082 武器屋さん
そのお店は鰻の寝床のように奥行きのある、まるで京町家のような造りのお店だった。
天井が高く、煙や熱気を逃がすための火袋と呼ばれる空間もある。これはこのお店が工房も兼ねているからだろう。
「こんにちはー」
「おっ、いらっしゃい。よく俺の店を見つけてくれたな、嬉しいぜ」
店の主はドワーフではなく、ゴブリンの男性だった。
俺よりもかなり年が行ってそうで体格もがっしりとしており、いかにも鍛冶職人という風貌をしている。
「――ははっ。偶然通りかかったんだけどさ、何か表通りよりも良い品置いてそうな感じだったから寄らせてもらったよ」
「おっ、そうかいそうかい!――表通りの店にゃ負けない品ばかりだからさ、何か買ってっておくれよ」
店主は俺の何気ない言葉に気を良くしたようで、俺達を快く招き入れてくれる。
店主曰く、表通りのドワーフのお店は余所者に二級品を売りつける店が多いようで、あいつ等ケチなんだよとぼやいている。
店内全体を眺めてみると、どうやらここは武器や防具でも、売る品を剣と盾に絞った感じのお店だった。
限られた店の空間には、様々な剣や盾が所狭しと陳列されている。
リンメイが真っ先に注目したのは、このお店の中で最も値段の高そうな品が並ぶ棚だった。
「うそっ!? これ
「なにっ!?」
「ふっふっふー、おじょーちゃんお目が高いねえ。そいつは俺の最高傑作の一つだぜ」
「……うん、これは凄い業物だ。使ってる魔導石もかなり良い! これなら体の一部みてーに
金属製の装備は自身の
そんな素晴らしい性能を持つ優秀な素材なのだが、たしか
「一級品とは嬉しい事言ってくれるじゃないか。もしかしておじょーちゃんはギフト持ちかい?」
「まあなー、あたい 【鑑定技能】 持ちなんだよ。――王子様、これならいーんじゃねぇか? 迷宮産のような特殊な効果は無いが、王子様のギフトなら質実剛健な作りのこの剣が合ってると思う」
「たしかに……。――主人、少しこの剣を見せてはもらえないだろうか?」
「おっ! いいぜいいぜ! あんたどこぞの国の王子様かい? ――今日決めてくれるんなら値引きしちゃうぜ王子様!」
店主は上客が来たと察したようで、調子良く話しながら、いそいそと
「こいつは標準的な種族の体格に合わせて作った剣だからな。きっと王子様にも合うはずだぜ」
寸法は丁度、王子様が今使っている数打物の剣と同じくらいか。俺の剣のように、片手でも使えるが両手持ちの剣としても使える柄の長さだ。
王子様は鞘から剣を抜くと、軽く振ったりして重心などの具合を確認している。
その剣は外見だけでなく、刀身もとても美しかった。フラーと呼ばれる刀身の部分が非常に凝った作りをしており、とてもかっこいい。店主の
「……申し分ない。――主人、これを貰おう。幾らだ?」
「おおっ、まいどありっ! 表通りなら白金貨三枚近くするが……王子様は即決してくれたからな。――白金貨二枚丁度でどうだ?」
「いいだろう。――ところで主人、この剣と一緒に飾られていたあの盾も
王子様は
剣と同じ美しい装飾が施されているところを見ると、どうやらセット物のようだ。
「ああそうだぜ、この剣に合わせて作ったからな。カッコイイだろう。――あれも自慢の逸品だが、どうだ? 一緒に買ってくれるのかい王子様?」
「そうだな……ではあの盾も一緒に貰おう。――合わせて幾らだ?」
「おっ、マジかよ! ――うーん、そうだなぁ……では合わせて白金貨五枚でどうだ?」
「うむ、いいだろう」
店主は大喜びで、盾も早速棚から取り出してくれる。
この剣と盾は希少な
「えっ、王子様あの盾も買うのか!? ……金あんなー」
王子様の羽振りの良さに、リンメイだけでなく俺やラキちゃんも呆れてしまった。
実に羨ましい。俺もポンと白金貨五枚を払えるほどになりたいものだ……。
「ふっ、これくらい
王子様はエルレインの方を向くと、珍しく照れているのか、少々はにかんだような笑顔で伝える。
「えっ、ええ!? そっ、それはもう喜んで! ですが……よろしいのですか?」
「勿論だとも。君の盾は私を抱えて逃げる時に迷宮に置いてきてしまったからな。替わりにこれを使って欲しい」
「セリオス様……。ありがとうございます」
エルレインは王子様からの思わぬ贈り物に、感慨無量のようだ。
そういえば王子様の本来の剣もエルレインの盾も、カルラ達に襲われた時にダンジョンに置いてきてしまったんだったな。
この盾も、リンメイの鑑定によると
剣と同じく
エルレインのギフトと合わせれば、鉄壁の守りとなるだろう。
値段にはびっくりしてしまったが、王子様としては満足のいく買い物ができたようなので何よりだ。
なのだが……おかしいな、俺のギフトはまだ何かを伝えようとしている。王子様の買い物とは別?
