第40話 社会人③ 数百人から数万人に一人の奇跡

「真道、今日この後一杯どうだ?」


 新人の頃から付き合いのある川俣がアフターファイブの飲みに誘ってくる。



「いや、今日は抜きにいくから。」


 真樋は手を振って断りを入れる。


「このドスケベ、お前どこにイクんだよ。」


 川俣は人差し指と親指で円を作って、反対の手の人差し指をその円を出し入れする。


「お前相変わらずだな、俺が抜きに行くといったら献血だろうが。」


 真樋の趣味献血は、社会人になってからも変わらなかった。


 献血して構わないインターバルを迎える度に抜いているため、真樋がいつも献血している看護師とは既に顔見知りとなっていた。


 それは大学の頃でも同様だったのだが、本来忙しくなる社会人となっても変わらないため大変重宝されていた。



「タダでお菓子やジュース貰えるからな。」


 それが言い訳や謳い文句だというのは川俣達も知っていた。


 新人仲間達は、あまり過去の多くを語ってはいない。



 学生時代に野球をやっていた事や、温泉や献血が趣味だという事は真樋も話している。


 川俣が野球をやっていた事、最近ゴリラ先輩が可愛く見え始めているという事も聞いている。


 他の仲間達も部活や趣味の事はそれとなく話合っている。


 真樋は答えていないが、数人は恋愛事情等も話してはいた。


 一番仲の良くなっている川俣にだけは少し話しているが、多くを語る事はしない真樋であった。


 だからこそ、献血でもやもやを解消を担っているという事は、川俣は知っていた。



「ほどほどにな。」


 だからこそ、川俣の返事はどうとも受け取れるものとなる。


 謳い文句であるジュースなどに対しても、あまり語りたがらない恋愛遍歴に対してもである。






「真道さん!真道さんの血液、正確には血小板が必要なんです。」


 献血のため訪問した真樋を待っていたのは、慌てた様子の看護師・月見里彩希であった。


「ちょうど献血しに来たから別にいいですけど。」


 真樋は月見里看護師と、医師から説明を聞く事にする。


 白血病を患う子供の患者がおり、輸血が赤血球や血小板など輸血が必要となる。


 しかし通常の血小板製剤の投与では効果が見られないとの事だった。



 HLA抗体を有するため、適合したものでないと効果が見られない。


 そのため、全国で適合するものがないかと探していた所、献血データとして残っていた真樋のものが一番適合する事が分かったという。


 それが分かったのもつい最近の事で、いつ真樋に打診の連絡をしようか迷っていたという。


 なお、子供のでは不適合だったとも伝えられた。



 HLA型の適合する確率は、兄弟姉妹間で4人に1人、非血縁者で数百人から数万人に1人といわれている。


 その事を献血を始めた事に聞いた事があったなと思い出していた。


「自分のが役に立つというのなら好きなだけ抜いちゃってください。」


 最近こそ忘れかけていたが、真樋は子供という部分に反応していた。


 4歳になる子供との事で、脳が反応してしまったのである。


 少年野球のコーチを引き受けていた時は相手が小学生という事もあり、真樋は特に意識する事は殆どなかった。


 しかし4歳になる……という事は、夢月の子供が生まれていれば大体そのくらいの年齢であるためである。


 意識するなというのが当人には無理な話であった。


「いや、流石にミイラになるまで抜くとは言ってませんよ。」


 最後にはいつものギャグじみた月見里の言葉で、重苦しくなりかけていた空気は吹き飛んでいた。


 血小板製剤は製作後48時間以内、採決後4日間を超えないという有効期間がある。


 真樋の来院は渡りに船であった。

 


「俺の24歳は血の一年となったな。」


 社会人2年目の後半は血液で締めくくるものとなった。


 数百人から数万人に一人の適合者を引き当てた子供の個人情報は得られない。


 真樋は知ろうともしなかったが、別に礼を言われたいわけでもない、自己満足で良いと思ったため気にしない事にしていた。


 しかし、やはり献血をする以上は、煙草は止めようと決意した瞬間でもあった。


「良い機会だしな……」


 止めると決意はしたが、抑真樋は月に1~2箱くらいしか吸っていない。


 日に1本か2本という計算になる。


 それだけしか吸わないのであれば、もっと早く止められたであろう。


 本人は意識していないが、月命日のように真樋が夢月に別れを告げられた日と同じ日付近になると、妙に心がざわついて口にしてしまう。


 その日近辺数日だけで殆どが消費されていたのである。




 病院からの帰路、真樋は懐かしい顔を見る。


 ふと後ろを振り返り、病院内へ視線を向けた時だった。


 少しやつれたようであるが、それは夢月の両親であった。


(どこか悪いのか?)


 夢月との事があるからか、夢月の両親はなるべき真樋と遭遇しないように時間をずらしていた。


 そのため年に数回見かける程度の関係となっていたのである。


 色々な事を思い出してしまうため、それ以上踏み込む事はしない真樋はそのまま自宅へと向かった。 






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