075 救国の勇者
「魔王が女神からの神託を授かった……だと!?」
「しかも女神様が……ケイタさんを使ってチャンスを与えて下さった……!?」
「ははっ、どうやらそうらしい」
今度は俺の方を驚きの顏で見るもんだから、仕方が無く俺のギフトを簡単に説明し、これでも女神様の恩寵なんだよと教えてあげる。
「王子よ、ケイタとのめぐり合わせが偶然とでも思ったか? 全ては女神の導きの結果だ。――本来であれば
「女神がチャンスを……私に!?」
「とても信じられません。ですが本当に……、本当にそのような事態となっているとしたら……。 【剣聖】 のギフトを授かり勇者と称えられたセリオス様ならば……国を救えるというのは、確かに理にかなっております」
ただ優秀なギフトを持っているというだけじゃない。王子という地位が非常に重要なのだと魔王様は教えてくれる。
そりゃそうだ。ゲームじゃないんだから、平民どころか普通の貴族ですら、おいそれと王宮には入る事すらできないもんな。
それこそ、民を扇動して革命でも起こして乗り込むでもしない限り……。
「ところがだ、
ラキシスと海で遊ぶついでになと、あくまでこちらがオマケ扱いであるとも伝える。
まあ、魔王様にとってはその程度の事だからね。
だが三人はとても信じられないといった感じで
「確かに私は、こうしてギフトの新たな力を使えるようにはなった……。貴様には敗れたが、未だにこうして生かされてもいる。だが……、だがっ!」
「たしかにケイタさんのおかげで私達は救われました。でも……、どうしても理解はできても納得する事ができません……!」
「そっ、それでは女神様と魔王が通じているという事になるじゃないですか! そんな女神様の威光を地に落とす与太話を、信じろというのが無理ですっ!」
どうも王子様達は、問題の本質じゃないその部分がどうしても納得できていないようだった。
善と悪。正と邪。いがみ合い、相容れるはずの無い女神と魔王が、実は通じているという事がだ。
確かに突然この世界にやってきた俺と違い、この世界で生まれた只人にとっては、この事実は受け入れがたいのだと思う。
その辺は大家さん達の方が遥かに理知的だ。
只人以外の種族の人たちは亜人と一括りにされ、地域によっては未だに魔王の眷属などと揶揄されてしまうから、その分柔軟に受け入れてくれるのかもしれない。
「通じているもなにも魔王様の本来の御立場は、女神様の御使いなんだよ」
「「「なっ!?」」」
「その辺については好きに思うがいい。――そもそも、どのような結末となろうとも余の知った事ではないのだ。貴様はこのまま、国がどうなろうと気にせず好いた女を追い続けてもよいし、民を想い傾国の魔女を打倒すため、行動を起こしてもよい。全ては貴様の自由だ。……だがこれだけは忘れるな。女神は貴様に、国を救うチャンスを与えたのだ」
「王子様、救国の勇者になってみろよ。上手く行けば、お前さんの勇名を轟かせる事ができるじゃないか」
「とても信じられない……。私は……」
王子様は俯いてしまうと、それ以上何も発する事ができなくなってしまった。
今回の騒動で三十層の樹海を火の海にしてしまったため、それについての謝罪を兼ねて、ラキちゃんに頼んで今回の事をサラス様に報告してもらった。
その際サラス様からも情報を頂き、女神様の手繰る運命の糸により、王子様達は生かされていたのだと知る。