俺は王子様達から離れ、ギフトに導かれるように一人店内を散策する。ギフトが示すのは何だ……?
――あったこれだ……。って、本当にこれ!?
周りを伺うも、どうやら女神様が激推しするのは、これのようだ……。
「ちりとり?」
俺の後を付いて来ていたラキちゃんが、興味深そうに俺が手にしたモノを覗き込む。
「ははっ、本当にちりとりみたいだよね。――親父さん、この剣が欲しい」
店主は俺が掲げた剣を見ると、驚いた顏をした。
「……まさか、お前さんも 【鑑定技能】 持ちなのか!?」
「いいや、【鑑定技能】 は持ってないが、俺のギフトがこの剣を教えてくれたんだ。――この剣があれば仲間の命を救えるって」
俺が掲げたのは、柄の造りはとても精工で美しいのだが、鞘は適当な木で作ってあり、剣先の方はまるでハンディ掃除機の吸い込み口のような形状をしている剣だった。
「なんだその鞘!?」
リンメイは呆れた顔をして、そのヘンテコな鞘を眺めていた。
「あー……うーん……。仲間の命を救えると言われちゃ……しょうがないか。――兄ちゃん、幾ら持ってんだい?」
「全財産で金貨十二枚だが、……ダメか?」
「白金貨一枚とちょいか……。しょうがない、それで手を打ってやるよ」
店主はそう言うと、奥の方から大事そうに布に包まれた物を持ってきた。
「こっちの鞘が本来の物だ」
そう言い布を取ると、店主はこれまた美しい装飾の施された鞘を取り出してきた。
そして、掃除機のような形状をした雑な作りの鞘から剣を引き抜くと刀身を拭い、本来の鞘に納めてくれた。
これはまた美しい剣だ……。
王子様が買ったのが西洋の剣を思わせる両刃の剣だとすると、こちらの剣は中国の剣を思わせる両刃の剣だった。
「この剣はな、俺がこの都に来る途中に偶然近くに落ちてきた流れ星を使って作った剣なんだよ。流れ星にドルンガルドで一旗揚げてやりたいって願ってたらよ、俺の近くに落ちて来たもんだからビックリしたもんだぜ」
なるほど、だからこの剣には流星を
「何か縁起物の気がしてな、全身全霊込めてその流れ星使って剣を作ってみたんだ。そしたらよ、面白い事に
おいおい、縁起物を掃除の道具にするなよ……。
とりあえず俺は金貨十二枚を支払い、剣を受け取る。
「おっさん、見せて見せて!」
「ちょっと待ってくれな、少々試したい事があるんだ」
リンメイは興味津々で剣を見せてとせがんできたが、ちょっと待ってもらう。まずは確認しておきたい事があるんだ。
早速剣を鞘から引き抜き、ギフトが示してくれた通りに
「リンメイ、ちょっと剣を抜いて構えてくれる?」
「ん? いいぜー」
リンメイが剣を抜いて構えてくれたので、俺は購入した剣を交差するように構える。
「ちょっとそのままでいてくれよ?」
「ん? おう」
俺は剣に
――パシン!
