三章

076 護衛依頼 1

 うちのパーティは只今、馬車に揺られて国境都市ボルドレンへ向かっている。

 旅行者としてではなく、ギルドの依頼を受けて馬車の護衛としてだ。


 ダンジョン三十層へ到達して高層へ向かう事が可能となった冒険者は、基本的に銅級冒険者へと昇級できる実力を満たした事になるとミリアさんに教えられた。

 しかし俺達はまだその下の階級である鉄級にもなっていなかったし、普通の依頼達成や、常設依頼であるダンジョンから手に入れた品の納品といった、ギルドへの貢献度がそもそも足りていなかった。

 そのため、まずは鉄級への昇級を勧められ、黒曜級から鉄級へ上がるための条件である、都市間の物資運搬の護衛依頼を受ける事にした。


 護衛は依頼主や御者など他者とのコミュニケーションが必須となってくるので、その程度もできない奴は昇級させる訳にはいかないという理由で、この条件を昇級審査に入れているらしい。

 後は、元々の冒険者ギルドの成り立ちが、中国の武侠小説に出てくる 『鏢局』 と同じで運送と警備をする民間業者だったから、その理念を忘れないようにするためとも言われている。


 ところで、冒険者が階級を昇級することによる恩恵とは何か。

 よくある異世界モノのお話では、受ける事のできる依頼の種類が増えたり、下の階級の奴にでかい顏ができるといった本当に微妙なメリット以外では、指名依頼が舞い込んだり凶悪な魔物討伐などといった責務の方が勝ってしまい、デメリットの方が多いよなと常々思っていた。


 だから、俺はこの世界でもそうなんだろうと考えていたので、昇級にあまり関心が無かった。

 俺は大家さんの所で生活するために薬草採取をメインとしているし、ダンジョンに潜る事さえできれば常に素材納品の常設依頼があるため、まず食いっぱぐれる事は無かったから。


 だが、この世界の冒険者ギルドは俺のようなぐーたら冒険者に、階級を価値あるものとして見てもらえるよう、さまざまな工夫をしているようだった。


 受けられる依頼が多くなるメリットについては、勿論難易度も上がるが、それ以上に美味しい依頼となるように工夫がされている。

 素材やアイテムなどの納品時のメリットとしては、換金率上昇と納税額の減少。そして鑑定料金の値引きなど。

 設備利用や購入品のメリットとしては、ギルド提携のお店や宿泊施設での値引きなども行っている。


 ただ、それだけでは微妙に思われるかもしれないので、ちゃんと階級ごとに、目玉となるメリットが設けられている。


 鉄級冒険者となる事で得られる最大の恩恵は、冒険者ギルドが運営している銀行口座の開設だ。

 これによってどんな利点が生じてくるかというと、全財産を持ち歩く必要がなくなる。

 この世界には紙幣など無い。そのため、お金を貯めれば貯めるだけ荷物が圧迫される。だが、安宿に置いておいたら盗まれる危険性が高い。

 そのため駆け出し冒険者は、お金を出して両替したり宝石などにして少しでも軽くして持ち歩き、ある一定の金額になったらすぐに装備やアイテムを購入して、己を強化すると共に身軽になるように努めている。

 それらが解消され、身軽になると共に安心して貯金をする事ができるようになるのだ。

 また、ギルドが送金小切手を発行してくれるので、故郷への仕送りも格段に便利になる。


 このように鉄級となる事で非常に大きなメリットがあるため、駆け出しはまず鉄級を目指していると言っても過言ではないのだが……。

 俺は大家さんの所へ下宿する事ができたので安心してお金を部屋に置いておく事ができたし、小さいながらも運良くマジックバッグを手に入れる事ができたので、貯蓄に関しての問題は全く無かった。


 次に、銅級冒険者となる事で得られる最大の恩恵は、冒険者ギルドが保証人となって、土地を購入する事ができるようになる事だ。

 大家さんは薬剤ギルドや商工ギルドにも属しているから、そちらからの手立てもあったのだが、当時大家さんは三十層の樹海を目指していた銅級冒険者でもあったので、手っ取り早く銅級冒険者の権利を使って土地を購入し、お店を開いたそうだ。

