085 ハルジの閃光 1
「じゃ、手筈通りいってみようか。連中がドラゴンゾンビと交戦する前にこちらが仕掛けないといけないから、あまり時間が無い。――急ごう」
ポラーレファミリーの船長から 『ハルジの閃光』 の情報を聞いた俺達は、作戦を変更して連中がドラゴンゾンビと交戦する前に戦いを挑む事にした。
船長の言う事が本当ならば、連中は確実に仕留めないといけない。そのため連中との戦闘の中にドラゴンゾンビまでいると、非常に不味いと判断したからだ。
「あんたら本当にあいつ等に挑むつもりなのかい?」
「まぁな。……お前ら気を付けて帰れよ。――じゃーな」
あまり時間が無いので、ポラーレファミリーの連中は置いて先に進む事にする。
まだ他の船員は意識を取り戻していないが、船長の蛸ならこの辺の魔物は問題無いだろう。
問題は流行り病の方だ。この辺りは既に瘴気がかなり濃い。
「あんたらこそ気を付けな! あいつ等は本当に強い。……負けんじゃないよ」
俺は船長に手を振り別れを告げると、先を急いだ。
「……なんかまた来やがったぜ」
「チッ、めんどくさい……」
「神官共か……。どうやら今度はコイツが目当てのようだな」
いやがった……。
そこには王子様が言った通りの、顔立ちの良い少々小柄な金髪のフェリック、頬がこけひょろりとした黒髪のヴィクトル、オーガのような体躯をした赤髪の男ダジールがいた。
こいつ等が 『ハルジの閃光』 か。 連中は如何にも敵無しといった、強者の面構えをしていやがる。だがそれも今日で終わりだ。――覚悟しろ。
そして……奴等の後ろには首輪から伸びた鎖に引かれるゴブリンの少女が、疲労でへばるようにして佇んでいた。かなり痩せこけてしまっているが間違いない、尋ね人の聖女様だ!
「待てぇ! そこの悪漢ども! ――聖女ミリアリア様を返してもらおう!」
俺は憤怒の感情を抑え込み、努めて平静を装い連中に向かって声を張り上げる。
「ハッ! 悪漢だとさ」
「できるものならやってみるがいい」
「仕方がない。また遊んでやるか」
聖女様は神官服姿の俺達を見ると、涙を浮かべ悲痛な顔をして叫ぶ。
「皆さん逃げてください! この方達には敵いません!――アグッ!」
「誰が喋っていいと言った?」
「あ~ぁ、またお前のせいで人が死んじまうなぁ」
「そうだな、全てお前のせいだ……ククッ」
「うぅっ……逃げ……て……」
クソが! あの野郎共、聖女様を殴り倒した挙句に踏みつけやがった!
「まったく……。よくもまあ毎度毎度、相手の力量も分からないバカが現れるものだ」
「実に愚かだな……」
「まったくだ。俺ら一人にも勝てないくせしてよ」
連中は傲岸不遜な態度で、自分達がいかに強者であるかを熱弁してくれている。
実に腹が立つが……いい流れだ。
「ほう、聞き捨てならんな。そこの一番弱そうな金髪のクソガキでも、一人で我らに勝てるとでも言うのか?」
「まったくだぜ。やれるもんならやってみろよクソガキ」
神官らしからぬ王子様の挑発にリンメイが合いの手を入れると、連中のリーダーである金髪の男フェリックの顏が醜悪に歪む。
「はい、嬲り殺しけってーい。――お前ら手を出すなよ、このゴミ屑どもは俺を怒らせやがった。……簡単には殺してやらねえから覚悟しろ」
「あ~ぁ、フェリックを怒らせちまった。お前ら楽には死ねねえぞ」
「バカな奴らだ……」
赤髪の男ダジールと黒髪の男ヴィクトルはやれやれといった感じに呟くと、地面に座り込んでしまう。
どうやら二人は本当に静観するようだ。
――掛った!
「地獄の苦しみを味わわせてやる。クククッ……汚らしく泣き叫ぶ姿が楽しみだ」
「ぐだぐだ言ってないでさっさと来い。弱い奴ほど口数が多いというのは本当だな」
「……ッ! コロスッ!!!」
来たっ! 船長の情報通り、フェリックはテレポートを使用して迫ってくる。
だが、こいつのテレポートは何かがおかしい。……船長の言った通りだ!
