032 投擲術の達人

 四層ボスを倒した次の日、今日はダンジョンの再構築の日なのでダンジョンに潜らない冒険者が多い。

 今日の何時に再構築が発生するか分からないからだ。

 迂闊な場所にいるとパーティが分断されたり帰りの道が分からなくなったりと危ない事だらけなんだそうな。


 ただ、中には再構築に合わせて湧き出す宝箱目当てに潜る連中もいるらしい。

 もしも再構築に巻き込まれた場合、十字路や丁字路の真ん中が安全エリアなんだとか。


 今日、俺はサリムに投擲術の達人を紹介してもらう約束をしたので、待ち合わせの冒険者ギルド本店に向かっている。

 その投擲術の達人もダンジョンの再構築の日はお休みで家にいるから、今日が丁度都合が良いんだとか。


 昨日は結構アルコール類を飲んだので、ゆとりを持ってお昼に落ち合う事となっている。

 因みに、今日はラキちゃんも一緒に来ている。


 少し早めに着いたが、冒険者ギルドに併設されている酒場兼食堂には既にサリムが来ていた。

 キリムも一緒にいる。


「ごめんごめん、待たせちゃった?」


「大丈夫。私達も今着たところだから」


「キリムも来てくれたんだ。なんか悪いね」


「いえいえ。これから行く所は獣人が多く住む地域なので、何かあるといけないから一応来ました」


「そうなんだ、ありがとう」


 それから俺は二人に改めてラキちゃんを紹介する。


「ラキシスです。よろしくお願いします」


「俺はキリム。よろしくね」


「あたしはサリムよ。よろしくねー」


 丁度お昼時なので、ご飯を食べてから行きたいな。二人はもう食べたんだろうか?


「二人は昼はもう食べた? もしまだなら今日は俺が奢るよ。ここでも良いし、お勧めがあればそこへ行っても良いし」


「えっ、ホント? おじさんありがとー。じゃ、今日のランチメニュー美味しそうだったからここで食べていきません?」


「おっけー。じゃそうしよう」


「なんかすみません」


「大丈夫、大丈夫」




 とりあえず昼食は冒険者ギルドで済ませ、それから投擲術の達人が住む地区へ向かう事となった。

 その地区は様々な獣人が多く住む地区らしく、キリム達の普段使っている宿もそっちにあるらしい。

 スラムとまではいかないが、どことなく下町を感じさせる佇まいの地区だった。


 案内されたのは、子供達が沢山いる場所だった。孤児院だろうか?

 建物がかなりオンボロであるが、よく見ると辛うじて教会のようでもある。


「ここは教会?」


「まぁ一応教会ですね。孤児院を兼務した」


「ここにその達人がいるの?」


「はい。その達人て、一応ここの司祭なんですよ」


 サリム達はオンボロな建屋にずかずかと入って行く。


「ムジナ爺ちゃーん、いるー?」


「あー? なんだ狐人の嬢ちゃん達か。なんか用か?」


 奥からひょっこりと現れたのは先日ダンジョンで遭遇した死体漁りの爺さんだった。

 爺さんは狸人の獣人なので、キリム達と並ぶと、なんか狐と狸の化かし合いでもしそうなイメージだ。


「あれ、この前会った死体漁りの爺さんなのか!」


「このじーさん、司祭のくせに死体漁りなんかしてんだよ」


「バァカ、俺ぁなあ、死体から頂く事で連中に最期の功徳を積ませてやってんだよ。最も司祭らしい行いだろう?」


「なんだそれ?」


「ああ、俺の故郷でもそういうのありますね。墓に供えた供物を貧しい人が持ち去るのは、墓の中の人が貧しい人へ施しをするって意味になるから、死後功徳を積む数少ない機会だから見て見ぬ振りしろって祖母に教えられました」


