084 厄介事

 俺達は何とも言えない表情になって、全員で顔を見合わせてしまう……。


 ――ああ、厄介事って多分これだ……。


「え、えっと……、とりあえずお話は伺いますが、ここではちょっと、その……」


 郵便ギルドの職員さんや護衛依頼できている冒険者達から物凄い注目を集めているので、ラキちゃんも流石に困っている。

 俺は急いで職員さんに応接室を貸してもらえるよう頼み、一先ず全員を応接室に押し込めた。


「頼むからあんな所で聖女とばらさないでくれよ……」


「急を要しておりましたのでつい……。申し訳ありません」


 とりあえずラキちゃんを応接室の上座に座らせ、こいつ等から話を聞く事にする。


「それで、力を貸していただきたいというのは、どのような事でしょうか?」


「はい、大天使・・・ラキシス様とその御一行である皆様のお力をお借りし、この国の聖女様を凶賊より救い出したいのです」


「この国の聖女って、まさか聖女ミリアリア様か!?」


 先日武器屋で聖女ミリアリア様の事を耳にしたばかりなのに、まさかこんなにも早く俺達に情報が舞い込んでくるとは……。


「ご存知でしたか……。聖女ミリアリア様を救うため、是非ともお力を貸して頂きたいのです」


「其方らは流行り病を調査に来た者共なのだろう? どうして聖女救出の話となるのかが全く見えないのだが……」


「王子様の言う通りだ。順を追って説明をしてくれないか?」


「そうですね……。少し長くなりますが、ご容赦ください」


 彼ら調査団は国境都市のボルドレンとガルドレンに挟まれたガルディス川の源流に今回の流行り病の原因があると突き止め、その原因を探っていたそうだ。

 源流に向かうほど病の元となる瘴気が凄まじくなっていき、調査は難航していた。それでも源流に辿り着いた彼らは、遂に流行り病の元凶を突き止める。


 なんとガルディス川の源流である霊峰キレニクスの氷河の辺りに、瘴気をまき散らす巨大なドラゴンゾンビが居座っていたのだ。

 だが非戦闘員の多い調査団ではとても勝てる見込みもなく、更に瘴気によって体調を崩している調査員も多かったために、原因を確認しただけで戻ってきてしまう。

 ガルドレンへ戻る頃には全員が重い流行り病に罹っており、暫くの間彼らは、施療院の厄介になっていたそうだ。


「ある時、ガルドレンの司教で有らせられるアンドレイ様が我らを見舞いに来てくださり、その時に流行り病の元凶であるドラゴンゾンビの事を話したのです。すると 「私に任せなさい」 と仰り、暫くして異国の冒険者を連れてきました。――その者達の中に、聖女ミリアリア様がいたのです」


 司教が冒険者と一緒に攫われた聖女連れてきた……!?


「司教様から彼らは異国の金級冒険者のパーティと紹介され、彼らにドラゴンゾンビの討伐を任せるからと、目撃した場所などの説明をするよう求められました」


「異国の金級冒険者だと!? 国家に属する奴等がなぜアルティナの司教に従っておるのだ!?」


「それは……分かりません」


 王子様曰く、金級冒険者以上は国家に所属する事となるそうだ。国に忠誠を誓う事でその恩恵として貴族階級を与えられれ、白金級だと更に領地まで与えられる。

 そして基本的には自国のためにしか動かないし、時には戦争にも駆り出される。どうりでミリアさんが目指す必要は無いと言ったわけだ……。


「……それ本当に聖女様だったのか? 見間違いなんじゃねーの?」


「病に罹り朦朧としてはおりましたが、間違いはありません。聖女様は鎖の付いた首輪を付けられ、まるで奴隷のような扱いを受けておりましたから、我ら一同、どうしても目が離せなかったのです」


「妙な話だな。本当にその者が聖女であるなら、なぜ其方らを治療して案内役にしなかったのだ?」


「攫われた聖女を連れているのがばれるのを恐れたのではないでしょうか? それとも……皆さんを連れて行きたくない理由でもあったのかも……」


「てことは、その凶賊って金級冒険者の事なのかよ!?」


「はい……」


 よりによって今回は金級冒険者を相手にしないといけないのか。実力もさることながら装備も凄いだろう。

 そんな奴等から聖女様を奪い返さないといけないとは、かなり厄介だな。リンメイに流星剣を持たせないと命が危ないってのも頷ける。


「異国の金級冒険者か……。其奴等のパーティ名は分かるのか?」


「名乗りはしませんでしたが……私の記憶違いでなければ、奴等は恐らく 『ハルジの閃光』 です」


「なっ!? ハルジャイールの懐刀ではないか!」


「……そうです。間違いなければ、我らだけでは到底敵いません。――そこで、ラキシス様にご助力をお願いしたく、皆様をお探し致しました」


 どうも 『ハルジの閃光』 は周辺国家から恐れられるほどの実力を持つ、ハルジャイールお抱えの三人組パーティらしい。

 フェリックという少々小柄な金髪美青年がパーティのリーダーで、ヴィクトルというひょろりと背の高い頬のこけた顔立ちをした長い黒髪の男と、ダジールというオーガにも勝るとも劣らない体躯の赤毛の短髪男の只人三人で構成されたパーティであると、王子様から教えてもらう。

