034 紅玉の戦乙女

「じゃ行こうか。今日はラキちゃんの初ダンジョンなので、皆よろしくね。――あと、ラキちゃんの冒険者証ギルドカードを取りに行かないといけないから、先にギルド本店に寄らせてもらうね」


「なっ!? コイツまだ冒険者ですらなかったのかよ!?」


「まあね。そういう訳だから、リンメイの活躍に期待してるよ」


「マジかよ……」


 物凄く不安げな顔してるけど、まあしょうがないよね。

 でもラキちゃんがこの中で一番強いんだなこれが。

 とりあえず冒険者ギルド本店に入って行く。ミリアさんは……いるな。


「アルテリア冒険者ギルド本店へようこそ。ラキちゃんの冒険者証ギルドカードならできてるわよ。――説明はもう昨日したからいいわよね?」


「うん! 大丈夫!」


「はい、ではこちらが冒険者証ギルドカードになります。それでは、ラキシスさんの冒険者としてのご活躍を期待しております。――頑張ってね!」


「はい!」


 ラキちゃんは木級冒険者の冒険者証ギルドカードを貰って大喜びだ。


「そうそうケータさん、今度ラキちゃんが四層ボスに挑む時に、納品受付のトマス君を誘ってあげてくれないかな?」


「良いですよ。でもどうして?」


「一応ギルド職員の本採用はダンジョンボス一つ以上攻略できる位の戦闘能力が条件なのよ」


 ああ、たしか暴徒(主に冒険者)鎮圧のためにある程度の戦闘能力が職員には求められるんだっけ?

 最近はサリーちゃんも攻撃魔法関連の講習で見かけるもんなあ。


「なるほど、わかりました。また日にちが決まったら連絡しますね」


「ありがとう助かるわ。ラキちゃんのいるパーティなら安心して預けられるからね」


 たしかに。一番安心できると思う。


「サリーちゃんの時も任せて!」


「ホント? 助かるわ。その時はお願いね」


「うん!」


 どうやらサリーちゃんはラキちゃんが冒険者となる前から既に頼んでいたらしい。

 サリーちゃんはラキちゃんがダンジョン探索をするようになる事を知っていたのだろうか? 不思議だ。


「では行って来ます」 「行って来まーす」


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 それから早速ダンジョンのある繁華街の方へ向かう事に。

 なんだかんだ言ってリンメイは面倒見が良いのか、ラキちゃんと手を繋いで歩いている。

 最初はリンメイが庇護欲からかラキちゃんを守ってやるぜって雰囲気だったのだが、段々とダンジョンへ近づくに連れてラキちゃんと立場が逆転している感じがする。

 ダンジョン前広場まで来たら、もうどう見てもラキちゃんが不安げに落ち着かないリンメイを守ってあげてるって感じに見えちゃってるんだよね……。

 いかんな、襲われたトラウマなのか体型の変化のせいか、リンメイは人に見られるのが怖くなっている節がある。これはさっさとダンジョンに入った方がいいな。


「弁当買ったらさっさとダンジョンに入ろ……うん?」


 なんか向こうが騒がしいな。こんな時に余計なトラブルとか止めて欲しいぞ。


「またアイツ等か」


 キリムが吐き捨てるように言う。

 見ると以前遭遇したカサンドラ王国のクソ王子パーティと 『紅玉の戦乙女』 が言い争っているようだった。


「アイツ等、自分の国の冒険者に露払いさせて高層まではたどり着けたけど、その時メンバーを一人失ったらしいんです。だからメンバー補充に 『紅玉の戦乙女』 のアルシオーネさんを勧誘に来たっぽいですね」


 権力で自分の国の冒険者に露払いさせて一気に高層まで行ったのか。冒険者もいい迷惑だろうな。

 でも無茶をしすぎだろう。大切なメンバーを失ったら意味無いじゃないか……。

 ああホントだ、たしかに四層ボス前で見た時よりも一人減っている。


わたくしの婚約破棄だけでなく我がルーヴェウス公爵家の爵位剥奪及び国外追放までしておいて、よくもそのような事を頼めたものです。どれだけ面の皮が厚いのかしら?」


 アルシオーネさん、悪役令嬢のような境遇のお嬢様だったのか!


