086 ハルジの閃光 2

「クソッ、何やってんだあいつ等! ……まあいい、これほどの結界魔法そう長くは持つまい。――ここから出たら覚悟しろ。貴様ら全員、血祭りにあげてやる……!」


「……うるさいです! 私の結界はいつまでも切れません!」


 ラキちゃんはフェリックを覆っていた六面の結界を形を変えて球面にすると、勢いよく地面に向けて落としてしまった。


 ――ドゴン!


「ぐはぁ!」


 かなりの衝撃があったようで、フェリックは結界の中で潰れたヒキガエルのように、無様な姿を晒している……。

 どうやらラキちゃんも、こいつ等の聖女様への非道には相当お冠のようで、珍しく怒気を露わにしていた。




「貴様ら只の神官では無いな……どこの国の金級冒険者だ!?」


「金級? 何を言っておるのだ? 私は先日黒曜級になったばかりだぞ」


「黒曜……だと!? ……ふっ、ふ、ふ……ふざけるなぁぁ!」


 あっけらかんとのたまう王子様の言葉が相当癪に障ったのか、ヴィクトルは闇魔法の黒い球体を次々と生み出し、王子様に向けて撃ち出す。

 しかし、それらはことごとく王子様に斬り捨てられてしまっていた。


「どうした、この程度か? 傾国の魔女はもっと沢山撃ち出してきたぞ?」


「――! けっ、傾国の魔女だと!? …………そんな……まさか貴様……、セリオス王子か!?」


「だとしたらどうする?」


 王子様が不敵な笑みを浮かべると、ヴィクトルは途端に焦りの表情を浮かべた。

 ……そう、王子様は闇魔法士相手の戦いはこれで二度目だった。――一度目はあの傾国の魔女だ。


 闇魔法で生み出される暗黒の球体に触れた物は全て、そこが無になってしまうようにこの世から消えてしまう。

 ポラーレファミリーの連中の体にあった不自然な損傷は、こいつによるものだった。

 この球体は本来であれば剣で切り捨てる事など不可能で、剣だろうが鎧だろうがお構いなしにえぐり取られてしまい、決して防ぎようのない絶対的な強者の力である。


 しかし魔王様に鍛えてもらい、闇魔法に長けた傾国の魔女に対抗する技を会得していた王子様には、全く問題がなかった。

 今回俺がリンメイに買ってあげた、触れる前に魔法を弾く事ができる流星剣も、闇魔法士に対抗できる手段の一つだ。


 王子様曰く、ヴィクトルは傾国の魔女よりも弱いと評している。

 ならば何の問題も無く、じきにケリは付くだろう。……と思ったのだが。


「くっ、くそっ!」


 なんと予想外な事に、ヴィクトルは空へ舞い上がり、逃走を図ってしまう。


「なっ!? 貴様逃げる気か!」


「逃がすか!」


 メイソンはヴィクトルに向け素早く弓による連撃を行うも、矢は全て闇魔法の暗黒の中に吸い込まれてしまった。


「くそっ!」


「待ちやがれ! ――おらぁ!」


 メイソンに続けてリンメイも、流星剣をヴィクトルに向けて投擲する。

 まるで流れ星のように流星剣は闇魔法の球体を弾きながらヴィクトルに向かっていくが、惜しい事にギリギリで躱されてしまった。


「はっ! 残念だったな獣女! ――そんなものが当たるヵ……ゴバァ!」


「へっ、当たるんだよ!」


 なんとリンメイは、躱された流星剣を今度は刀身を自分に向けて引き寄せていた。引き寄せられた流星剣はヴィクトルの首筋から貫いて喉から突き出てしまっている。

 そして更にリンメイは追い打ちをかけるように、氷属性で首の周りを凍らせていた。


 無残に落下してきたヴィクトルを、王子様が止めを刺す。


「もー! 危うく逃げられるとこだったじゃねーか。頼むぜ王子様」


「……む、すまん」




 王子様達の方は片付いたようだな。後はこのデカブツを何とかすればいいんだけど……。


「ヴィクトルがやられた!? そんなばかな……。なぜだぁ!」


「うるせぇ!」


 ――バゴッ!


 ダジールは、距離を取ると以前王子様の仲間だったカルラにも劣らぬほどの魔法を連発したり、自身に炎など様々な属性魔法を纏って恐ろしい速度で突進して、力士のようなぶちかましを決めてくる。

 近接でも魔法を放つ拳打や蹴りで周囲を圧倒し、鎧の効果により敵からの斬撃は効かない。まるでドラゴンボールに出てくる戦士のような戦い方だ。

 初見で何も知らずコイツと戦う事になった者は、さぞかし脅威だろう。


 なのだが……。――コイツ、思ったより弱いぞ?