「うぉっ!? かなり強い力で吸い寄せられたぞ!」
「うん、親父さんが言った通りだな。――ではもう一回頼む」
再び
そしたら、今度はリンメイの剣の刀身を反対方向に弾く力が働いた。
――やっぱりだ! この剣、引力と斥力の両方が使える!
「えっ!? なにその剣、どういう事!?」
「ふふー、面白いだろ。例えばこんなこともできるぞ」
そう言うと俺は高く飛び、この家の太い梁に刀身を張り付けて梁にぶら下がって見せた。
「張り付いた! おもしれー……!」
俺は床に着地すると一旦剣を鞘にしまい、今度は剣の鞘の部分をリンメイに持ってもらう。
「リンメイ、俺の
「うん、見える」
「じゃ、柄をこっちに向けて欲しい」
リンメイが柄をこちらに向けてくれると、俺は魔力を込めた。
すると、剣は鞘から引き抜かれ、リンメイから少し離れた位置にいる俺の手に収まった。
「えっ! マジか!」
「こんな感じに引き寄せる事もできる。後は……斥力になるように
そう言いながら、リンメイに持ってもらっていた鞘に剣を納めた。
「流れ星から作られた剣だから、差し詰め名前は 『流星剣』 だな……」
「装飾も流れ星を意識している感じだし、流星剣て名前、良いと思うぜ!」
そういえば、日本でも明治の頃に鉄隕石から作られた流星刀という刀があったはず。
「という事で、この剣をリンメイにあげる」
いいなーと言って剣を眺めていたリンメイは、突然の事に素っ頓狂な声を上げ、驚いてしまう。
「えっ? ……うええっ!? いいい、いいのかおっさん!?」
「ああ、ギフトが示したんだ。この剣が無いと、リンメイの命が危ないって。きっとこの剣が君を守ってくれる。――使ってくれるか?」
「もっ、勿論さ! ――えっとその、ありがとう。……本当に……えへへっ」
リンメイはこれまで見せた事が無いような笑顔で、照れながらお礼を言ってくれた。
何かこっちまで照れてしまう。
「おっ、おう! ――これでもリーダーだからなっ。メンバーの安全が第一だ」
殆どスッカラカンになってしまったが、これでリンメイの命が救われるなら安いもんだ。
とは言え、大家さんやミリアさんへのお土産買うお金どうしよう……。
「すげーな兄ちゃん、よくこれだけの使い方がすぐに思いつくもんだ。――しまったなぁ……これだけ優秀な剣なら、もうちょっと吹っ掛けてもよかったかな」
「はっはー! もう代金は支払ったんだ。返さないぞっ」
「ははっ、冗談だって」
店主はこの 『流星剣』 にこんな使い方があったのかと、頻りに驚いていた。
残念ながら色々と実演して見せた使い方は、俺の知恵じゃないんだ。俺のギフトが教えてくれたのさ。
リンメイは大喜びで剣を鞘から引き抜き、早速鑑定しているようだ。
「材質は
おお、俺が何となく言った 『流星剣』 が、そのままギフトにネームド品として登録されたのか。
何かちょっと嬉しい。
「――あの……ケイタさん、この剣が無いとリンメイさんの命が危ないというのは……」
エルレインは躊躇いがちに俺に聞いてきた。うん、やはりそこが気になるよね……。
新しい剣を手に入れてニコニコ顔だったリンメイも、エルレインの言葉でハッとして真顔になる。
「そう……そうなんだよ。ラキちゃんがパーティにいても、この剣が無いとリンメイの命が危ないとギフトが教えてくれたんだ。――これから先、何かが起こる」
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