 懐かしい。もう亡くなった祖母が言っていた事を思い出す。


「死んだ後に徳を積んだって意味無いんじゃないの?」


 サリムが最もな疑問を述べる。


「ふふっ、地獄に落ちてたら、少し救われるんだよ」


「ほぅ、兄ちゃん若けぇのにわかってんじゃねーか。俺がやってんのはそういう事だからいいんだよ。――んで、今日は何しに来たんだ?」


「そうそう、こちらのケイタさんに爺ちゃんが投擲術の達人て教えて上げたら紹介して欲しいって言われてね。だから今日連れてきてあげたの」


「はじめまして。俺ケイタって言います。どうか俺に投擲術を教えてはもらえないでしょうか?」


 ムジナ爺さんは俺を一瞥し、暫し考える素振りをする。


「んー、まぁ……そうだなあ、嬢ちゃんの紹介だから大負けで金貨一枚で教えてやる」


「えぇ!? 金貨一枚!? おじいちゃんちょっとそれ酷くない?」


「あのなぁ……、技術ってのは本来そういうものなんだよ。ギルドの講習と一緒にされてもらっちゃあ困る。普通なら金貨三枚って所を一枚にしてやってんだぜ」


 たしかにそうだ。才能のある人間が長い時間を掛けて編み出した技術。自分じゃ真似できないから教えを乞うんだ。はした金でどうこうできると思う方がおかしい。


「もしも俺の投擲術のおかげで命拾いしたんなら、十分元が取れるってもんだ。そう考えたら金貨一枚なんて安いもんだろう?」


「そうですね。――わかりました、金貨一枚お支払いします。どうか俺に投擲術を教えてください!」


「しょーがねえな、教えてやる。んじゃついてこい」


「ありがとうございます! ――あの! 分割払いはできますでしょうか!?」


 皆ズッコケてしまった……。


「わーった、わーった、分割で勘弁してやる。ほれ、いくぞ」


 俺達は教会の一角に作られた投擲の訓練場のような、的があり柵で囲まれた所に案内された。

 ムジナ爺さんは子供達に柵の中へは入ってくんじゃねえぞときつく言っている。


「じゃ、あたしらはそろそろ帰るわね。おじさん頑張ってねー」


「今日はありがとう! 頑張るよ!」


 キリムとサリムは俺に手を振り帰って行った。

 ラキちゃんは孤児院の女の子達が誘ってくれたので、一緒に遊びに行った。

 ラキちゃんに友達が増えるのは本当に嬉しい。


 今日から俺はムジナ爺さんとは師弟の関係だ。これからは爺さんを師匠と呼ぼう。


「ケイタ、おめぇ魔法士の才能あるか?」


「一応あります、まだ生活魔法に毛が生えた程度ですが」


「よしよし、十分だ」


「俺が使うのは主にコレだ。まぁ低層でいくらでも手に入るしな」


 師匠が取り出したのはやはりアイアンニードルの針だった。


「いいか、やり方は後で教えるから、とりあえず違いを見せてやる。まずこれが魔力マナを使わない普通の投げ方だ」


 タン! と的へ綺麗に刺さる。これは昔、手裏剣投げの動画で見た事があるぞ。


「次が生活魔法程度の魔力マナを行使できる場合の投げ方だ」


 ドン! と今度は弾丸のようにめり込んだ。凄い。


「んでこれが魔法士並に魔力マナを行使できる場合の投げ方だ」


 バン! と、周りを抉るようにして貫いたぞ! マジか!

 今回は違いを見せてくれるだけだから身体強化は使っていない。それでこの威力なのか!


