093 ボートの旅

 俺達はもう一晩だけ、ブリンデル城でご厄介になる事となった。

 ラキちゃんはこの夜もミリアリア様と一緒に寝てあげて、夜遅くまで色々とお話をしたそうだ。

 魔法の事、ラキちゃんの生い立ち、そして俺達の現在の目的など……。




「雷帝トルバリアス様、どうかこの度の御無礼をお許しください。――あの者共に加担してしまった事を、心よりお詫び申し上げます」


『――ヨイ、許ソウ』


「……! あっ、ありがとうございます! トルバリアス様の寛大なご配慮を賜り、心より感謝致します!」


 次の日、ミリアリア様は庭園のガゼボでテーブルの上に乗せられた竜核の前で跪き、トルバリアス様に心からの謝罪をしていた。

 トルバリアス様がご一緒している事を聞いたミリアリア様は、是非とも謝罪の機会を設けて欲しいと俺達に頼んできたからだ。


 今朝、謝罪の場を提供してほしいと相談を受けた総督夫人は卒倒しそうになる。

 トルバリアス様にカチコミしたメンバーに聖女様がいたんだ。再誕された暁には、都市ごと報復される危険性をすぐに察したのだろう。

 そのためすぐに謝罪の場は設けられ、聖女様だけでなく種族代表として総督夫人や側近までもが一緒に跪いていた。




 その後、午前中に少しの間だけラキちゃんがミリアリア様に魔法の手ほどきをしてあげてから、俺達はここを去る事にした。


 美しい庭園を破壊する訳にはいかないので、とりあえずこの城の訓練場に案内してもらう。

 基本的な炎や風といった魔法は騎士団所属の魔法士の方々にお任せする事にして、ラキちゃんはまず身を守るための結界魔法と重力魔法を教えてあげる事にしたようだ。


「もしもあの場にミリアリア様がいなければ、私の魔法であの人達ぺしゃんこにしていましたっ!」


「おお凄いっ!」


 そうなんだよね。ミリアリア様が人質としてあの場にいなければ、連中がギフトを使う前に地面にへばりつかせてしまえた。

 動く事ができなければ、時間停止されても意味が無い。


「雷って、いったい何なのでしょう? 光とはまた違いますよね?」


 次に雷魔法を教えるに当たり、何気なくミリアリア様が疑問を口にする。


「えっ? えっと……、えっと……とりあえず女神様に授けてくださいとお願いしてみましょう!」


「そっ、そうですね!」


 思いがけない質問に、ラキちゃん困ってしまっているぞ。

 そうか、この世界の人は雷が何かなんて分からないもんな。雷属性の魔法士が少ないのも、このせいかもしれない。

 てことは、俺に雷魔法の適性があったのって、電気に慣れ親しんだ現代人だったからって理由なのか? もしかして……。


『――聖女ヨ、我ニ手ヲ触レヨ』


「えっ? はっ、はい!」


 突然、俺の背中からトルバリアス様が声を発する。どうやらラキちゃん達の話を聞いていたようで、トルバリアス様は雷を言葉で説明するよりも肌で感じさせる事にしたようだ。

 俺は背を向け屈むと、慌ててミリアリア様は俺の背負子しょいこに括られた竜核に手を振れる。


「――うっ、頭の中に…………これは……これが、雷……トルバリアス様、ありがとうございます!」


 おお、トルバリアス様は触れさせる事で情報を直接頭に送る事ができるのか! 凄いな!

 どうやら言葉で説明はできなくとも、雷が何であるのか理解できたようで、ミリアリア様はすぐに雷魔法を発動させることに成功する。


 ――ドォン!


