束して、まずは俺達が滞在させてもらう区間へ案内してもらう事にする。


 この船は潜水艦としては小型ながら、それでも本来は四十名近い乗組員が乗る船のため、ポラーレファミリーと俺達だけだとかなりのゆとりがある。

 とりあえず荷物を置いて、操舵室などのあるエルザ達がいる発令所へ戻る。どうやらそろそろ出港するようだ。


「アリーナ、全員乗ったかい?」


「乗りました!」


「じゃ哨戒長、ハッチ閉めとくれ!」


「ハッチ閉鎖! ――閉鎖しました!」


「じゃ行くよ! ――両舷 前進 微速!」


「両舷 前進 微速!」


「このまま入り江を出たら潜望鏡深度まで潜るよ!」


「アイアイキャプテン!」


 船長は小さくした蛸を常時発動し、普段は艦首に載せている。そのため、潜航中でも有視界による航行が可能だ。

 急速潜航の時は蛸を大きくしてウェイトの代わりにしたり、流氷などとの万が一の衝突時はクッションにもするんだそうな。本当に船長のギフトは便利だな……。


「よーし入り江を出たね。――ベント開け! 下げ舵五度! 潜望鏡深度だ!」


「潜望鏡深度につけます! ベント開け! ――ベント全開!」


「下げ舵五度!」


 おおお、潜っていく……!

 こいつ等、よくこの人数で潜水艦を動かしているな。いや、マジで凄いよ。


 潜望鏡深度まで潜った白雪号は、周囲から隠れるようにして北限の海を雷樹島へ向かって進んで行く。

 哨戒長が潜望鏡で周囲を確認しているが、船長も今は白雪号の上を並走させている蛸を使って、眼帯をした側の目で周囲を見ていた。

 周囲はまだ諸島が多く漁師の船も多い為、かなり気を遣いながら細かく進路の変更をしている。




 女性陣は給養員長でもあるアリーナと一緒に晩御飯を作りに行ったので、俺は早速フランコに頼まれ、様々な書類の分からない所を教えてあげる事にした。

 一人取り残されても困るので、王子様も俺に付いて来て艦長室で一緒に寛ぐようだ。


「この船は、ケイタの世界では当たり前な物なのか?」


「んー、これは七十年くらい前の船だしなあ。今のはもっと進化してて、形も結構変わってるな」


「なんと……」 「本当ですか……」


「――っと、それよりも、幾ら艤装員長を経て艦長になったタケシさんでも、この船をゼロから作るのは不可能だろう。もしかしてこの船も一緒にやってきたのか?」


「いえ、違います。この船はタケシさんがゼロから作りました」


「なっ!? マジで!?」


「はい。――どうもこの世界に来るときに、よく分からないおぞましい存在から 【金属創造メタルクリエイト】 というギフトを授かり、この船の全ての設計図を頭に叩き込まれたと言ってました」


「よく分からないおぞましい存在!? 女神様じゃなくて!?」


「はい……」


 これは……! タケシさんはイレギュラーとして別の世界の神様からこの世界へ送り込まれてしまった可能性が高い。

 何てことだ、これは一応サラス様に報告した方がいいのか……?


 タケシさんのギフトである 【金属創造】 は、望めばどんな金属の部品であろうと生み出せてしまうという、とんでもないチートなギフトだった。

 だからこの船の耐圧穀をこの世界で作り出す事ができたのか……。


「でも、金属以外の素材や装置類の代用品を作るのは苦労したようですね。只人を探しにルミナリエス魔導国へ行った時に、魔道具や魔動機の技術を学びつつ代用品を考えたと言ってました」