しかし、王子様がギフトを十全に使いこなせていない未熟故、このままではどう転んでも彼らに未来が無い事も知ってしまう。
また、国が落ちるまでにそれほど時間が残されているわけでもないため、悠長に王子様が覚醒するのを待っている時間は無い。
そのため仕方が無く、王子様の力を無理やり引き出すために、魔王様自らが相手をする事となった。
生半可な相手では、王子様を覚醒させるほどの苦境を与える事ができないし、腑抜けてしまっていた王子様に戦う意思を持たせる事もできなかったからだ。
因みに、魔王様は最初から今回の件に関しては乗り気じゃなかったのだが、女神様にどうしてもと頼まれてしまったらしい。
ただ、魔王様も傾国の魔女の操る精神汚染に関しては気になさっていたようだ。
『光の玉』 も、女神様に頼まれた魔王様が、今回のために拵えてくれたアイテムだった。
この精神汚染は他者を完全にコントロールするほどの力はないのだが、話術などにより欲望を刺激すれば、意識の誘導をする事が容易にできてしまう。
傾国の魔女はまず第一王子に取り入ると、婚約者であったアルシオーネを一族諸共、排除する行動に出た。
最初に第一王子を掌握したので国の有力者を術に掛けるのは造作も無く、後は簡単に事が運んでいったらしい。
有力者までも掌握してしまった傾国の魔女は次に、都市の至る所に精神汚染の波動を増幅させる街灯を作らせ精神汚染の範囲を広げていき、次第に民までも掌握していってしまったそうだ。
それによって、突然第一王子の新たな婚約者となった傾国の魔女に、疑問や悪意を持つ存在はいなくなってしまった。
例えいたとしても、民は権力者には逆らえないし、集団心理の中で迂闊な事を言えば身に危険が及ぶだけなので、従うしかなかったというのもある。
唯一の懸念は、世にも稀な 【剣聖】 というギフトを持つ第二王子の存在だった。
そのため傾国の魔女は王子の慕情を上手く操り、国外で亡き者にする計画を立てた。
そして今に至る。
余談だが、元々只人至上主義がある程度浸透していた国だったので、術に嵌り理性よりも感情を優先するようになった国民は、亜人の排斥が一気に加速してしまったらしい。
結果、今ではカサンドラ王国は完全に只人だけの国となってしまっていた。
「あっ、あのっ!」
「なんだ?」
再びこの場を去ろうとする魔王様に、サーリャは覚悟を決めたように真剣な眼差しで、声を掛けてきた。
「あのっ! あっ、貴方が本当に女神様の御使いであるのなら――教えてください! どうして私が聖女でなくなったのか! そして、もう一度聖女に戻れるのかをです!」
「簡単な事だ。
「えっ……」
魔王様の発した余りにも簡素な答えに、サーリャはそれ以上言葉を発する事ができないほどのショックを受けてしまったようだ。
二人のやり取りにはラキちゃんも驚いてしまったようで、思わず魔王様に尋ねてしまう。
「……魔王様、聖女じゃなくなるって事があるの?」
「ん? 勿論あるぞラキシス。人の道を外れた行いばかりしていると、女神の恩寵は失われてしまう。だから気を付けなさい。――ケイタもだ」
「は、はいっ」
「肝に銘じておきます」
俺にも突然振られてしまい、ドキリとしてしまう。
そうか……、そうだよな。俺も該当するんだった。
女神様はちゃんと見ているんだな。約束を違えてしまわないよう、しっかりしなくちゃ。
「おっ、お待ちください! 私は人の道を外れた事などしておりません!」
「本当にそうか?