「やった! やりました!」


「「「おおっ!」」」


 離れて控えていた騎士団所属の魔法士の方々も歓声を上げ、拍手で称えている。

 最初は手から的に向けて直接打ち出した雷魔法だったが、次は的の上から幾筋もの雷を打ち下ろす範囲魔法もこなしてしまっていた。


「トルバリアス様、ありがとうございます」


『ドウヤラ、其方ラノオ人好シが移ッテシマッタヨウダ……』


 俺がそっとお礼を言うと、竜核の上に映るトルバリアス様は、やれやれという仕草をしながら言葉を返してくれた。


 最後にラキちゃんは、魔力の波動を利用した索敵魔法も教えてあげて終わりとした。ラキちゃんが迷宮でマップを作成する時に使うアレだね。

 まだどうしても周囲の人に警戒してしまうミリアリア様の不安を、この魔法なら少しでも解消してあげる事ができるのではと思ったのだろう。




 思っていたよりも長い滞在をしてしまったが、ミリアリア様とはこれでお別れだ。

 最後も俺達は庭園から飛び立つので、ミリアリア様を始め総督夫人や近衛騎士などが見送りに来てくれた。


「天使様並びに守護神官の皆様、この度は本当にありがとうございました。心より皆様の旅のご無事を祈っております」


「聖女ミリアリアもお元気で。私はいつでも貴方と共にあります。貴方が前へ踏み出す勇気を持てるよう、私も祈っておりますよ」


「うっ……、はいっ!」


 ラキちゃんは最後にミリアリア様にハグをして、ブリンデル城の庭園から飛び立った。


 都市の城壁を越えると、川沿いの人気の無い所へ降りてもらう。

 着替えを済ませる頃には、船長達のボートがやってきた。やはり俺達が飛び立つのを見ていたか。


「よっ! 待たせて悪かったな」


「本当だよ全く……。――もういいのかい?」


「ああ、……きっとな」


「そうかい。――んじゃ、さっさと出発するよ! まだ今からなら明るいうちに次の自治領の町まで行けるはずだ」


 俺達は船長のボートへ乗り込むと、ボートは勢いよく走りだす。ゴブリンの自治領とはこれでおさらばだ。




 パルカス川は支流と交わり、次第に大きな流れとなっていく。

 どの支流を遡上すればどこへ行けるのかなどを、フランコが説明してくれる。彼がいたからドルンガルドまで迷わず来れたんだろうな。


 大きな渓谷に挟まれながら緩やかに大きく川は北へ向いて行くと、景色は次第に草原が多くなってきた。


「この調子なら今日中にシザーレ湖まで行けそうですね」


「それは早いな」


 俺は大まかな地図を見ながら、相変わらずの船長のギフトの有能さに舌を巻く。

 シザーレ湖は琵琶湖のような陥没湖で、周辺大小の川から水が流れてきているとても大きな湖だ。琵琶湖の瀬田川のように海へ向かう本流の名は、パルカス川のままらしい。


「パルカス川は首都ニルヴァーナの方へは行かず、このまま草原の民の自治領を抜けて雪原の民の自治領へ流れていき、ポルドレア湾に抜けます」


「そうなのか。パルカス川からはニルヴァーナには行けないんだな」


「そうですね。ニルヴァーナの方にはクスケイル川という、これまた大きな川が流れているので、ポルドレア湾からそちらを遡上していった方が早いですね」


「なるほどね」


 シザーレ湖は琵琶湖以上に大きな湖だった。周辺に暮らしている人々も多いようで、湖の周囲にはいくつもの町や村が点在しているのが分かる。

 そのためか漁業も盛んのようで、多くの漁船が漁をしている。俺達は漁船の邪魔をしないようにしながら、下流の方へ向かう。


 今日はシザーレ湖下流にあるシザーレンという大きな町で宿泊する事となった。

 船長達は以前宿泊した宿に今回も泊まるつもりらしい。どうやらそこは大人数でも収容可能な宿で、飯も美味いんだそうな。

 湖の魚を使った料理だけでなく、この辺からは豊富な川の水を利用した穀倉地帯となっていくので、リゾットや麺類といった穀物を使った料理がとても美味なのだとか。

 勿論それら穀物を醸造した酒も名物なので、俺達は宿に併設された酒場でがばがばと飲んでしまう。もうどんちゃん騒ぎだ。




「情けないねぇあんた達……。しゃんとしな!」


「「「あいあいきゃぷて~ん……」」」


 次の日は船長だけがケロッとしている中、全員がグロッキーな状態での出発となった。しっかし、船長は酒強いな……。


「お兄ちゃん大丈夫? 魔法掛ける?」


「や、今日はいいや。自然に回復するのを待つよ。ありがとね」


「そう……。必要になったらいつでも言ってね」


 あまり二日酔いの度にラキちゃんに魔法をお願いするのも良くないと思い、今日は暫くの間、ボートの船縁から撒き餌を吐き出しつつ自然に回復するのを待つことにした。

 そんな感じで、今日も船旅が始まる。


 流れる景色は、草原の民の自治領も雪原の民の自治領も平地が多いため穀倉地帯が広がり、放牧も多く見られた。

 家畜を馬で追う牧夫ぼくふとは別に、あちらこちらで武装をして馬を駆る冒険者のようなナリをした人々も多く見られたので、彼らがきっと魔物からここら一体を守っているんだろう。