 また、アルシオーネも安住の地を手に入れるために、とにかくまずは銅級冒険者を目指したらしい。


 続いて銀級冒険者となる事で得られる最大の恩恵は、本人及び二親等の家族が市民権を得る事ができるようになる。

 これによって家族が国からの様々な恩恵を得る事ができるようになるため、アルシオーネは弟アレックスのために必死になって銀級冒険者となったらしい。


 その上の階級である金級や白金級になる事による恩恵は……正直分からない。

 余りにも雲の上の存在のために誰も関心がなかったりするのもあって、情報が全然無いからだ。

 ミリアさんは職員だけあって知っているようだったが、本人曰く 「あんまり目指す必要ないわよ」 と、はぐらかされてしまった。


 こんな感じで、冒険者が昇級すると受けられる恩恵が設定されている。




 今回俺達が護衛依頼を受けたのは昇級審査のためというのもあるが、実はもう一つ、非常に不本意な理由もあったりする。

 それは、少しの間だけ聖都のダンジョンから離れるためだ。


 先日ラキちゃんの能力のおかげで中層の四つ目である二十六層から三十層までを一気に攻略したのだが、その時ボス部屋前にいたパーティに、あらぬ噂を立てられてしまったようなのだ。

 飛行能力のギフトをもった冒険者が迷宮を引っ掻き回した挙句、ボス戦待ちを横入りして、更にはフィールドエリアに火を放って逃げたというもの。

 ……確かに横入りしたのは悪かったと思っているが、火を放ったのは俺らじゃねぇ!


 ギルド職員のミリアさんは事実では無いと訴えてくれて、 『紅玉の戦乙女』 もそんな噂はデタラメだと掛け合ってくれたので冒険者ギルドへの疑いを晴らすことはできたのだが、広まった噂はどうにもならなかった……。

 そのため俺達は、ほとぼりが冷めるまで暫くはダンジョンを離れる事にした。




 仕方が無いので夕食後の歓談の際、暫くはギルド本店の依頼でもこなそうかなんて話し合っていたら、ミリアさんに 「この機会に鉄級になっておきなさいよ」 と勧められてしまった。

 確かにそれも良いねって事になり、俺達はその条件となる護衛依頼を受ける事にした。


 それからは何処へ行こうかって話で盛り上がり、 「だったら折角だから涼しい場所に向かう依頼にしようぜ」 と言うリンメイの案を採用し、なるべく避暑地へ向かう護衛依頼を探すことになった。

 そして見つけたのが、今回俺達が乗っている郵便馬車の護衛依頼だった。


 この郵便馬車は聖都から国外へ向けて送られる郵便物や手紙を積んでいるので、国境都市まで寄り道をせずに最短距離のルートで向かう。

 こういう目的地がはっきりしている依頼を受ける時は 「ついでにそこまで届け物をする依頼も何枚か受けるのが、賢い冒険者なのよ」 と、ミリアさんに勧められた。

 なので俺達も護衛依頼とは別に、何枚かの配達依頼を受けてきた。こういう配達依頼は郵便ギルドの料金よりも非常に安いため、意外と依頼は多い。


 普通の冒険者ならばそれほど多くの荷物は運べないから、依頼は受けられても精々一つ二つ程度になってしまうのだが、うちには亜空間収納を持っているラキちゃんがいる。

 ミリアさんはこれ幸いとばかりに、今回かなりの数の依頼を俺達に受けさせた。




 避暑地にもなっている国境都市ボルドレンは、聖都からだと到着するまでは馬車で四日ほどの距離。

 魔法のある世界なので街道は割と綺麗に整備されており、今の所、旅は順調そのものだ。

 町から離れると魔物や盗賊の出現率も上がるのだが、国境都市へ向かう太い街道のため俺達以外にも物資を運ぶ馬車の往来が結構あり、大抵は目視できる範囲に他の馬車が見えるため、この状況で襲ってくる事は滅多にない。


 先程中継となる町の郵便ギルドで馬を替えたばかりなので、今日はもう宿泊予定とされる町まではノンストップだ。

 中継するそれぞれの町や村には必ず郵便ギルドがあるので非常にシステム化されており、とてもスムーズに馬の交換作業や点検整備などが行われる。


 冒険者ギルドと郵便ギルドは結構関係が深い。冒険者は馬車の護衛をしたり、奥まった場所にある小さな村へは郵便配達員の代わりに屈強な冒険者が配達を担う。

 郵便には責任を持って届けるという信用問題があるため、そのような配達員となる依頼は鉄級以上でないと受けることができない。これも昇級によって得られる美味しい依頼の一つだったりする。