「そっ、それは我が国の教会の方針で仕方が無く……!」
「方法はいくらでもあったはずだ。だが
「そんな……そんなっ……!」
真実を知ってしまったサーリャは絶望してしまい、人目もはばからず泣き崩れてしまう。
そうか、カサンドラ王国で聖女が存在しない理由がなんとなく分かってしまったぞ。
「魔王様……何とかしてあげる事はできない?」
「優しいなラキシスは。――仕方がない」
魔王様はしょうがないなといった感じに、改めて泣き崩れるサーリャの方へ向き直る。
「――聞け。
「へっ……?」
サーリャは涙や鼻水でぐしゃぐしゃにした顔を上げると、ややあって何度も頷いた。
その姿に何かを見出したのか、魔王様は 「ほぅ……」 と言葉を漏らす。
「そうさな、ではまず手始めに……、あそこのバーベキューに混ざり、余の配下やケイタの連れと打ち解けてみせよ。――それすらできなければ、見込みは無いと思え」
サーリャは驚くも覚悟を決めた顔をすると涙を拭き、大家さん達や魔族の皆さんが楽しんでいるバーベキューの方へ一目散に走って行ってしまった。
「わっ、私も交ぜてくださいー!」
「おう! 早く来ねーとなくなっちまうぞ!」
リンメイは美味しそうに食べていた串焼きを元気よく振り、サーリャを快く迎え入れてくれた。
その姿に気を良くしたラキちゃんは、王子様とエルレインにも声を掛ける。
「王子様とエルレインさんも行きましょ。とーっても美味しいものがたっくさんありますよっ!」
「えっ? あっ、いや待たれよ聖女殿。私は……」
「おっ、お待ちください聖女様!」
ラキちゃんは二人の手を掴むと、有無を言わさず手を引いていってしまった。
思わず俺と魔王様は顔を見合わせてしまうと、二人して笑ってしまい、俺達もその後に続いた。
数日後、王子様達は荷物をまとめて国へ帰ってしまった。
餞別に渡した 『光の玉』 を携えて。
――チャンスは一度きりだ。
謁見の間にて、王子帰還の報告のため国の有力者一同が集まったその時に、
王様含め有力者全員の精神汚染を解くと共に、傾国の魔女のまやかしを打ち消し、本来の姿を白日の下に晒すためらしい。
後は、王子様が傾国の魔女が繰り出す魔法を打ち破り、止めを刺せるかに掛かっている。
さて、彼らは上手くいっただろうか……。
――暫くして、風の便りでカサンドラの第二王子が、傾国の魔女を打倒したと耳にした。
今日は俺とラキちゃんとリンメイの三人で、掘り出し物でもないかと、ダンジョン周辺の露店巡りを楽しんでいる。
今は喉が渇いたため小休止という事で、小洒落たカフェの二階テラス席から、優雅に街並みを眺めながらまったりとしていた。
「なあなあ、あれ……」
リンメイに促された方を見ると、下の通りを行く一人の青年に目が留まる。
身なりは随分と簡素な感じになっていたが、それは紛れもなくカサンドラ王国第二王子のセリオスだった。後ろにはエルレインとサーリャもいる。
「よう王子様! 尻尾巻いて逃げ帰ってきたのかい?」
王子様は二階席からの俺の声に驚くも、威風堂々といった感じに、不敵に笑う。
「ぬかせ! 傾国の魔女はこの手で見事打ち取ったわ! ――これで私の役目は終わりだ。……故に、私は愛に生きるために戻って来た」
「ハハッ、なんだそれ。結局女の尻追いかけてきたのかよ」
「そうだ! 我が生涯を捧げるに値する尻だからな!」
なに堂々とバカな事言ってんだよこの王子様は。
周りに笑われてるぞ……。
「お前さんはそちらの鎧を着たお嬢さんの尻に敷かれているほうが幸せだと思うんだがな」
「ふっ、勿論エルレイン嬢も幸せにするつもりだ!」
後に控えるエルレインはちょっと恥ずかしそうに、ニコニコと微笑んでいた。
「ちっ! この欲張り王子め……まあいいや、こっち来いよ。再開を祝して今日は俺が奢ってやるから。ここの店、ちょっとお高いけど美味いんだぜ」
「ほう、殊勝な心掛けだ。 ――聞いたか二人とも。
王子様が二人に向かってニヤリと笑うと、二人もニコニコと含みのある笑いで返す。
「了解です王子!」
「うふふ、ご馳走になりますよケイタさん!」
あっ、まずったかもしれない……。
はぁ……仕方がない、今日は覚悟を決めるか。
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