第31話 大学生⑮ タピオカチャレンジ

「ちょっと休憩~。」


 小一時間程プールを楽しんだ一同は一度水から上がり、ひたひたと足音を立てながらフードコートへと向かっていた。


 5人が座れる丸テーブルとと椅子を確保した一同は、飲み物を買おうとメニューを確認する。


「飲み物買って来る。真道一緒に行くか。」


 黒川が真樋を誘って、全員分の飲み物を買いに行ってくると声を挙げる。


「私カルピス。うんと濃いやつー」


 カルピスを挙げたのは草津三朝。 


「あ、有馬。変なもの入れたらタヒ刑ね。それもに。」


 黒川は理解していた。草津三朝という人物が、罰と称してみんなが見ている前で水着をずり下ろす等して、社会的に抹殺するだろう事を。


「ししし、しねーし。」


(くそっ、夜お前のガソリンタンクに大量に注いでやる!)


 黒川の内心は夜の親父モードであった。なお、ガソリンタンクとは黒川考案の隠語である。


 大沼雫璃亜はトロピカルミックスジュース、山﨑雲母はアイスコーヒー(砂糖ミルク抜き)をお願いしていた。


 真樋と黒川がカウンターへ飲み物を買いに行っている間に、女子三人で女子トークが始まる。


 せっかくのプールだし、どういう写真を撮ろうかという内容であった。




 男性陣がテーブルに戻って来ると、全員に各々が注文した飲み物を手渡していく。


 女性陣は携帯を取り出して写真を撮ったり、自撮りをしながら自由にしていた。


 2割程飲んだところで、草津を始め女性陣が立ち上がった。


 大して凹凸や膨らみのない胸陵ならぬ丘陵。


 そこにまだ飲み物の入ったままのカップを乗せている。カップには蓋がしてあるため、バランスを崩した程度では中身が零れる心配はない。


 リンボーダンスでバランスを取る仕草のように、ない胸に乗ったドリンクのストローに口を差し入れる。


 すかさず正面にいる大沼がその様子を撮影していた。


「何四天王?じゃなかった、何してんの?」


 黒川が草津に訊ねた。草津の横では次のチャレンジャーである山﨑が一生懸命乗せようと必死になっていた。


 額や腕の水滴が、プールの水なのか汗なのか、いずれにしてもギャル風の山﨑にも健康美ポイントとなっている。


 ドリンクを胸元から救出した草津は一度テーブルに置いて答える。


「ん、タピオカチャレンジってやつ。」


 カップに入っている飲み物はタピオカドリンクではないが、数年前にタピオカが流行った際、同時に写真映えさせようと主に女性がSNSに掲載する時に行っていた技法のひとつである。


 胸で挟んだ、または胸に乗せた飲み物をそのまま飲んでる仕草を撮影するというもの。


「いや、お前ら挟めないどころか乗っからないだろ。」


「失礼なっ」


 草津に脛を思いっきりローキックされる黒川。


 草津の怒声とローキックの衝撃、痛がる黒川の声で驚いた山﨑はバランスを崩した。



「わっ」


 山﨑雲母の胸からスルっとドリンクカップが滑落する。


 貧乳断崖絶壁から滑落する無謀なスキーヤーorスノーボーダードリンクカップ


 

「おっと」


 真樋が素早く反応すると、右手に自分のドリンク、左手に山﨑のドリンクをキャッチする。


 この反応の良さはこれまで培った野球での動体視力故か、見事に一発で捕球ならぬキャッチングであった。


「うぇっ」


 奇妙な声をだしたのはこんがりと焼けている山﨑雲母から発せられたもの。


 それも仕方がない、ドリンクをキャッチした真樋の身体が、落下に驚いた山﨑が転びそうになった身体を胸板と腕で支えていたのだから。




「なんかラブコメしてるな。」

 

 腕を組んでしみじみと黒川は、まだ足が痛いのか反対側の足の裏で擦っていた。


「ラブストーリーはコメットさんに?」


 草津のツッコミは、往年のドラマが合わさったような、ついでに小爆発してそうなコメントだった。



 しかし当の本人達にはラブコメの神もドジっ子の神もラッキースケベの神も仕事をしない。


 失恋者同士の恋愛に微笑むのは、他の作者のテリトリーだった。


「吃驚した。ありがと。」


 ラブコメ漫画で良く見る照れた時のピンク色の頬は……照り付ける太陽の光と、こんがりと焼けた肌のせいでかくれているわけではない。


 驚きと感謝はあるものの、友人としての好感度は上がるものの、恋愛的好感度までがあがるとは限らない。


 落とした消しゴムを拾ったという事象と、大して差がないのである。


 少なくとも真樋にとっては。


「危ない危ない。飲み物には3秒ルールは存在しないし。いくら水着着用でも身体に掛かったらベタベタして気持ち悪くなるもんな。」


 真樋の言葉からもそれは明らかである。すらすらと言葉が出てくるため、それが照れ隠しでも何でもないという証でもあった。



 真樋は自分のと山﨑のをテーブルの上に置いた。



 席に座った一同は先程の写真をSNSにアップしながら休憩の続きに勤しむ。


 夜の夏祭りの事を考えれば、あと1時間程度しか遊ぶ時間は残されていない。


 何故ならば、女性陣は浴衣を着るために一度帰宅しなければならないからである。


 その後、黒川が車で全員を迎えに行く算段となっていた。


 この日のために、黒川はワンボックスカーをレンタルしていた。


 黒川と草津の二人はこの車でプールまで来ている。


 他の3人は電車と徒歩で集合していた。



 


「あ。」


 気付いたのは大沼。二つのアイスコーヒーを交互に指さしている。


 真樋と山﨑は目の前のアイスコーヒーを口にしていた。


「知らぬが仏だね。」


 草津がそっとしておきなさいと言わんばかりに、口元に人差し指を立てて「シー」という仕草をする。


 真樋と山﨑に聞こえないようにひそひそ声で話していた。


「この場にいたら修羅場になっただろうな。」


 黒川の言葉、それが誰の事を指しているかはこの集団ならば理解出来る。


 この場にいたらとは、真森夢月の事であった。


「タヒね!そしてデリカシーをお母さんのお腹の中から取り戻してきなさいっ」


 草津が二度目のローキックを黒川の反対側の足にかましていた。



 真樋と山﨑のアイスコーヒーが入れ替わっている事を二人共知らない。


 間接キス及び唾液交換という淫靡な出来事が、本人与り知らぬところで行われていた。



「三朝……頼むから精神コマンド、【てかげん】を覚えてくれ……」


 テーブルに突っ伏して懇願する黒川であった。

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