035 リンメイのギフト

「おらあぁー!」


 リンメイはこれまでの鬱憤を晴らすかのように魔物を屠っている。

 リンメイの武器は先程会ったお姉さんと同じ双剣だ。やはりお姉さんに憧れているんだろうね。

 体型がぽっちゃりとなってしまってはいるが、種族としての能力の高さか、機敏に動いている。

 でも最近の運動不足と体の重さのせいか、本来の力が出せていない感じがした。

 既に息も上がってきている。リンメイが本来の力を取り戻すのには時間が必要そうだな。


 とりあえず今日は宝箱を探しながら三層まで行って帰ってくる予定で来ている。

 購入したマップを元に三層に降りる階段まで来たので、ここで昼食を取る事にする。

 階段周辺は上の階下の階どちらも、敵が来ないセーフティーゾーンのため安全に休憩できる。

 一説にはダンジョンマスターが層を越えて魔物が移動しないように設定しているからではと言われている。


「久しぶりの割に、ちゃんと動けてるじゃない」


「うんうん、リンメイお姉ちゃんカッコよかったよ」


「あっ、当たり前だ!」


 サリムの言葉に、リンメイは少々恥ずかし気に応える。

 その後も他愛のない会話をしながら昼食を取り、三層へ降りて行った。

 マップを参考に四層へ向かうルートから外れて宝箱を探す。


「あっ、宝箱!」


 おおっ、今日初の宝箱だ! 早くラキちゃんに見せたかったけど今日はさっぱりだったんだよね。


「周囲の警戒をお願い!」


 俺達はサリムとラキちゃんを囲むように武器を構え警戒する。


「これが宝箱!」


「そうよー。ラキちゃん開けてみる?」


「うん!」


 ミミックは基本的に中層以降でしか出現しないので、低層では気にする必要が無い。

 そのためサリムは宝箱を開けるのをラキちゃんに譲ってあげた。

 ドキドキしながら宝箱を開けると、いつものように古銭が入っていた。


「あっ、このお金……」


「これは古銭ね。残念な事にハズレの部類だけど、売ればそれなりになるから回収しましょ」


「はーい」


 それからサリム達が古銭を回収し終わった後、俺はラキちゃんにそれとなく話しかけた。


「大丈夫? 古銭見て昔の事思い出しちゃったとか」


 俺達にとってはただの古銭だが、ラキちゃんにとっては目覚めるまでは実際に使っていた貨幣だ。

 ひょっとして嫌な事まで思い出してしまったのではと、少々心配で声を掛けてしまった。


「ううん、大丈夫。久しぶりに見てちょっと驚いただけ……」


「そっか」


 それから俺達は魔物を屠りつつ、また暫く移動する。

 突然、ラキちゃんが通路の隅のほうの影まで走って行った。

 どうしたんだろう?


「おじーちゃんこんにちは! こんな所で何してるの?」


 なんと影の中からムジナ師匠がすぅーっと現れた。これが師匠のギフトなのか!

