第50話 社会人⑬ ぱぱっぱぱっぱー、ぱじゃまじゃま

「ぱぱとおふろはいりゅー。」


 夢月と美結は帰宅、真樋は来客として真森邸という名のアパートの玄関を潜った。


 そして、靴を綺麗に並べて置いて手を洗ってリビングに3人が集まった後に美結が自己を主張した。


 正確には真樋の背中におぶさられた美結、靴は夢月が並べて置き、リビングにあるソファに美結を下ろした時に美結の目が覚めた。


 体内時計で理解しているのかは不明だが、風呂の時間だと感付いた美結が開口一番叫んだのである。



 手を繋いで歩いていた美結が、いつの間にかおねむ状態となり真樋の背中におんぶされる事となり、それが家まで運ぶ事となった。


 完全に断ち切るためなら、今日一日で充分だと考えているのならば、夢月の背中に渡せば良かっただけなのである。


 それなのに、真樋は美結を背負い、夢月のアパートまで連れていくという選択肢を選んだ。


 正確には、そうせざるを得ない状況へと自らも、状況からも運ばれていったのである。


 

 なんとか宥めてママとお風呂に入りなと言っても美結は聞かないため、夢月の説得もあり美結のお願いを承諾する事となった。


「ごめんね、美結のお願いを聞いて貰って。」


「まぁ良いよ。ここまで来た時点でそういう事もあると考えてなかったわけじゃないし。」


 会って開口一番「ぱぱ」呼びをされていた時点で悟るものがあったのだろう、真樋は無意識の内に実の父親がしてこなかった事の一部でもしてあげようという気になってしまっていたのである。


 それが手を繋いで歩いたり、おんぶだったり、一緒に風呂に入るという事だったり……


「別れた夫がいかに何もしてなかったがわかるな。」


 夢月にも美結にも聞こえない独り言を真樋は漏らす。




「それじゃぁ私も一緒に……」


 消え入るような懇願する様子の声であったが、その言葉は真樋にも入っていた。


 そのため真樋はどうしたものかと返事に困難していると、助け舟なのか敵対行為なのか、美結の甲高い声が両断した。


「めーーっ、きょうはみゅーぱぱとはいりゅのー!」


 いつもは夢月と美結は一緒に入っている。


 4歳とはいえども、風呂場で何が起こるかわからないため、色々と心配な夢月は一緒に入るようにしていた。


 多少過保護ではあるものの、美結の事を考えれば当然の事でもあった。



「じゃぁ風呂入ってる間に着替え用意してかごの中にいれておくから。」


 真樋はそれが美結の着替えの事だと思っていた。


 それが風呂入っている10分程度の間に、真樋の着替え一式を購入してくる言葉だとは、風呂を出るまで気付く事はなかった。



「ぱぱー、おちっこー。」


 風呂に入る前、むずむずしていた美結が叫ぶ。



「これ、なんてプレイ?」


 振り返り真樋は夢月の顔を覗いた。



「お漏らしじゃなくて残念だったね。」



「そうじゃねー!」


 過去の自分達の4歳頃の記憶を思い出し、勝手に赤面する二人であった。







「ぱぱ、これふにふにしゅりゅにぇ。」


 真樋は突然の感覚に驚く。身体を洗うために美結を足の間に座らせ子供用タオルで優しく身体を洗っていた。


 その最中に真樋の股間に美結の両手等が触れているのだが、その感覚は真樋にはなんとも握られたりしたという感覚だったからだ。



「ちょっ、美結ちゃん、そこは触ったり握ったりしたらだめだよ。」


 幼女に触れられているからか、自制心がどうにか働いているのかは不明であるが、真樋の機関棒は平常を保っていた。


「にゃんで?」


 首を傾げる幼女スマイルは、破壊力抜群で今起こった事を忘れてしまいそうになってしまう。


 ただし、機関棒に触れていなければであるが。


「はっ。そ、そこは男の人にとってはとてもデリケートで……とても大事なところ……」



 そうなの?と再び首を傾げる美結幼女。


 