「何か拍子抜けするほど何もねーなー」


「ははっ。こんだけ往来のある街道ではトラブルは滅多にないからな。――でも油断はしないでおくれよ」


「わかってるっ」


 御者台に座って前方を警戒しているリンメイに答えてくれたのは、隣で四頭立ての馬を御するバージルさんだ。

 今回俺達が護衛任務に当たっている郵便馬車には、専属護衛であり御者のバージルさんと、配達員のメノリさんの二人が乗っている。

 二人とも郵便ギルドの職員さんであり、バージルさんは俺よりも少し年のいっている狼人のベテランのおじさんで、メノリさんは迅豹人の可愛らしいお嬢さんだ。


 今回のような国際郵便の郵便物や手数料を多く掛けてある郵便物がある場合は、配達員には必ず足の速い種族かギフト持ちが選ばれるんだそうな。

 もしも郵便馬車が襲われても、その足で逃げ切り、重要な郵便物が入っているマジックバッグだけは死守するためらしい。

 只人至上主義の国では 【加速】 や 【駿足】 などのギフト持ちの只人職員を使い、アルティナ神聖皇国のような亜人に寛容な国では、それぞれ能力に秀でた種族の採用が多い。

 迅豹人は豹人の中でも飛びぬけて足の速い種族らしいので、メノリさんはめっちゃ足が速いんだろう。一度走っている姿を拝ませてもらいたいね。




「しかし暑いな……」


 馬車の真ん中辺りの左見張り席では、途中の町で買った麦わら帽子を被ったカサンドラ王国の第二王子セリオスが、ハンカチで汗を拭っていた。


「夏だからな、しょーがない。――ほれ」


「む、すまん」


 王子様とは反対の右側の見張り席にいる俺は、先程寄った町で購入した瓶入りの冷たい果実水を一本、マジックバッグから取り出して王子様に渡してやる。


「瓶は捨てんなよ。銭になんだから」


「わかったわかった。――全く、これだから平民は……」


 今回俺達のパーティには何故か王子様と、その護衛騎士である貴族令嬢のエルレインが加わっている。


 はっきり言って王子様は聖都へ来たばかりの頃の印象が余りにも酷すぎたので、やはりと言うか、パーティを組んでくれる冒険者が誰もいなかった。

 そのため途方に暮れた王子様は俺達を自分のパーティに入れようと交渉してきたのだが、俺達は薬草採取がメインだからと断った。

 名声を得るために生き急ぐパーティなんで冗談じゃないからね。


 そしたら今度はエルレインが俺達のパーティに加わる形で構わないと言い出してしまって、なんと王子様を説得してしまった。

 俺達のパーティは薬草採取がメインなんだぞと何度も説明したのだが、それでも良いと食い下がってきたので、結局パーティに入れる事となった。


 まあエルレインからしたら王子様が無茶しないように俺達というブレーキ役が欲しかったのだろうし、何と言っても聖女であるラキちゃんがいる。

 基本的に無謀な冒険を好まないエルレインは、薬草採取をメインとする俺達の存在が渡りに船だったのだろう。


 ところで、王子様のパーティメンバーである神官のサーリャは今回いない。というか、彼女はもう冒険者を辞めてしまった。

 サーリャは王子様達と一緒に聖都へ戻って来た後は、カサンドラ王国の教会を抜け、アルティナ神聖皇国の教会へ身を寄せる事にしたらしい。

 こちらの施療院で様々な種族の人達と向き合いながら、女神様の赦しを請うために修行をするのだそうだ。

 いつか聖女としての力を取り戻せると信じて。




「エルレインさんどうですかっ?」


「はぁー涼しい……。ラキシス様ありがとうございます!」


 後部の見張り席には、エルレインとラキちゃんが並んで仲良く座っている。


 エルレインは今回はちゃんとした依頼だからという事で、普段の全身鎧を身につけて来てしまっていた。

 王子様同様、エルレインは途中の町で買った麦わら帽子を兜の上から被っており、随分と愛嬌のある姿ではあるが非常に暑そうだ。

 そのため、ラキちゃんが定期的に二人の周りに結界を張り、氷と風の生活魔法を使って涼んでいた。


 因みに、俺もラキちゃんもリンメイも、しっかりと麦わら帽子を被っている。だって暑いんだもん。


「メノリさんも一本どうですか?」


 俺は馬車の中の座席に郵便物と一緒に乗っているメノリさんにも、窓越しに冷えた果実水を差し出した。


「わぁ、すいません! ありがとうございますっ!」


 この季節の馬車の中は大変そうだな。

 氷の入った缶を抱いてへばっていたメノリさんは、とても喜んでくれた。

 外の座席のほうが幾分涼しいのだろうが、マジックバッグを持った配達員は馬車の中で保護されないといけない決まりがあるようなので、ダメらしい。

 てか、そんなにへばっていちゃ、何かあった時に走って逃げられないでしょうに……。


「段々と日が落ちてきました。もう少しの辛抱ですよ」


「んぐっ……ですね! お気遣いありがとうございます!」


 それからも俺達の馬車は順調に進み、随分と日も落ちてすれ違う馬車も無くなったなと感じた頃、今日俺達が宿泊するポルトという町が見え始めた。

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