 影に潜るギフトなんだろうか? この能力なら幾つになってもソロでダンジョンを闊歩できるわけだ。


「やれやれまいったなぁ……。ラキシス様こんにちは。俺ぁこれでも隠れてたんですぜ。勘弁してくださいよ」


「うふふ、ごめんなさい~」


 キリムとサリムも後ろでクスクス笑っている。


「見ておじーちゃん、これ、ラクスお姉ちゃんが準備してくれた神官服なんですー」


 ラキちゃんはムジナ師匠の前でクルリと回って見せる。


「ほぅ、大変よくお似合いですよ。そういえばラキシス様はどこの所属という事にしてあるんです?」


「所属?」


 よく分かって無さそうなラキちゃんの返答に、ムジナ師匠は困った顔をする。


「しょうがねぇなあ。――ラキシス様、もしどこぞの教会関係者が因縁つけてきたら十四番地区の俺の教会所属だと言ってください」


「はーい」


「じゃあ俺は消える。お前ら気ぃつけて行けよ」


 そう言い、ムジナ師匠はまた影の中に潜って行った。


「あれがじーさんのギフトの 【影渡り】 なんです。便利ですよね」


「ホントだね。あれなら死体漁りも捗るわけだ」


 ふと、リンメイが羨ましげに眺めているのに気が付いてしまった。

 今の所、キリムに聞いていたように卑屈な態度をとるわけでもなくちゃんとやってくれている。

 こちら側としても要らない波風は立てない方が良いと思い、必要以上な質問はしていない。

 そういうのは少しずつ親しくなったらすればいいんだと思う。


 この日はもう一つ宝箱を見つける事ができたがやはり古銭で、少々残念な結果に終わってしまった。




 その後、リンメイは誘えば一緒にダンジョンに来てくれるようになり、二回ほど一緒に低層を探索した。

 そして、そろそろリンメイの戦闘の勘も戻ってきたようなので、いよいよ四層のボスに挑む事に。

 気持ち、リンメイのお肉も少し減った……気がする。


「皆さん本日はよろしくお願いします!」


 冒険者ギルド本店を集合場所にして納品受付のトマス君と合流する。

 トマス君はこの日のために揃えたであろう装備に身を包み、緊張した面持ちである。


「トマス君頑張ってね!」


「うん! 頑張るよ!」


 サリーちゃんの激励にトマス君はヤル気が漲っているようだ。


「ラキちゃん、トマス君をお願いね」


「まかせて!」


 それからサリーちゃんはラキちゃんに耳打ちするように、お願いしていた。

 早速俺達はダンジョンへ向かう事にする。

 ダンジョンに向かう途中、リンメイがポツリと不満を漏らした。


「【鑑定技能】 しか無い小僧が戦闘なんてできんのかよ?」


「がっ、頑張ります!」


「トマス君は強いよ。剣術の講習では一番強いんじゃないかな? ねえおじさん」


「そうそう、トマス君がギフトを発動すると誰も勝てないから、講習の模擬戦では使わないようにお願いしているくらいだからね」


「はぁ!? なっ、なな、なんで 【鑑定技能】 が戦闘に役立つんだよ!?」


「相手の行動を 『鑑定』 して行動を読むからなんですよ」


「なっ!? そんな事できんのかよ!? ……知らなかった」


「できますよ。もしかしてリンメイさんも 【鑑定技能】 ギフト持ちでした?」


「えっ、あっ、その……。わりぃかよ……」


 リンメイのギフトは 【鑑定技能】 だったのか! これは道が見えたぞ!

 俺は早速トマス君に耳打ちしてお願いする事にした。


「トマス君、お願いだ。リンメイにギフトを使った戦い方を教えてあげてくれないかな? 今までずっと戦闘で使えないギフトを授かったと引きずっていたんだ」


「えっ、そうなんですか? いいですよ」


「ありがとう!」


 それからトマス君はリンメイの横へ行き、


「リンメイさん、僕でよければ 【鑑定技能】 を使った戦い方を教えましょうか?」


 そう提案してくれた。どうだ? 講習嫌いのリンメイは素直に応じるだろうか?


「えっ? あ、いや、でも……」


「人から学ぶのは決して恥ずかしい事じゃないわよ」


「そうそう。後で後悔しないためにも、今日から頑張ってみようよ」


「【鑑定技能】 が上手く使えるようになれば、並の相手じゃ太刀打ちできなくなるぞー」


「じゃ、じゃあ、お願い、します……」


「はい!」


 それから、例によってボス戦までの長い待ち時間の間はトマス先生による 【鑑定技能】 の講習会となった。

 関係無い俺達まで興味深く聞いている。

 因みに、四層ボス前までの道のりは全く危なげなく進んで行けた。

 やはりトマス君は強い。ラキちゃんを除けば最年少なのに圧倒的な強さだった。マジでチートスキルの主人公と言っても良い位に。


「まず、いくら相手を鑑定して行動を読んでも、その情報を素早く処理して体が動いてくれないと意味がありません。その点、瞬発力に優れた虎人のリンメイさんはとても恵まれてますね」