 コイツには、はっきり言って格闘センスが全く無かった。

 距離の無い近接格闘に持ち込んでしまうと、大振りのパンチやキックを繰り出すばかりで、フェイントなど相手との駆け引きが一切無い。

 今まではそのオーガにも勝る存在感と大技で相手を圧倒して、棒立ちとなった相手をぶちのめしていたんだろうが、大技の繰り出せないこの距離からでは、コイツからは何の脅威も感じない。


 しかもその大振りも、魔法の威力で相手を仕留めるのを優先しているのか、全然拳に威力が乗っていない。

 王子様やリンメイと剣の稽古をしている時の斬撃の方が、はるかに速いし脅威だ。


 何が天下無敵の魔闘術だ。この程度なのにあれほど偉そうにしていたのかコイツは。…………なんだか段々と腹が立ってきたぞ。


「てめぇふざけんなよ! なんだそのテレフォンパンチは! ――ハエが止まるぞ!」


 ――ドゴン!


「ぐっ……くそおぉぉぉ……!」


 俺はダジールが攻撃する度に余裕でカウンターを決め、さっきからボコスカ蹴ったり殴ったり転がしたりしている。

 そしてダジールが風魔法で空へ逃げると、透かさずメイソンが弓による追撃を行い、俺もすぐに投擲をお見舞いする。


「何が俺ら一人にも勝てないだ! てめぇナメてんのか!? 逃げてないでさっさとかかってこいやぁ!」


「ぐぎぎ、このぉ……! 調子にのるなあぁぁぁ!」


 煽ってやると魔法を繰り出しながら再び突進してくるのだが、簡単に対処できてしまう。

 実に単調な動きだ。


 コイツはどちらかというと武術家というよりも、攻撃を全て受け止め、ものともせず叩きのめすプロレスラーに近いのかもしれない。

 さっきから俺が有効打を何発も決めているのに、全然沈まない。スタミナと打たれ強さだけは異常にあるようだ。コイツの装備している防具が優秀なせいもあるのだろう。

 しかしこちらの有効打が決まる度に、相手の攻撃の手が止まり怯む程度にはダメージを与えているので、漫画の展開にあるような、全く攻撃の効かない強者を相手にしているって状況ではない。


「斬撃耐性の鎧なんて着てるとか、とんだチキン野郎だなてめぇは!」


「黙れぇぇぇ!」


 普通であれば冒険者にとって装備を良くしていくのは当たり前の事なので、こんな事言ってやったって 「いいだろうコレ!」 と返されるだけなのだが、頭に血が上っているコイツには十分に煽り文句として利いてしまう。


「うがあぁぁ!!!」


「ケイタさんこちらです!」


 ――ドゴォーン!


 俺はすぐにエルレインの後ろに隠れる。

 ダジールはたまにこうやって自分を中心とした特大魔法を放ってくるので、その時は水魔法の防護壁を展開するエルレインの陰に隠れさせてもらう。

 流石にこの位の威力の魔法は、俺のにわか仕込みの魔力マナの膜では防ぎきれない。

 コイツはカルラ並みの大技の魔法を使う事から、きっとギフトも 【魔術の導き】 や 【魔術の深淵】 といった、魔法士に適性のあるギフト持ちなんだろう。


 しかし埒が明かないなこれ……。どうやらまた回復ポーションでダメージを回復されてしまったぞ。

 コイツを倒せるほどの必殺の一撃を持っていない自分が恨めしい。

 いや、あるにはあるのだが、コイツはしっかりと雷耐性の装備をしているようで、俺の紫電を纏った一撃が通用しないんだよなあ。

 せめて耐性アイテムがどこにあるかが分かればいいんだが……。


 ……仕方がない、ダジールに俺の意図がばれてしまうがリンメイに聞くか。


「リンメイ! コイツの雷耐性アイテムはどこにある!」


「なっ!? 雷耐性だと!?」


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ…………あった、そいつの鎧に付いてる襟元辺りの宝石だ!」


 俺の戦いをニコニコしながら見ていたリンメイは、なぜか顔を赤くしてあたふたするも、直ぐに教えてくれた。


 ――くそっ、背後かよ!


 それを聞いて即座に動いてくれたのはメイソンだった。素早く矢をつがえ、弓によりダジールの襟元辺りの宝石に向けて射る。


「させるかぁ!」


 この辺は腐っても金級冒険者といった所か。メイソンの攻撃に素早く反応し、ダジールは右手を背後に振り抜いて、爆炎魔法によって飛来する矢を焼き尽くしてしまう。

 しかし、おかげでお前の背中は丸見えだ!


「サンキューだメイソンさん!」


「しまっ――!」


 ――パキーン!


 雷耐性の宝石を砕くと同時に、突然、俺のギフトが発動した。

 なんと、いい加減に気が付きなさいとお叱りを受けてしまう。――ギフトに!


 ――そうか……だからこの形状だったのか!