「これらは風魔法を使ってやってる。だがまずは魔力マナを使わない普通の投げ方を習得しろ。魔力マナが枯渇した時こそ役に立たなきゃ意味がねえ」


 それから俺は投げ方の手ほどきを受け、ひたすら的に向かって投げる訓練をした。

 得物を持った手がどの位置にあっても的を狙えるように、どのような手の動かし方をしたら良いか教えてもらう。

 当たり前だけど教えてもらってもすぐにできるようになるわけが無いので、ひたすら地道に練習だ。


「これから再構築の日には来い。進歩の具合を見てやる」


「分かりました」


「あと銭も忘れんなよ」


「勿論です!」


 日も落ちてきたので今日の指導は終わり、建屋の方へ戻って来た。

 なんか建屋の中が騒がしいぞ。

 中に入ると師匠は驚愕した顏で叫んだ。


「婆さん! 腰は大丈夫なのか!?」


「お爺さん! こちらの! こちらのお方が治してくださったの!」


 こちらのお方というのは予想通りラキちゃんだった。

 どうやら、目の見えない子をラキちゃんが神聖魔法で治してあげたのが事の発端だったらしい。

 それから次々と体の一部が欠損している子、重い病に苦しんでいた子などを治してあげていった。

 そして腰を痛めてから寝たきりとなった師匠の奥さんも含め、教会内の人を全員治してあげたんだそうな。


「この嬢ちゃんは何者だ!?」


「……えっと、大天使ラクス様の妹君のラキシス様です。今は訳あって俺の家族です」


 師匠は慌ててラキちゃんの前に跪き、司祭としての最敬礼をする。


「ラキシス様、この度は皆にこのような慈悲深い施しをして頂いた事、誠に感謝致します! 我ら一同、この御恩は一生忘れません!」


 それから師匠は大慌てでこの施設の子供達や修道女の少女など全員を集めさせた。

 そしてしっかりと扉をしめ、全員を礼拝堂の椅子に座らせた後、皆に聞こえるように喋りだす。


「いいかお前ら! 今日、ここでラキシス様がされた事を絶対に外で喋っちゃならん! 絶対にだ!」


「もし約束を破るようなら、俺の手でそいつを女神様の元へ送ってやんなきゃいけない事になる。――わかったか!」


 子供達は全員、慌てて頷いている。

 それから師匠はラキちゃんに向き直り、語りかけた。


「いいですかラキシス様、これから苦しむ人に手を差し伸べる時は、絶対にあなた様がされたと分かるようにしてはいけません」


「どうして?」


「あなた様を頼って星の数ほどの人が押しかけてしまうからです。そうなったらもう二度とケイタと一緒に穏やかな生活を送る事はできなくなってしまいますよ?」


「それは嫌……」


「でしょう? ですから、これから神聖魔法をお使いになられる時は、よぉーく考えてお使いください。――分かりましたね?」


「……はい」


 しょんぼりしながら答えたラキちゃんの返事に、師匠は満足げに頷いた。


「ご理解いただけたようで何よりです」


「でもお爺さん、皆が治った事を周りにどう言い訳したら良いんでしょう?」


 師匠の奥さんが不安げに直近の問題を指摘する。


「あー、うーん……、それはアレだ。うちの教会が抽選に当たって神聖魔法の施しを受けたって事にしておこう」


 この国の教会はそれぞれ中央に陳情を出し、目に留めてもらえると神聖魔法を持ったお方が尋ねて来てくれるらしい。

 ごく稀にラクス様もやってくるんだとか。


「えぇ!? 信じますかねぇ……それに陳情に記した信徒の方々はどうするんです?」


「あー、それがあったなぁ……」


 師匠達が悩んでいると、ラキちゃんがおずおずと喋りだした。


「あの、お爺ちゃん……、今からラクスお姉ちゃんが来てくれるって」


「「「えっ!?」」」


 皆が一斉に驚く中、ラクス様がテレポートしてきた。以前サラス様がしたように、ラキちゃんの座標を目印にしたようだ。

 突然のラクス様の来訪に、師匠と奥さんは慌てて跪く。


「こっ、これはこれはラクス様! このような小汚い教会への御足労、誠に感謝いたします!」


「突然の訪問失礼しますよムジナ司祭。ラキシスから話は聞きました」


 それから、ラクス様が本当にこの教会の陳情を応えに来てくれた事にする事となった。

 師匠は慌てて司祭の服を着替えに奥へ行って、直ぐに戻って来た。

 奥さんも修道女の服装に着替えている。


「ラキシスはムジナ司祭から薫陶を授かりました。ならば私もそれに応えねばなりません」


「薫陶だなんてとんでもない。恐れ多い事でございます」


「では参りましょう。ムジナ司祭、案内をお願いします」


「かしこまりました。本日はよろしくお願い致します」


 それから師匠は俺の所にやって来た。


「ケイタ、お前たちはラクス様が注意を引いて下さっている内に帰れ。――今日はありがとな。気ぃ付けて帰れよ」


 そう言い、師匠を先頭に修道女姿の奥さんと修道女の少女二人を伴い、救いを求める信徒の元へ出かけて行った。

 その姿を見送り、俺達もすぐに教会を後にした。


「あの……、大騒ぎになっちゃってごめんなさい」


「謝る事なんて何一つ無いよ。ラキちゃんはとても良い事をしたんだ。でも、ムジナ司祭が言ってたように、これからは人目を気にした方が良いんだろうね」


「うん、気を付けます」


 俺達は手を繋ぎ、遠くで大騒ぎとなっている声を耳にしながら、夕暮れ時を帰って行った。

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