 フェリックとヴィクトルの能力は秘匿されているようだが、ダジールは魔闘術という魔法と格闘技を融合させた天下無敵の武術を扱うと、自ら喧伝しているらしい。


「しかし、あんたらよくラキシス様がここにいるって分かったな」


「はい。我らは先日までガルドレンの施療院におりまして、峡谷が突然聖なる光に包まれたおかげで流行り病から回復する事ができました。――あれほどの御力みちからはラクス様かラキシス様でないとあり得ません。そこで、冒険者をされているラキシス様が近くに来ているのではないかと思ったのです」


「あー、なるほどなあ」


 そうか、あの時こいつ等はあそこにいたのか。それであの神聖魔法の光を受けて回復し、神聖魔法の威力から俺達がいると推測したと。

 たしかに、あれほどの威力は普通の聖女には不可能だろうからな……。


「それからは冒険者ギルドや郵便ギルドで確認をし、皆様の軌跡をたどってまいりました」


「えっ、ちょっと待ってくれ。……てことは、それってもう何日も前の事じゃなか。その 『ハルジの閃光』 って連中は、とっくの昔にドラゴンゾンビ討伐をしてどっか行ってしまった可能性が高くないか?」


「それが、連中はまだドラゴンゾンビ討伐に向かっておりません。アンドレイ司教様とこの都市へやってきて、まだ滞在しているようなのです」


「待て、ハルジャイールの民はこの国への入国は禁止されているはずだ。まさか司教が手引きしたというのか!?」


「……そのようですね」


「なんかその司教さあ、随分怪しくね?」


「ですね。てっきり民のために落札したと思われた 『聖なる息吹』 も、もしかしたらそのドラゴンゾンビ討伐に使うためなのかもしれませんね……」


「「「それだ!」」」


 エルレインの何気ない一言に全員がハッとして、顔を見合わせる。


「いくら聖女様がいても、我らがラキシス様のように長時間に渡り、瘴気を退けるための神聖魔法を行使し続けるのは不可能だ。だからか……」


「え? てことは司教はオークションに 『聖なる息吹』 が出品されるのは随分前から知ってたのか?」


「ありえん事ではないだろ。奴は司教区を治める長だからな。貴賓として夏祭りに招かれる際、事前にオークションのリストを貰っていても不思議ではない」


「あーそっか」


 本来ならば聖女様を酷使してドラゴンゾンビ討伐に向かうはずだったのだろうが、オークションに都合の良さそうなアイテムがあったから行動を遅らせたのかもしれない。

 もしも運良く、奴等が聖女様をドラゴンゾンビ討伐に連れて行かないのであれば、金級冒険者と交戦せずに奪い返す事ができるんだがな……。


「もう 『聖なる息吹』 は手に入れたんだ。――だとしたら早ければ、明日辺りから連中、ドラゴンゾンビ討伐に出発するかもしれないな」


「我らの仲間が今も奴等の動向を見張っておりますので、行動に移ったら連絡が来るはずです。――奴等が都市から離れた時がチャンスです。ラキシス様、何卒我らにお力をお貸しくださいませ」