 俺が今装備している籠手の効果は、僅か一メトレだけ攻撃魔法の飛距離が伸びるというもの。

 この効果から、一見この籠手は魔法士のためにあるように思われるが、形状が拳闘士が好むような作りをしていた。


 実はこれ、まんまダジールのような戦い方をするための籠手だった。

 つまりは、魔法の才が属性攻撃の付与止まりで攻撃魔法を撃ち出すまでに至らない人間でも、一メトレは魔法を撃ち出す事ができるようになるというものだった。

 これは……使い方次第で、かなり便利な籠手だったんじゃないか……。


 ――ならば! ここで試させてもらうぞ!


「おっ……おのれぇー!」


 ダジールは矢を払った右手をそのまま引き戻し、炎吹き出すその拳で俺に殴りかかる。俺はそれに合わせ、ダジールの拳に狙いを定めた。

 腕の太さや体格差、そして魔法の威力からして、周囲からは一見、俺の方が不利に見えただろう。

 しかしこれまで研鑽した技術や魔力マナで、そんなものは幾らでも覆る! 負けてたまるかぁ!


「貫けぇーっ!」


 ――ガゴォン!


 奴の肩から突き抜けるように、俺の正拳突きの拳から攻撃魔法が打ち出された。

 お互い魔法を纏った拳がぶつかり合ったその結果は……。


「ぎいああああぁぁぁぁ! ………………あがが……聖女っ! 早く……早く俺の……腕を治しやがれ……!」


 正拳突きに合わせて俺の雷魔法はダジールの腕の中を貫き、奴の皮膚はただれて筋肉はズタズタに破壊され、物凄い熱を帯びて酷い事になっている。

 これまで表層をなぞるように伝わり、それなりの電撃傷やマヒ状態にするのが関の山だった俺の雷魔法とは明らかに威力が違う!


 腕をズタズタにされたダジールは、見苦しくも聖女様に助けを求めてしまっていた。


「ひっ……!」


 悲鳴の聞こえた先を見ると、既に聖女様はクロエに無事保護されていた。

 ダジールの視線から逃れるように、クロエの胸に顔を埋め怯えてしまっている。


 彼女は攫われてから、いったいどれだけ心や体に傷を負わされてしまったのか……。

 あの怯える姿を目にした途端、再び憤怒の感情が沸き上がる。――ああ本当に! こいつ等は許せん!


「寝言言ってんじゃねえぞ! てめぇはこれで終わりなんだよ!」


「ひっ……、まっ、待って助……ぎ――――――!」


 ――ズドーンバリバリバリッ!


 俺はダジールの頭を両手で挟み込むと、怒りに任せて最大級の雷魔法をお見舞いしてやった。

 フルパワーで注ぎ込んでしまったせいかダジールの体はズタズタとなり、絶命するとそのまま燃え上がってしまった。




 とりあえず聖女様をクロエに任せて距離を取ってもらい、俺達は結界に閉じ込めたままのフェリックを、聖女様からは見えないように取り囲んでいた。

 結界から逃れられはしないが、その代わりにこちらからも攻撃ができないと高を括っているのか、フェリックは相変わらず強気な態度で、先程から悪態が尽きずやかましい。


「口の減らん奴だ……。先程の言葉、そっくりお返ししておこう。貴様らが終始こちらの力量を測る事ができないバカ揃いで、ふふっ――助かったぞ」


「だな。――俺達が一番恐れていたのは、俺達を警戒してお前らが聖女様を盾にする事だったんだぜ? でもまぁ、心配する必要無かったな」


「簡単に挑発に乗ってくれたからなー。こいつ等が単純でよかったぜ」


「貴様らぁ……! ゴミ屑の分際でタダで済むと思うなよ! この結界を解いた時が貴様らの――」


「――黙りなさい」


 ――ぐしゃっ。


「ぎぃあぁぁあぁ!」


 早いな、もういらっしゃったか。


 ラキちゃんの後ろに、サラス様が空から舞い降りる。何かを握り潰すポーズをしているので、フェリックの手足が潰れてしまったのはサラス様の念動力サイコキネシスか何かの力のせいだろう。

 向こうではラクス様が 「遅くなってしまって、本当にごめんなさいね」 と、聖女様を優しく抱きしめていた。


 ラキちゃんは逐一ラクス様とサラス様に現状を報告していたんだけど、敵に時を止めるギフト持ちがいるかもしれないと伝えたところ、急遽お二人がこちらまで駆けつけてくれる事となった。


「ラキちゃん、もう結界解いていいわよ」


「はーい」


 ラキちゃんが結界を解除すると、サラス様は四肢を潰されてもがいているフェリックに素早く首輪を付けてしまう。

 そして剣指で何やら印を結ぶと、首輪は光と共に消え去ってしまった。


「――これでよしっと。 皆、 『イレギュラー』 相手によく頑張ったわね。感謝するわ」

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