第39話 社会人② 研修を終えて

 自己紹介の後、社長のありがたい言葉が5分程続く。


 社会人としての常識、社会貢献としての心構え、そして何故か最後におにいちゃんは素晴らしいという話。


 全国の妹は兄に尽くすべきだという、若干意味のわからない講釈が3分程続いた。


 その後、宮田社長から質問タイムを設けられる。


 萎縮しているのか、遠慮しているのか、誰からも挙手はない。


 そこで最初の印象も含め、興味を示していた男が一人手を挙げる。


「社長!質問よろしいですかっ!」


 白浜教官からしっかりと教育調教された川俣が、ビシっと真っ直ぐに手を挙げて質問を求めた。


 社長が頷くと、それは肯定や許可の意味をしているのか、川俣は質問を始めた。


「社長はおいくつですかっ!あと、彼氏はいますかっ!新入社員の中でべはぁっ!!」


 川俣のおでこには白い跡が付いていた。そして白い粉が、お笑い芸人が白い粉の中の飴玉を口で探し当てた後のように宙を舞った。


 そして顔や机には砕かれて粉雪となったものが散乱していた。



「流石社長。新品のチョークが一撃で粉微塵に。文字通り粉塵に……」


 一人社長の行動に感嘆としていた白浜教官である。


 宮田社長が川俣に投げたのは未使用の白いチョーク。


 そのチョークを投げて見事川俣のおでこに、所謂千昌夫の黒子の位置に直撃したのである。



「歳は2〇歳。二人の子持ち。どう?夢は砕けたかしら?」


 白浜教官と瓜二つの容姿を持つ宮田社長の口から現実が告げられる。


 なお、見た目が瓜二つなのは、白浜が宮田を崇拝するあまりに見た目を近付けた結果である事は内緒であった。


 宮田ビューティクリニックと宮田医院というのも、宮田グループの一つであった。


「砕けたのは新品のチョークだと思うけど。」


 誰に聞こえるでもなく、真樋の呟きは空を割いていった。


 20代でグループ数社の社長の位置にいるという事。


 二人の子持ちという事。


 若い男性社員の夢も希望も打ち砕くには充分な現実であった。


 後は何故か「お姉さま。」という女性社員の声がちらほらと真樋の耳に入ってきていた。



 しかし宮田社長を見れば、裏を返せば若くして性交……成功出来るという良い事例でもあった。


 社長がどのような人生を歩んで今の位置にあるのかは真樋達新人にはわからない。


 現実として数社を束ねるグループのトップに君臨しているという事。


 それがある意味では社員のやる気を向上させるものともなる。


 現実に、若くしてグループ内の会社を任されている者も存在している。


 白浜教官も社長が育てた人材の一人であった。


 歳は社長と然程変わらないというのに、グループ内のいくつかの会社の教育調教を任されているのである。


 宮田不動産を実質任されている人物もまた、30代前半と若い人材であった。






「配属されてはや半年と少々、漸く仕事にも慣れてきた感じだな。」



「真道、お前の教育係の先輩は優しいから良いよ。俺はゴリラ先輩だぞ。」


 真樋の教育係として一緒に仕事をしているのは、二つ年上のお姉さんタイプである。


 端から見れば優しいお姉さんに教えられながら仕事して、給料を貰えるなんて羨ましい対象でしかない。



「お前……」


 知らぬが仏とはこのことだな、と真樋は言いかけて言葉を飲み込んだ。


 真樋は自分の教育係である、湯原熱海ゆばらあたみの裏の顔を知っている。


 宮田グループでは副業が認められている。


 無論、本業に影響が出ない範囲という条件は付けられているが。


 そのため、休日や終業後、または在宅で出来る副業には限られてくるが、副業をしている社員はそれなりに存在していた。


 湯原熱海の見た目はゆるふわおっとりお姉さんである。


 有名なアニメの一つ、怪盗三姉妹の長女の見た目で、口調や性格は次女といえば伝わり易いだろうか。


 真樋が見た湯原熱海の裏の顔は、現状では他言出来ない。


 推測ではあるが、社員の誰も知らないと思っていた。


 だから、副業やプライベートは本人が話さないのに、第三者から勝手に漏らすべきではないと真樋は考えていた。


 そのため、今も言葉をギリギリで飲み込んだのである。



「川俣ァゴリラって誰の事だぁ?」


 川俣がゴリラ先輩と言った人物。決して5リラ先輩ではない。


 女性で180cmは大きい方であるが、学生時代に水泳とラグビーと空手をやっていたために身体全体が大きい。


 そんな川俣の教育係を務めるのは3つ先達である醍醐莉羅だいご・りらである。


 日本人の父とフィリピンの母を持つハーフであった。



「アックスボンバーはやめてくださいぃぃいぃぃぃ。」


 嘆きと共に、首根っこを掴まれ川俣は引きずられていった。



 最初の社長への質問でも分かる通り、川俣日光という人物は若干お調子者である。


 白浜教官の地獄のシゴキに耐えたり、ゴリラ先輩の教えにも耐えて仕事をしている川俣はある意味では勇者であった。


 そんな勇者の末路を想像して真樋は思う事がある。


「たまに何の会社かわからなくなってくるな。」


 ブートキャンプ的な事をするのは、理不尽な客や職人を相手にしても、凛として対応出来る胆力を養うため。


 肉体を鍛えるのは、通常業務だけでなく、様々なモデルルームを案内しても常に正常な肉体を保つため。


 だらけた態度で接客するわけにはいかないのである。


 最初の新人教育で、不動産と関係なさそうに思える教育を行っていたのには意味があった。



「見た目からはっきりと分かる醍醐さんと、見た目からは想像も出来ない湯原さん。どっちが怖いかは何とも言えないな。」


 普通に会社に勤めていたら味わえない特殊な環境が、真樋の心に余計な事を考えさせるゆとりを奪っていた。


 今のところ、そんな環境は真樋にとっては過去を思い起こさせないため、良い方に働いていた。

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