「いやホント、凄いな……。俺はどんなに勉強したとしてもそんな事、不可能だ……」


 ルミナリエス魔導国ってたしかアルティナ神聖皇国よりも東に位置する、多くの魔法士が日々切磋琢磨して新しい魔道具や魔動機を生み出している国だったか。

 聖都にある魔導学院よりも凄い学校があるとも聞いた事があるぞ。

 成程、タケシさんはそこで技術を習得し、魔道具や魔動機で様々な装置の代用品を作ったんだな。流石は艦長になるようなエリート。俺とは頭の出来が違いすぎる。


 俺はフランコが説明した事を纏めている間、タケシさんのこちらでの人生全てが綴られた手記を読ませてもらう事にした。

 迷い人としても先輩であるタケシさんが、この世界でどのように生きたのかとても興味がある。それにいろんな体験を綴られており、読み物としてとても面白かったからだ。

 例えば、海軍が全国のワイン醸造場に粗酒石の採取を働きかけた事を思い出し、マイクやスピーカーに使うロッシェル塩を手に入れるためワインの産地へ行ったはいいが、ベロベロに酔っぱらってしまったなど……。


 そんな手記を読んでいて、ある事に気が付いた。


「ああそうか……、フランコ達がなんで 『聖なる息吹』 が欲しかったのか分かったぞ。――艦内の空気を綺麗にして、何日も潜航できるようにするためだな?」


「あははっ、当たりです」


 フランコは、バレてしまいましたかといった感じに、にっこりと笑った。

 手記を読んでいて分かった。この船には緊急時の空気ボンベはあるが、二酸化炭素を除去する設備が無い。

 タケシさんは化学の 『か』 の字も知らない少年少女達に、二酸化炭素の吸収剤であるソーダ石灰を作る時に使う劇薬の苛性ソーダを触らせたくなかったからだった。

 だから作り方も教えず、連続の潜航は一日を限度とすると決めた事が手記に書かれていた。


 だが、船長達はどうしても二日以上潜航したい理由があった。

 船長達の村は北限の海沿いにあるため、冬となれば海が凍ってしまい、陸の孤島のような状態となってしまう。

 そのため船長達は、凍った海の下を何日も潜航して抜け出すため、空気を綺麗にしてくれる 『聖なる息吹』 がどうしても欲しかったという事だ。なるほどな……。


 ただ……慣性航法装置も無いだろうに、どうやって自分の位置を知り、天測航法もできない氷の海の下を抜けるつもりなんだろうかと疑問に思ってしまった。


「でもさ、例え 『聖なる息吹』 があっても天測航法ができないんじゃ、自分の場所が分からなくなって危なくないか?」


「そこは僕のギフトの出番ですね。僕は 【波動の導き】 というギフトを授かり振動魔法を扱えるので、タケシさんに教えてもらったアクティブソナーの代わりを僕が行い、これまでに作成した海底地形の地図と照らし合わせて自分の場所を割り出します」


「なるほどね、フランコがこの船のアクティブソナーだったのか」


「あはは、そうなりますね」


 なるほどな、フランコも先日ラキちゃんがミリアリア様に教えてあげた、魔力の波動を利用した索敵魔法が使えるのか。

 いやはや、エルザとフランコの二人は、この船を使うために天が与えたような組み合わせだな。


 そんな事を考えてたら、僅かに揺れを感じた。これは、白雪号が停止したのか?

 続けて、船長の 『錨入れ』 の号令が聞こえた。


「どうやら今日はここで停泊のようですね。ちょっとエルザの所へ行って来ます」


 すると、フランコと入れ違いでラキちゃんが元気よくご飯の連絡に来てくれた。


「みなさーん、ご飯ですよー!」


「はーい。――ほら王子様起きろ。飯だぞ」


 いつの間にか寝てしまっていた王子様を揺り起こす。


「……ん、そうか……ふあぁ……」


「今日は皆で腕によりをかけて作りましたよー。海の幸たっぷりです!」


「いいねぇ、そいつは楽しみだ!」


「うむ! 早く行こうではないか」


 そういえば今日は、船長達が海の幸を振る舞ってくれるんだったな。どうしよう、また酒が進んでしまうなこりゃ。

 そんな事を考えながら、食堂へ向かうラキちゃんの後を俺達は付いて行く。


 雷樹島へ向けての航海一日目は、これにて終了だ。さぁて、海の幸をたらふく食うぞっ!

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