第30話 大学生⑭ コーチとしんどうきんにくん
「それで、おにいちゃんは結局引き受けたと?」
真樋は強制的に参加させられたノックを終えた後、1日の流れをざっと見て体験して過ごしていた。
全ての練習が終わり、グラウンド整備をした校庭は綺麗なものへとなっていた。
トンボで規則正しく整備された、土の天の川が沢山出来た校庭。
土の
その傍ら、帰り支度をする子供達にお菓子を配っている柊恵や山﨑雲母達父兄の姿があった。
昔は運動とスナック菓子は相反対するものとして敬遠されてきていた。
現代でも摂取のし過ぎはよろしくないと言われていたりする。
しかし子供はお菓子やゲーム等の娯楽からは切っても切れない関係にある。
つまりはアメとムチ。
練習を頑張ると最後にお菓子を貰えるよという事である。
当然出費は父兄が集めた資金である。
父兄の一人が駄菓子屋という事もあり、善意で安く仕入れているという面があるのだが、それは大人の都合なので子供達は知らない。
そして真樋は一つの決断をする。
「毎週じゃなければやっても良いかな。大学やバイト、試験期間中は無理だけど。」
真樋はそれに加えて、大学を卒業するまでという条件も付け加えていた。
流石に就職後はどうなるかわからない。夢月のように物凄く忙しく、自分の時間が取れないかもしれない。
在学期間限定とは言っても、就職活動がメインとなる頃にはあまり顔を出す事は出来なくなる事も加えた。
「そっか。ありがとうな。父兄の皆さんの負担も少しは減るし、新しい波が入る事で子供達の勉強にもなる。」
これが連絡網だ、と手渡されたのはわら半紙……ではなく、一つの電話番号が掛かれた一枚のメモ帳だった。
流石に全てのコーチ陣や家庭の連絡先が記載されたものを渡すのにはリスクが存在する。
昭和時代とは異なり、現代では携帯電話の電話番号一つで様々な事が出来る。
子供達が練習を休む連絡も、コーチにメッセージの一つで済ませられてしまう時代だ。
後で空メールを入れておきますねと、真樋は受け取った。
そして子供達を見送った後、真樋もグラウンドを後にした。
帰る前のやり取りを思い出した真樋は、まだ柊恵に空メールを送信していない事を思い出す。
「毎週ってわけじゃないけどな。他のコーチも毎回出てるわけじゃないみたいだし。」
真樋が入る事でコーチの出席分担が変わる。
それはアルバイトのシフトと似たようなものであった。
尤も仕事やバイト等には人件費というモノが発生したり、保険や福祉の問題とう様々な事があるため、単純に人が増えるだけで万々歳というわけにはいかない。
一方少年野球チームのコーチはほぼボランティアである。
ボランティアとは称しているが、指導者のライセンスが不要というわけではない。
全日本軟式野球連盟が定める学童野球の指導者ライセンスは年代別に分かれており、Uー12、中学Ⅰ、高校、一般など分かれており、それぞれ基礎Ⅰ、Ⅱ、Ⅲとある。
指導対象となる年齢に応じたライセンスを取得している者が、チームに最低一人は在籍していなければならない。
桜ブリザードには監督を始め数人が資格を有していた。
かの柊恵は高校までのライセンスを取得している。一般のライセンスも取得出来れば、大人のチームを指導する事も出来るのである。
指導者資格に関しては野球界はまだ浸透しきっているとは言い難い。
指導環境改善は課題といえる側面であった。
「そういや、おにいちゃんOBだもんね。懐かしかった?」
「ん~。コーチ達が少し老けてた。それと、ちょいエロ親父に見えた。それって俺が年喰ったって事かもしれないけど。」
真樋が通っていた時からは実に7~8年が経過している。
黒い毛に白い毛が混じっているコーチ、皺の増えたコーチ、辞めたコーチ、新たに入ったコーチなど様々である。
真樋を誘った柊恵も新たに入ったコーチに分類される。