「でもママにはにゃいよ?」


 子供に男女の身体の違いを説明するのは難しい。ましてや大人と子供でも違うため、その説明をするのはもしかすると東京の大学入試より難しいかもしれない。


「これはね、男の人にしかないの。」



「ふ~ん。」


「って何してるのさ。」


 美結はふにふにさわさわもみもみとしていた機関棒(平常)とお稲荷さん二つを、ほっぺたにつけてこすりつけて遊んだり、顔を左右に振って遊んでいた。


 端的に言えば、推定ファーストキスが真樋の機関棒という事になってしまっていた。


 真樋は流石にまずいと思い、美結の両脇を抱えると、そのまま持ち上げた。



 目の前には平たい胴体、可愛くちょんとついたピンクの小粒コーラック、細い大根2本にその付け根の縦1本の盆地。



 白い泡が雲のような模様となって、身体全体でどこかの高原大陸の芸術作品となっていた。


 天空の城とか、標高3000mの街並み等比喩としてはいくらでも用いられる。


「ぱぱあわあわ~」


 泡だらけの手で真樋の頬に手を伸ばして、きゃっきゃきゃっきゃと泡の移植をしている美結。


「いひゃい……」


 一日が経過し、ほんの少し生えてきた顎髭が、幼女には大根おろしの下ろし金のように痛く感じるようであった。


「ほら、泡を流すよ。」






「しゃんぷーさん、おめめいたいのやっ。」


 ピンク色の小さな子供用のシャンプーハットを被せ、真樋は美結の髪を優しく洗う。


「シャンプーハットさんが、おめめを守ってくれるから大丈夫だよ。」


 真樋の言葉で安心をしたのか、ゆっくりと洗い流すシャワーのお湯は美結の目に入る事はなかった。


 


「ぱぱのおなかあたかい。」


 美結を洗いながら素早く自分も洗っていた真樋は一緒に湯船に浸かる。


 小さい「つ」の発音も出来る時と出来ない時が見受けられる美結の言葉。



 真樋の身体を敷石のように、美結をその上に座らせ後ろから抱きしめるようにガードしていた。


 くるりと身体全体を使って回転させると、美結は真樋と向かい合わせになる。


 機関棒に美結の膝が乗っかっている事はもはや指摘をしない真樋だった。


「ぱぱのおむにぇかたい。」


 美結はぺちゃぺちゃぱちゃぱちゃと、お湯が跳ねながら真樋の胸を叩く。



「鍛えて筋肉がついてるからね。筋肉って力を籠めると硬いんだよ。」



 それなりに鍛えてるといっても幼児には伝わらない。ストレートに答えていた。


「ママのはやわらかいよ。」


 同じ位薄いのにとか、ぺったんこなのにという言葉は流石に幼児には理解出来ない。


 単純に柔らかいという表現しか出来なかった。


 脳内で勝手に補完する真樋だった。



「もう少し大きくなったら分かるけど、男の人と女の人では身体付きが違うからね。あ~この辺が硬いとか柔らかいとかもだし、さっきさわったものがあったりなかったり……」


 何を説明しているのかわからなくなる真樋。


 玉を七つ集めると願いが叶う漫画の主人公のように、股間部分をぱんぱんして男か女かを見極める少女になってしまいそうだと思ってしまい、頭を軽く横に振って邪念を払った。


 男だからズボン、女だからスカートという簡単な見分け方が出来なくなった今の時代において、ぱっと見の特徴で性別を見極めるのは子供には難しい。


 幸いにして幼稚園においてはそのように分けていたりもするが、服装の自由を訴える親は少なからず存在する。


 それは親のエゴだったり押し付けだったりするのだが、男はズボン・女はスカートというのも旧時代の押し付けだったりもするのである。


 結果、幼児期の服装について考える事自体が大人の押し付けという事になってしまうのだが……


 いくら考えたところで、真樋が今悩む事ではなかった。



 魔法少女のようなキャラクターの描かれたタオルで美結の身体を綺麗に拭くと、幼児期に夢月の下着を脱着させた時の感覚を頼りに美結にも穿かせていく。


 機関棒トーマスのキャラクターが掛かれたピンク色のパジャマを着させると、寝るための恰好は全てが完了する。


 真樋は夢月が用意してくれたと思われる下着へと着替えた。


 真樋の洗濯物は目の前の洗濯機の中に放り込まれているのだが、入浴中に夢月が入れた事なので真樋は知る事がない。

 

「ふあぁあぁあぁ」


 ドライヤーで髪を乾かすと、美結は頭が暖かいのか声を漏らしていた。

 


「みゅーがねるまでおてて。」


 寝るまで手を繋いで欲しいとねだる美結。


 真樋は美結の手に重ねるように左手を重ねた。


 20分程見守っていると、やがて美結からは寝息が真樋の耳に届いた。


 眠った事を確認すると、真樋はそっと美結に重ねていた手から離れた。


 室内は豆電球のみの灯りを残し、そっと部屋から退出する。


 真っ暗な暗闇が怖いと言っていたため、僅かながらの光を残すためである。



 真樋は夢月の居るリビングへ入る。時刻は既に21時を回っていた。


 真樋は入浴中美結に問いただす事はなかった事が頭に過ぎる。


 身体を洗う時もその周辺だけはなるべく触れないようにしていた。


 美結の腕に付いていた針の穴の跡のようなものに。 


「なぁ、美結ちゃんの腕の跡って……」

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