3章 新しい歩みと捨てきれないもの
第38話 社会人① 新入社員と研修と新たな仲間
「生まれも育ちも地元で、小中高大も地元の真道真樋です。将来の夢は自分の
真樋は新入社員の挨拶を済ませた。
本年度の新入社員は真樋を含めて5人。宮田不動産は新進気鋭の会社であるため、あまり多くの社員を抱えているわけではない。
所謂ハウスメーカーである。一般的にハウスメーカーといえば、販売に重きを置いている会社である。
そのため、建築に関しては提携している別の会社が行うのが通例である。
しかし、宮田不動産はグループ会社に宮田建設をも持っている。
そのため、グループ各社として「宮田」の名を冠したオール自社製品を可能としていた。
土地に関しても、自社で確保できる会社と、他社から買い上げる会社とが存在する。
自社で確保出来た土地に建設出来れば、それは比較的安価にする事は可能である。
しかし他社が地主から購入した土地に別のハウスメーカーで建物を建てるとなると、どうしても数百万円の金額差が出てしまう。
土地も建物も同じ会社であれば若干安く済ませる事が可能であり、購入側の理想の形に近くはなる。
動画サイトでも元建築会社や元ハウスメーカー社員が言っている事であるが、理想の家というものは建てられない。
しかし、8割の理想の家であれば可能である。
建てる前は理想だなと思っていても、いざ住んでみるとここをこうしておけば良かったと思う事は、どうしても出てきてしまうのである。
そういった意味で100%理想を叶える事はほぼ不可能なのである。
「えっと、真道だっけ?お前の理想の家ってどんな?」
休憩時間に入ると、真樋は喫煙所へと足を運んでいた。
夢月と別れ、少年野球のコーチを引き受けた真樋は、暫くは安定していた。
しかし20歳を迎えると、やり場のない感情を抑えるために煙草に手を出していた。
献血をしているのだからと、その煙草をも抑えようとしていたけれど、完全に離れる事は出来なくなっていたのである。
「今現在で理想は具現化してないけど、そうだな……地下室は欲しいかな。核シェルターみたいな。」
流石に薄い本にあるような、調教部屋みたいな防音防カビ、室温湿気管理が出来る部屋のが欲しいとは言えない真樋であった。
「そんなん、この日本で必要ないだろ。」
「まぁ男の浪漫って事だよ。」
「そうか。あ、俺は栃木の田舎から出てきた
「へぇ、男体山の北、女峰山の北西、川治温泉や湯西川温泉の西の先にある温泉地と同じ苗字だな。」
「お前、温泉通か!」
「夫婦渕とか近いしな。川俣温泉もそこそこは知れてるんじゃないか?」
「残念、田舎とは言ったけど、実家は奥日光なんだ。苗字と温泉地が違うからややこしくなるけどな。」
奥日光といえば、白濁とした硫黄泉が有名である。
日光からバスで戦場ヶ原や中禅寺湖を超えて1時間程の距離にある、スキー場等も傍にある観光地でもあった。
「川俣、お前もか!」
真樋は一人の友人を思い出す。苗字と実家の温泉地の名称が全く別な人物を。
「お前もかって誰か知り合いに温泉地出身の奴がいるのか?」
「あぁ、実家が茨城の大子温泉に温泉宿を持つ同級生が一人。大学卒業して実家を継ぐって帰ったけど。」
帰ったとはいっても、松島の実家というだけであって、松島本人は埼玉で生まれ埼玉で育っている。
あくまで親の実家というだけである。
松島が高校を卒業した時に両親は実家の温泉宿へと就職先を変え、住まいも実家に変えていた。
松島は大学4年間は埼玉で一人暮らしをしていたのであった。
「それで、温泉地が実家の川俣は、どうしてこの会社に?」
「自己紹介で言ったろ、地元の温泉街にもっと活気を持たせるために不動産業に強くなりたいって。」
宮田不動産が大きくなって栃木に支店を出す事になれば、その時には自分の力が試されるとも言っていたのである。
それならば、別に他の会社でも良かったのだけれど、地元に支店のない会社の方がいざ支店を出した際に上層部として異動出来るのではないかという、甘い考えを抱いていたのである。
「何年後になるかわからんけど、夢は掴むためにある。甲子園には行けなかったけど、この夢は何年かかっても叶えたいのさ。」
川俣も野球少年だった過去を持つ。真樋と交差する事はなかったのでお互い知らないのは仕方がない。
「その心は?」
「鬼怒川や那須に負けない温泉街にする事さ。」
まだ本音を語ってないなと判断した真樋はさらに言葉を続けた。
「だからその心は?」
「スーパーコンパニオンを呼べるほどのビッグな宿を作る事さ!」
現在でもいくつかの大きな宿は存在するし、温泉もスキー場もそれなりに充実している。
しかし、それでも他の温泉地に客を取られたり、抑の人の流出は止められないのが田舎の現状である。
「だから、何度でも来てもらえるような温泉街に出来る街づくりが理想なんだよ。」
夢と願望を語る川俣は熱かった。
「群馬に負けない混浴露天風呂のある宿も建てたいな。」
川俣の願望語りはまだ続いていた。
午後から始まる一ヶ月の新人教育。
持参する持ち物の中に運動着や運動靴などがあった。
この一ヶ月は千葉にある寮生活となる。
千葉に教育用の施設と寮があった。
なお、この午後からの教育はグループ会社のいくつかの新人達が共同で行われる。
不動産の他に建築、運送など似たような関連のある会社が集められる。
そのため、同じ宮田の冠を持っていても山﨑雲母が就職する、宮田法律事務所は一緒ではない。
そして地獄の一ヶ月が幕を開け、あっという間に終わりを迎える。
終わりを迎える頃には教育が始まる前にはあった、学生気分というものはほぼ全ての新人達からは失われていた。
新人達は男女問わず、凛々しい社会人のものとなっていた。
「今日で一ヶ月の新人教育を終了する。ゴールデンウィーク明けからは各々配属先や営業所で先輩の後について業務を行って貰う事になる。」
長く黒い髪が印象的な可愛らしい少女の見た目の女性が教壇から言葉を発する。
この一ヶ月の教育の総監督を務めている人物であった。
しかし総監督ではあるが、その実態は鬼軍曹そのものであった。
「それじゃぁ、最後にグループ会社の社長から最後に挨拶をいただけます。」
これまで地獄のブートキャンプ的な教育を行って来た鬼軍曹こと、白浜教官。
彼女の見た目には騙されてはいけない。
色白で小さな身体、女性という性別、見た目の可愛さからは想像出来ない程の鬼軍曹っぷりをこの一ヶ月味わった新人5人。
逃げ出す事はおろか、悪口軽口の一つも吐けない程教育された新人達は、教官が一目置くという宮田グループ会長を待っていた。
「私が宮田グループ社長、宮田音子であるッ!」
昭和後期のバトル漫画のとある塾長を彷彿させる挨拶だった。
なお、グループの会長は宮田社長の兄であるとの事だった。
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