「リンメイ
「任せろっ!――おらぁ!」
リンメイが一番手で王子様が二番手の立ち位置となり、迫り来るフェリックを迎え撃つ。
俺とクロエとメイソンは遠距離攻撃で後方から支援し、エルレインはラキちゃんの盾となる感じだ。
迫り来るフェリックとリンメイが刃を交えたと思われた次の瞬間、なぜかリンメイは腹を蹴られて
どうやらリンメイは流星剣を使ってフェリックの剣を張り付ける事に成功していたようで、奴はそれを引き剥がすために、リンメイの腹を蹴って吹き飛ばした感じだった。
「ふざけるな! 爆炎斬!」
王子様が横に広範囲の炎の斬撃を連続で飛ばし、その後ろから俺とクロエの投擲とメイソンの弓で援護射撃をする。
メイソンは 【必中】 ギフト持ちで更に精霊魔法による補助や強化をしていのだが、それでも全く当てる事ができず愕然としていた。
だがメイソンの恐ろしく精度の高い連続攻撃のおかげか、なんとか奴を後退させる事に成功する。
「リンメイ!」
俺は急いでリンメイに駆け寄る。
静観していたヴィクトルとダジールは、少々驚いた顏をしていた。
「おいおい、初手をミスるとは珍しいな。手伝ってやろうか?」
「いらん! あの獣女、 【吸着】 か何かのギフト持ちのようだ。……が、分かってしまえば大した事はない。――次で終わりだ」
どうやら奴等、流星剣の効果をリンメイのギフトと勘違いしたようだ。
俺はリンメイを助け起こし、
「見えたか?」
「ゴホッ……。クソッ、おっさんの言う通りだ。――
――やはりか……!
ラキちゃんの神聖魔法により直ぐにダメージを回復したリンメイは、地面に落ちた流星剣を素早く引き寄せると再び構える。
「気を付けろ! こいつは
俺は誰もが目の当たりにして分かっている事をあえて口に出す。――これは事前に決めた合図だからだ。
「バカが……」
「ハッ、なんにも分かってねーな」
分かってないのはお前らなんだよ。さあ、仕掛けるぞ!
「よくもやりやがったな! こいクソガキッ! 次はぶっ殺してやる!」
「調子に乗るなよ獣風情が……。――望み通り最初はお前だ」
まるでフレームレートの少ない動画を見ているかのように迫り来るフェリックが間近に現れた瞬間を狙い、リンメイはブーツの力でトトンと上へ跳ぶ。
このタイミングを即席で正確に測るには、 【鑑定技能】 持ちのリンメイでないとできないだろう。
「食らえ! 烈風斬!」
リンメイが飛び退いたタイミングでリンメイのいた場所へ、王子様はかなり広範囲に荒れ狂う無数の風の刃をお見舞いする。
「技名言うかバカめ! ――逃がすか女ぁ!」
次の瞬間には、リンメイを追うように飛んだフェリックがリンメイの両目を狙って斬撃を放つも、ラキちゃんの結界により阻まれている場面に
フェリックは予想外の事に驚いた顏をしている。
「なっ!? 結界だと!?」
「掛ったな!」
――パキキキーン!
次の瞬間にはラキちゃんがフェリックの周り六面に結界を張り、フェリックを閉じ込めていた。
驚愕するフェリックと結界を挟んで対峙するリンメイは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「よっしゃー! やったぜ!」
テレポート能力を持っているのならばこの結界から抜け出す事など造作も無いはずなのに、なぜかフェリックはラキちゃんの結界から抜け出す事ができなかった。
空中で閉じ込められたまま、信じられないといった表情をしている。
「「なっ!?」」
ヴィクトルとダジールは予想外の事態に、思わず立ち上がってしまっていた。――だが、もう遅いぜ。
「全く信じられん事だが……。本当にケイタの言う通りであったな」
「……ああ。やはりこいつの能力は 【テレポート】 じゃなくて 【時間停止】 だったな」
船長から情報を聞いていた場面に少し遡る。
「リーダーの金髪野郎はテレポートの能力を使う。だが奴のはなんかおかしいんだ」
「おかしい?」
「ああ……。普通ならテレポートされてもある程度は気配で反応できるもんだろ? でもあいつのはそれが全くできやしない。気が付くと、既に何かされた後なんだよ。……うーん、なんて説明したらいいんだろ。まるであいつの行動だけが抜け落ちてるような感じなんだよ。こちらは何も反応できずに、気が付いたら攻撃を食らってる」
全く反応できないテレポート? 気が付いたら既に何かされた後? なんだそれ、ディオのザ・ワールドかよ……。って、いやまさか……。