 そんな風景が二日ほど続いていたが、次第に景色が変わってきた。いや、川の雰囲気と言うべきか。

 ポルドレア湾に近づくにつれ、ネットで見た事があるような、いかにも北欧って感じの風景となっていく。これはフィヨルドやリアス式海岸、エスチュアリーなどのような沈水海岸のせいだろう。

 そのため、浜や磯は少なく、岸はいきなり岩壁となっているような入り江がそこかしこに多く見られ、大変複雑に入り組んだ海岸線となっている。


 そして、本当に十日程度でドルンガルドからポルドレア湾に着いてしまった。

 寄り道をしていたのに、こんなに早く着けてしまうのか……。




 船長はとりあえずパルカス川の河口にある大きな港町ポルドンに寄り、船の燃料である魔石を買い込んでから船が隠してある入り江に向かうそうだ。

 大きな港町なので漁師の持ち込む海の魔物の魔石が多く流通しているため、比較的安価に買う事ができるからとの事。ただ、やはり一番安いのはダンジョンのある都市らしいが。


 ところで、この世界には魔法がある。そのため、船ならば推進力を得るために風魔法によって帆に風を送れば良いし、水魔法によって流れを生み出しても良い。

 そのため魔法士の替わりとなる魔動機もそのような力を生み出せばよいため、俺の世界に当たり前にあった、回転する力を生み出すエンジンが必要無い。

 なので、こちらの世界の船舶には勿論スクリューも無い。


 そのせいだろうか。車輪を回したりといった回転する力を生み出す魔動機が未だにそれほど発達していないため、陸の移動は今も馬車が主流だ。

 俺のいた世界と違って使われている馬も、魔獣に近いほどに強く逞しく馬力があるって理由もあるんだけどね。


 話が逸れてしまったが、そんな感じなのでこの世界の船は帆船が主流だ。

 パルカス川の河口域はエスチュアリーのため、かなりの水深があるのでポルドンには幾つもの大きな帆船が停泊しており、俺達は圧倒されてしまう。


「すげーな!」


「おっきーい!」


「おぉー、かっこいいな!」


「……ほう、これはなかなか」


「見事な船が並んでおりますねっ」


 俺達は大きな船舶が並ぶ港をボート上から眺めて大喜びだ。


「あんた達あんなんで驚いてんじゃないよっ! あたしらの船のがもっと凄いんだから!」


「へぇー、そいつは楽しみだ」


 余程自信があるんだろう。アリーナは頻りに自分達の船のアピールをしてくる。

 見てのお楽しみと言う事で詳細は教えてくれないんだけど、いったいどんな船なんだろうか。海賊船だしな、かっこいい髑髏マークでも付けているんだろうか?