「私共は只今冒険者のパーティとして活動しております。――ですので、そちらの判断はリーダーであるお兄……ではなくケイタさんに一任致します」


 そう言うとラキちゃんはこちらの方を向いたので、俺は首肯で答える。

 俺は改めてパーティメンバーに向き直った。


「俺のギフトの件からして、今回はかなり危険だと思う。…………それでも聖女様を助けに行っていいか?」


「無論だ」


「お任せください」


「あたいもおっさんからお守り貰ったからな。――任せろ!」


 王子様、エルレイン、リンメイは快く了承してくれ、最後にラキちゃんを見るとニッコリと微笑んでくれた。


「分かった。――俺達も聖女様救出に手を貸そう」




 連中が動き出したとの知らせが入ったのは明け方近くだった。

 奴等はエルドラード共和国への入国を禁止されているので門は通らず、闇夜に紛れて城壁を越えて行ったそうだ。


 その時、聖女ミリアリア様も赤毛の大男ダジールに抱えられていたと報告を受ける。

 くそっ、やはりドラゴンゾンビ討伐に連れて行ったか……。


 連中はガルディス川の源流である、霊峰キレニクスの氷河に向けて登山道の方から向かったようだ。


 俺達は話し合い、連中がドラゴンゾンビと交戦している隙を狙って聖女ミリアリア様の安全を確保しようという事となった。

 そのため連中の通ったルートをそのまま追うのではなく、一旦コロロン諸島へ渡り、最も霊峰キレニクスの氷河に近い場所からこっそり飛んで、氷河に向かう事となった。

 コロロン諸島は霊峰キレニクスの山頂よりもやや下に浮かんでいるため、横に飛べば移動距離がそれほどかからないため、これなら追跡を発見されにくい。


「ラクスお姉ちゃんが貸してくれたこの乗りカゴは六人しか乗る事ができません。ですので、申し訳ありませんが調査団の皆さんは、二名しかお連れする事ができません」


「分かりました。それでは私メイソンと、こちらのクロエが案内役としてお供させていただきます」


 名乗り出たのは、昨日調査団の代表として俺達に助けを求めてきたメイソンさんと、先程見張りから戻ったばかりのクロエさんだった。

 メイソンさんはエルフの男性で精霊魔法を扱え、ギフトは 【必中】 であると教えてくれた。精霊魔法を駆使した弓による攻撃を得意とする。

 クロエさんは黒豹の獣人で、ムジナ師匠と同じくギフトは 【影渡り】 を使う隠密行動に優れた女性だ。今回も見張りをしたりと、斥候役として活躍している。


 俺達は乗りカゴに乗ると、再びコロロン諸島へ向けて飛び立った。

 万が一にも島民の人達と遭遇した場合に備え、今回も全員が護衛神官のローブを羽織っている。




 もう少しでコロロン諸島という所まで来た辺りで突然、俺のギフトがけたたましい警鐘を鳴らしてきた。


 ――うっ、なんだ!? 急げ……って何処に!?


 俺の 【虫の知らせ】 が頻りにガルディス川のとある場所を示している。

 これまでに無いあまりのけたたましい警鐘に、俺は思わず頭を押さえてしまう。


「っつぅ……! ラキシス! あそこを目指してくれっ! ――早く!」


「えっ!? はっ、はいっ!」


 ラキちゃんは俺の突然の指示に驚くも、直ぐに俺の指差す方向へ向かってくれる。


「どっ、どうしたんだよおっさん!?」


「ギフトが発動した!」


「あっ、人の気配がします!」


 すぐにラキちゃんは俺の指差す方角に何者かがいる事を察知したようだ。

 『ハルジの閃光』 の可能性もあるため、全員に緊張が走る。


「あれは……この前の蛸さん!?」


「ホントだ! あの時の海賊じゃねーか!」


 目視で判る距離まで近づくと、全員が海賊達の只ならぬ状態に気が付いた。

 血の色で濁った巨大な蛸で全員を包み、ガルディス川を転げるように移動していたポラーレファミリーは、俺達に気が付くと力尽きるように蛸が消えて、全員が川岸に投げ出された。


 ラキちゃんに乗りカゴを川岸へ降ろしてもらい、俺達は急いで海賊の方へ駆け寄る。


「……う……あ……、助……けて……」


 ただ一人、何とか意識を保っていた船長は、俺達に助けを求めると力尽きるように気を失ってしまった。


 ……これは酷い。

 ポラーレファミリーの五人は、全員が目を背けたくなるようなボロボロの状態だった。

 全員が目を切り裂かれ、全身が酷い裂傷で、所々が何かで抉り取られたような箇所まである。

 正直、この状態でまだ生きているのが不思議なくらいだった。


 ラキちゃんは直ぐに神聖魔法を行使し、全員を治療する。

 暫くして、真っ先に目を覚ましたのは船長だった。


「……あれっ、生きて……えっ……見える……?」


「おい! 子供達はどうした!?」


「えっ? あっ、ああ……、子供達は旦那に預けてきたから大丈夫だよ」


 船長は俺の剣幕に驚きつつ、子供達は今回連れてきていない事を教えてくれた。


「そうか、良かった……」


「……ふふっ、あんた随分とお人よしだねぇ。――その、助けてくれてありがとう……」


 船長は呆れた顔をするも状況を理解したようで、俺に礼を言ってきた。

 仲間の安否を確認し、ホッとしている。


「それはこちらの聖女様に言ってくれ。――で、何があった?」


 聞くと、ポラーレファミリーはやはりと言うか、 『聖なる息吹』 が欲しくて 『ハルジの閃光』 を追っていたようだ。

 そして、どうやら無謀にも五人で連中に挑んでしまったらしい。


 一人は鎖で繋がれているから頭数には入らないと踏んで、相手が三人ならこちらは五人なのでいけると思ったようだ。

 なんだかなぁ……。


「よく目を潰されてたのに逃げてこれたな」


「へっ、この眼帯はあたしのギフトのためにしてるだけで、見えないわけじゃないんだよ。……だから隙を見て逃げてこれた」


 そう言い船長は眼帯をクイッとあげると、眼帯をしていた方の目が光り、魔法陣のような紋様が浮かび上がった。

 なるほどな、どうやら眼帯をしている方の目で、あの蛸の視界を見る事ができるのか。


「しかし、よくもまあ全員生きていたな」


「……あいつ等の嗜虐趣味のおかげで、すぐには殺されなかったんだよ」


 船長は忌々しそうに歯噛みすると、吐き捨てるように言う。


「なるほど……。そいつは……運が良かったと言うべきかな」


「ははっ、違いないね……」


「――さて、折角助けてやったんだ。奴等についての情報を全部教えてもらうぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る