「ひょっとして……テレポートではなくて、時を止めるギフトかもしれない……」
「はぁ!? 時を止める!?」
皆、何言ってんだコイツって顏をしている。いや、俺だってジャンプでジョジョ読んでなきゃ、こんな事思いつかないよ……。
「時を止めるギフトだと!? ふざけるな! そんな奴が相手ではどんなに経験を重ねて死に物狂いで己を研鑽しても、全く意味が無いではないか!」
「俺に怒るなよ……、可能性の話だ。――だがもしもテレポートではなく本当に時を止めるギフト持ちが相手だった場合、
「そんな相手に対策などあるのでしょうか……」
エルレインが不安げに尋ねてくる。
「聞くところによると、どうやら一瞬でこちらまで来ることはできず、短距離をテレポートしながら移動するって話だ。なら恐らく、時を止めれるのはせいぜい一秒から二秒ってとこだろう。――であればだ、こちらにも勝てるチャンスはある」
「どうすんだよおっさん?」
「例えばソイツが気が付かないうちに、二秒で逃げられない環境に放り込んでしまえばいい。以前三十層でファルンさんが使った水と土の複合魔法による泥沼のような感じのな。だが奴はそういった足場対策のために、リンメイのブーツの上位品を装備してる可能性が高い。なんでも空を走るらしいからな。……となると、ラキちゃんの結界で閉じ込めるのが確実だろう。そこでだ――」
このように、
それに合わせて、真っ先にフェリックを始末する事も決定した。コイツがいる限りこちらの攻撃は全て防がれ、連中の隙も全て潰されてしまうと判断したからだ。
船長に聞いた通り、連中はプライドの塊だった。煽ってやる事で見事にフェリックだけを戦闘におびき出す事ができたのは大きい。
俺達は行動や言動の一つ一つに細心の注意を払い、連中に警戒されないように努めた。
連中には俺達が何も知らない間抜けな追跡者と思わせないといけなかったし、上手く誘導する必要もあったからだ。
王子様に技を繰り出す前に技名を言ってもらうよう頼んだのも、その一つだった。
そして、今に至る。
「大成功だな! オラオラ、出られるもんなら出てみろよクソガキ」
「クソ雑魚が調子に乗るなよ……すぐに殺してやる……! ――おいお前ら! さっさと何とかしろ!」
フェリックの叫びと共に、突然リンメイの方へ黒い球体が幾つも襲い掛かってきた。
俺は慌ててリンメイに流星剣の斥力を使って弾くよう叫ぶ。
「リンメイ! 流星剣で弾け!」
「分かってるっ! いくぞ王子様! ……ほっ! はっ! それっ!」
流星剣の斥力により次々と弾き飛ばされていく球体は、下にいる王子様の斬撃によって流れ作業のように消し飛ばされていく。
「ばかなっ! 何もかも消し去る俺の闇魔法を……切り裂いただと!? ……あ……ありえん!」
リンメイと王子様のやり取りに、黒い球体を放ったヴィクトルだけでなく、フェリックやダジールも驚愕している。
「手筈通り、あの闇魔法士は私が相手をしよう。あちらの一番弱いデカブツはエルレイン嬢とケイタで頼む」
「お任せください」
「任せろ。リンメイは王子様の援護を頼む!」
「分かった。――おっさん気を付けろよ! やはりあいつ、斬撃耐性の鎧着てやがった」
「やっぱりな」
俺は拳を掌で包み指をパキポキ鳴らすと、ダジールを徒手格闘で相手をするよう全身に
船長から、ダジールは剣による攻撃が効かないと聞いていた。リンメイに鑑定してもらったら案の定だ。
「きっ、きっさまあぁぁ! 俺を一番弱いとぬかしやがったなー!」
茹蛸のように顔を真っ赤にしたダジールは聖女様の鎖を放り出すと、全身に炎を纏い、一目散に王子様に向かって突進してきた。
魔闘術なる魔法と格闘技を合わせた武術を扱うと聞いたダジールは、風の魔法により物凄い速さで向かってくる。
だが、フェリックのように目で追えないわけではない。
素早く動いたエルレインは、王子様に立ち塞がるように盾を構えてダジールの突進を受け止めてしまう。
相手の衝撃を六分の一に落としてしまうエルレインの 【戦乙女の加護】 ならば造作も無い。
更に、エルレインの水魔法による防護膜が、ダジールの炎を容易く防いでいた。
「何処へ行こうとしているのです? 貴方の相手は私達ですよ?」
「ばっ、ばかな! 俺様の突進を受け止めただとっ!?」
フェリックに頼れないお前らなぞ怖くない。――叩きのめしてやる。
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