「それは君の家が愚かにも国王陛下の意に反し、魔王の眷属を只人と同列に扱おうとしたからだろうが。兄上の判断は間違ってはいない。しかし! 今回協力してくれるならば、爵位を復権できるよう国王陛下に進言しようじゃないか!」


「結構です。凋落の一途を辿る国の爵位なぞ今更いりません。それよりも、高層でつまずくような貴方達が魔王討伐なんてできるわけが無いでしょう? さっさと国へお帰りなさい」


「そういう訳にはいかない! ここで私の力を知らしめなければ、王位は兄上の物となってしまう。だからこそ! 君の力が必要だと言っているんだ!」


 この王子様、王位欲しさに魔王討伐なんてしに来たの? 無謀過ぎるというか馬鹿だろ。

 パーティメンバーはよくこんな馬鹿王子についてきたな。既にメンバー1人失ってるし、どうするつもりなんだ。


「大方勇者パーティなどとそそのかされたのでしょうが、まんまと放逐させられたとまだ気が付いていないの? 今頃はお墓の準備でもされているはずよ」 


「黙れ! 我らを侮辱するのか!」


「平民に成り下がった分際でよくもそんな口を……! こちらの要求が飲めない場合、貴方の家族がどうなるか理解できて……」


 魔法使い風の女が言い終わる前にアルシオーネさんは一足飛びに移動してハルバードを一閃させると、魔法使い風の女は紅蓮の炎に包まれた。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!」


 仲間が慌てて水魔法で炎を消し、神官が必死になって回復魔法を掛けているが、あれ助からないんじゃないか?


「回復が間に合いません!」


「何もここまでする事はないだろう!」


わたくしの家族を脅かす害虫を駆除したまでですわ。貴方達もそうなのかしら? そうでしたら今この場で皆殺しにして差し上げます。――覚悟はよろしくって?」


 そう言いながらハルバードを構え直し、物凄い殺気を放つ。

 先程まで威勢のよかったパーティメンバーは恐怖で動く事もできないようだ。


「まっ、待ってくれ! あれはカルラ嬢が勝手に言った事だ! 我々は元々そのようなつもりは無い! 本当だ!」


 王子の必死な訴えに、アルシオーネさんはとりあえず矛を収めたようだ。


「そう」


 神官の回復魔法も追いつかず、今にも命のともしびが消えようとしている。

 嫌な感じの女だが、目の前で死なれるのは寝覚めが悪いな。

 俺はラキちゃんの方を見ると、ラキちゃんも俺の方を見てニコッと微笑んでくれた。

 それから、消し炭のように指が崩れ落ちるほど酷かった魔法使い風の女は見る見るうちに回復していった。


「あら、どこぞのお節介な聖女様が助けて下さったようね。貴方運が良いわ」


 そう言いながらも朦朧としている魔法使い風の女に向かってハルバードを振り下ろす。


 ――ガンッ!


 喉元に振り下ろされたハルバードの斧頭はギリギリで首を避けるように石畳にめり込む。


「きゃあ!」


 横で回復魔法をかけていた神官は驚いて悲鳴を上げ、尻餅をついてしまった。

 魔法使い風の女は悲鳴を上げる事すらできず、目を見開いている。


「貴方、まだわたくしの家族に何かしようと考えているのかしら?」


「しっ、しな……、しません! 赦して……!」


「そう。なら今回は赦してあげる。次は確実に殺して差し上げますから、そのおつもりで」




 それから 『紅玉の戦乙女』 のメンバーは何事もなかったかのように、野次馬である俺達冒険者の前を通って行く。

 気が付くとリンメイが俺の背中に隠れるようにしている。えっ? どうしたの?

 前を通って行く 『紅玉の戦乙女』 のメンバーである虎人の女性が、何かに気が付いたように鼻をひくつかせた後、突然こちらにやってきた。


「リンメイ! ああよかった! 最近見ないからお姉ちゃん心配したんだぞ! ……ってどうしたの!? お母ちゃんみたいな体型になっちゃって!」


 リンメイのお姉さんは 『紅玉の戦乙女』 のメンバーだったのか!


「え、あ……、うん、……ちょっと最近、えっと……、たっ、食べ過ぎたみたいで……」


 リンメイはしどろもどろになりながら返事をしている。


「そう、何か悩み事があるならいつでも言いなよ。お姉ちゃん相談に乗るからさ。――ちょっと今、パーティで行動中だからもう行かなくちゃいけないんだゴメンよ。じゃ、またね!」


 そう言い、先を行くパーティの方へ足早に戻って行った。

 リンメイは憧れを見るような、でもどことなく寂しげな感じに、去っていくお姉さんを見つめている。


「お姉ちゃんにはあたいの悩みなんて分かんないよ……」


 俺の背中の方から、リンメイの消え入るような呟きが耳に入ってしまった。

 悩みはやはり授かったギフトの事なんだろうか。何か解決の糸口があれば良いんだが……。

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