「相手の行動を待ってから攻撃するのか?」


「いえ、 『後の先』 になりがちに思うでしょうが、こちらが先制攻撃をする事で相手の行動を決定させてしまうので、その辺は問題ありません」


「ふーん」


「とにかく 【鑑定技能】 は情報が多ければ多いほど精度が増し強化されていくギフトですので、その副次的な能力としてリンメイさんも物凄く記憶力が良いはずです。これまでリンメイさんはあまりギフトを活用してこなかったようですので、これからはどんどん知識を詰め込んで情報を増やしていってください。相手の戦い方もその一つですね。だからいろんな人の戦い方を見るのも良い事ですよ」


 異世界小説の鑑定スキルにありがちな、スキルを使えばどこからともなく全ての情報が頭に流れ込んでくるわけではなくて、自分で学習してギフトの精度を増していく感じなのか。

 でもその副次的な能力が凄いな。めちゃめちゃ頭が良いって事じゃないか。


「だがよぅ、それって対人戦闘でしか使えないんじゃねーのか?」


「そんな事はありません。魔物の情報をどんどん貯える事により魔物の行動が理解できるようになりますし、類似した魔物なら初見でも弱点を見抜く事ができるようになります」


「なるほど……。でもあたい馬鹿だからなあ……」


「リンメイさんは馬鹿じゃないですよ! 先程も言いましたが 【鑑定技能】 の副次的な能力で情報の記憶力と処理能力が優れています。リンメイさんはギフトを使おうとしてなかっただけです!」


「そっ、そうか……」


「まずはこれから徐々に戦闘時にギフトを発動してみてください。ぼうっとしてたらやられてしまいますので、余裕がある場面だけで構いませんから。少しずつ慣れていきましょう」


「……うん、分かった」


「慣れてくれば、ちょっとしたズルい用法もできるようになりますよ。ズバリ、相手の技術を盗むんです」


「盗む?」


「相手の行動を読むだけでなく、相手の行動を模倣するんです。よくあるじゃないですか、例えば剣術にしてもいろんな流派が。あれらの一見意味が分からない動作も、鑑定する事でどういう意味か理解できるようになります。ただ、理解できてもいきなりそれが使えるようになるわけではありませんから、頑張って自分の物とするために練習しないといけませんけどね」


「模倣ねぇ……」


 なんだそれ! 技術のノウハウが分かってしまうって事じゃないか! ええ……、ちょっとチートすぎない?


「後はそうですね、普通にアイテムの鑑定もできるようになったほうが良いですよ?」


「なんで?」


「その場でアイテムが何なのか知る事ができるので、ダンジョン内で重宝されます。きっとパーティで人気者になりますよ。――ただ、僕らギルドの儲けが減っちゃいますけどね」


 そう言ってトマス君はおどけて見せた。

 どうやら少しずつリンメイはヤル気が出て来ているようだ。それとなく手持ちのアイテムなどを鑑定していってるみたいだから。


「そういえばリンメイは魔法士の才能はあるのか?」


「ん? さあ? 身体強化しか使った事ねーから知らない」


 マジか。この子は恵まれた体躯に依存しっぱなしだったようだな。君はもう少し強くなるための努力をしたほうがいいぞ。


「ギフト持ちじゃなくても魔法士の才能あればこういう事もできるぞ」


 そう言って俺は抜いた剣に紫電を纏わせる。


「えっ、それおっさんのギフトじゃなかったのか?」


「違うよ。一応俺は魔法士の才能があって、雷属性に適していたからこんな事ができるんだ」


「そうだったのか……」


「一度ちゃんと調べてみるといいよ。ギフトの特化した能力には劣るけど、運よく適性があれば属性攻撃が放てるようになるかもしれないから」


「そうなのか!?」


「とは言え、もし魔法士の才能が無くっても俺を恨まないでくれよな」


「やだね! その時はあたいを期待させた罰としてたっぷり奢ってもらうからな!」


「ははっ、お手柔らかにたのむよ」


 ニッと笑うリンメイに安堵する。やっと元気が出てきたようだ。

 トマス君には本当に感謝だね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る