「なにそれ。でもそういう風に見えるって事は、おにいちゃんの目線が大人になってきたって事じゃない?」
そうかもなと真樋は頷いた。
「そういや、クラブの名前の桜ブリザードってさ。桜吹雪って言いたかったのかな?」
「多分そうじゃね?子供の頃はかっこいいとか思ったもんだけど、高校生くらいにもなるとちょっと中二病感があるよな。」
真樋と真都羽は、少年野球クラブの命名について、どこかハンドルネームやペンネーム、ひいてはサークル名のような何かを感じていた。
「お前最近また筋肉ついた?それとなんか日焼けしてね?」
夏休み、数日前に連絡を受けた高校時代の友人一同は、現地集合によって集まった。
そして真樋は久しぶりに会った黒川に自身の身体の変化を言い当てられる。
一人寂しく過ごしているだろう真樋を思い、黒川達が集まってプールと夏祭りを楽しもうと企画したのである。
夏休みが始まり、既に大学は休校中である。個人的な研究やサークル活動を除けば大学に足を運ぶ事もない。
そのため真樋は平日はバイトに勤しみ、土日は桜ブリザードのコーチをして過ごしていた。
弟妹の送迎を含めて、その練習の全てに参加していた山﨑雲母もまた、同じように日焼けをしていた。
「で、なんで雲母もこんがりと黒ギャルになってるのさ?」
高校時代はギャル風にして過ごしてはいたものの、日焼け等は嫌い日焼け止め対策はばっちりだった山﨑雲母。
草津三朝が山﨑雲母の頬をつんつん押しながら尋ねた。
「ん~イメチェン?」
「いやいや、日サロで焼いたって感じじゃないじゃん。スポーツ少女がするような焼け方じゃん。雫璃亜の色白さを見てよ。」
草津三朝が大沼雫璃亜を指さして言った。
さらに草津は、山﨑の半袖の二の腕付近をぺろりと捲って、ビフォーアフターのように肌の色の変わり目を指摘する。
「夜は浴衣に着替えるんだし別に気にならないと思うけど。それにこんがり小麦色って響きって健康的でいいじゃん。」
「まぁ視点を変えればそうかもしれないけどさ。というか今からその境目はっきりなのを周囲に晒す事になるんだけど良いの?」
「べつにー。卒業してすぐとは思わなかったけど、海かプールは元々想定してたし。」
「私はあんたがフリーだって事が想定外だけどね。」
山﨑雲母は黒川と草津が主催する今回の集まりの話を聞いた時に、自分の事を話す決断をしていた。
それは、まだ真樋にしか話していない遠距離となった恋人との別れの話である。
「そういやお前は本当に良いのか?」
真樋にすり寄った黒川が、囁くように訊ねる。
「この面子なら大丈夫だろ。」
「それならいいけど、一応その他大勢の他人が沢山いるところに行くわけだしな。」
水着という肌面積の多い衣装を身に纏った大勢の場に出る事を、黒川は気にしているようである。
黒川の苦笑いが人知れず漏れていた。
「そういや、大沼は来てるのに霞ケ浦先輩は来ないんだな。」
真樋が当たりを見渡すと、大沼雫璃亜とセットでいるはずの人物が見当たらないと思っていた。
「霞ケ浦先輩なら……家族旅行ではわいに行ったぞ。」
黒川が口に出した言葉ではわからない、日本語のニュアンスの差。
HAWAIではあるが、それがアメリカ合衆国のハワイ島を指すモノとは限らない。
鳥取県東伯郡湯梨浜町にあるはわい温泉だという事には気付き辛い。
茨城県満載な名前である霞ケ浦美浦だが、母方の親戚が鳥取県にある事はあまり知られていない。
つまりは帰郷しているためこの場にはいないという事である。
そして着替えが終わって集合した友人一同は真樋の身体を見て驚く事となった。
「なにこのきんにくん!!」
真樋の腕や胸、腹を見て女性陣が盛大なツッコミを入れた。
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