 実は俺、船長達の船を見るのが結構楽しみだったりする。




 船長は船着き場にボートを泊めると、港にある船舶専門で魔石を扱っている店が並ぶ内の一軒へ入って行く。

 船長達と同じ白熊人のムキムキな店主が船長を見ると、愛想よく挨拶してくる。どうやら船長とは顔馴染みのようだ。


「おっ、エルザじゃねーか、珍しいな」


「ちょっとこっちまで来たもんでね。――今日は一等級の魔石を十袋おくれ」


「おっ、マジか。いい稼ぎでもしたのか?」


「まあね」


「そいつは羨ましい。俺もあやかりたいぜ」


「だからここで買ってやんだろう?」


「ハハッ、ありがとよ。――おい! エルザのボートまで一等級十袋だ」


「「「へぃ!」」」


 船長の屈託の無い笑顔に店の主は愛想よく答えると、これまたムキムキな従業員が船長のボートまで魔石の入った南京袋を運んでいく。


 ギルドで何気なく売っていた魔石だが、どうも魔石は魔力マナの含まれる量によって等級分けされているようだ。

 魔石を自分で使うために買うってのはあまり経験してなかったので知らなかったよ。

 店には等級ごとの相場が張り出されており、どうやら一等級の上はもう特級しか無いので、船長は今回大奮発したようだ。


 南京袋がボートの前に十も積まれるが、これボートじゃ運べないだろ……。

 そんな事を想っていると船長の弟達が、マジックバッグに次々と注ぐようにザラザラッと入れていく。なるほどね。


 それから船長達は魚市場で新鮮な魚介類を沢山買い込む。なんでも今日は船で俺達にご馳走してくれると言うので、これは実に楽しみだ。

 お礼に俺達も、酒を何本か買ってやる事にしよう。




「よーし、んじゃ行くよー! ――船までもうちょっとだ。気を抜くんじゃないよ!」


 船長に気を抜くなと発破を掛けられているが、ポラーレファミリーの誰もが、やっと船に帰れる事に安堵しているようだった。

 アリーナなんて、 「やっと帰ってきたー!」 と全身を弛緩させてしまっている。


 ポルドンを出ると、ポルドレア湾を形成するバストレイル半島を、岸に沿って軽快にボートを走らせる。

 フィヨルドのような沈水海岸のため夥しい数の入り江や諸島があるので、船を隠すには恰好の場所だなと納得してしまった。

 それにしても美しい景色だ。俺達は遊覧船に乗っている気分で、ここでも流れていく景色を存分に楽しんだ。


 暫くすると船長は周囲に警戒しながら、とある入り江に入っていく。

 なるほど、ここに船長ご自慢の海賊船が隠されているんだな? そう思ったのだが……。


「あれっ!? どこにも船なんてねーじゃねえか!」


 リンメイの言う通り、入り江に入っても海賊船らしきものは見当たらなかった。というか、何もない。

 どういう事だ? まさか以前王子様達が乗っていたガーデントータスのように強力な認識阻害が掛かっているとでもいうのか?

 ポラーレファミリーの連中は俺達の様子が予想通りだったようで、ニマニマしながら眺めている。


「認識阻害の魔法でも使ってるのか?」


「ハハッ そんなんじゃねーよ。――あたしらの船はね、海底に沈めてあるのさっ!」


「「「はぁ!?」」」


「まっ、ちょっと待ってな。――行くよあんた達!」


「「「アイアイキャプテン!」」」


 呆気にとられる俺達を置いて、船長達はテキパキと準備をする。まさか、船を盗まれないために海底に沈めていたとはな……。

 船長の蛸があるからできる荒業なんだろうが、船……傷まないか?


 アリーナが岸壁に巨大な氷の足場を作ってくれたので、俺達と子供達はそこへ移動して、船長達が船を海底から引き揚げるのを待つ事にする。

 船長達はボートも俺達の所へ括り付け、蛸に乗って行ってしまった。


 船長は蛸でどの辺りに船が沈んでいるか目視で確認すると、次に蛸は巨大化して、突然蛸の頭に人が通れる位の大きな穴ができた。

 そしたら連中、今度はその穴の中に次々と入って行ってしまったぞ。何してるんだ? あいつら……。


「へっへー、あたし達の船見たら、もっとビックリするよっ!」


「ビックリするぞっ!」


「ほぉー! そいつは楽しみだなっ!」


 子供達と一緒に待つことしばし……。突然、海面に変化が訪れた。


「「来るよー!」」


 大量の海水を押しのけ海面から勢いよく出てきた船を見て、俺達は驚愕してしまう。


「えーーーー!?」


「これは……船なのか……!?」


「すっ……凄いです……」


「なっ……なんだこの船!? 帆が無ぇぞ!」


 現れた船には、確かに帆は無かった。だが、セイルと呼ばれる箇所はあるんだ。というのも、この船は……!


「せっ、潜水艦だー!!!」


 俺は思わず叫んでしまう。

 バカな、潜水艦だとっ!? まさかこの世界にもガミガミ魔王みたいなのがいるってのか!?


 セイルにあるブリッジのハッチから出てきた船長は、得意満面の笑顔で俺達に叫ぶ。


「どうだい、驚いたかい!? これがあたしの船、 『白雪号』 さぁ!」


 ――これは……どういう事だ!? 


 信じられない事に、船長の潜水艦のセイルには、漢字・・で 『白雪』 と書かれていた……。

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