第27話 大学生⑪ 再会
「……知ってる天井だ。」
真樋が目を開けると、いつも見ている自室の天井が強制的に網膜を通して認識する。
「筋肉痛にはなってないみたいだな。」
脳が身体を動かすぞ、という指令を出してから腕などを動かすと、スムーズに稼働する。
二日後、三日後に筋肉痛がやってくるようでは、それは既に身体が老人になっているという事だ。
「9時か……」
時計を見た真樋は、先日バッティングセンターで軽く知り合った柊恵が言うには、小学校のグラウンドで午前中に練習をしているという事を思い出していた
動き易いラフな格好へと着替えた真樋は、顔を洗うために1階へと降りた。
軽食を取り、身だしなみを整えた真樋は久しぶりに自転車の鍵を取った。
卒業前に車の免許は取得している真樋であったが、流石に車の購入までは至っていない。
真道家にある2台の車は、それぞれ両親が使用している。
「おにいちゃんどこ行くの?」
外出しようとしている真樋を見つけ、パジャマ姿の真都羽が真樋の前に現れた。
肩が少しずれて少しだけ露わになる素肌が色白く、妹でなければそそる何かを醸し出していた。
「ん?小学校。」
ショックでパジャマのズボンが少しずり落ちて、下着の上部が真樋の目に留まる。
「え?おにいちゃんロリコンだったの?捕まるような事は流石にやめてね。」
「ちげーよ。この前バッティングセンターで知り合った人に、時間あったらコーチやってくれないかって声をかけてくれて。だからどんなチームなのか見てみようかなって思ったんだよ。」
「え?ロリコンじゃなくてショタコンだったの?」
しれっと答える真樋に、今度は肩が少しずれていたパジャマの上着がさらにずれていく。
一連の様子はテレビで見るコントのようである。
「DA・KA・RA、ちげーよ。」
「そんな飲み物みたいに強調しなくても。分かってるよ、ロリやショタになるくらいならシスコンになってるはずだもんね。」
「寝言は寝ているから寝言って言うんだぞ。」
「失礼な。こんなに可愛い妹が身近にいるのに、シスコンにならないなんてどうかしてる……ってラノベがあっても良いくらいにはおにいちゃんが辛辣。」
「バイトのない土日は日帰り温泉ばかりだったからな、金銭的にも苦しくなってくるしちょうど良いかなと。」
「あと、そんなラノベがあっても一部の層にしか受けないと思うぞ。主に現実には妹がいない妹スキーとか。」
「まぁ現実の妹はある一定の時期になると、『お父さん臭い。』『クソ兄貴』『キモブタ兄貴』とか身内に言うのが現状だろうしね。」
「それはそれで極端だろ。」
「だから私はいつまでもおにいちゃんの可愛い妹でいたいと思ってるんだよ。家族は裏切らない。せめてそれくらいは夢を見ても見て貰っても良いと思ってるんだよ。」
現実では身内が身内を殺害という事件も起きている。
そのような悲しい現実だけでも回避したいと思うのは、悪い事ではない。
「とりあえず行ってくる。」
「気を付けてね。」
自転車で町を散策するのは久しぶりな真樋は、いつも見ている景色であっても歩くのとは違って見えるもんだなと実感する。
流れる景色のスピード、目線の高さが異なるだけで、脳が受ける印象が変わっていたのである。
「小学校の方は久しぶりだな。」
一軒家の住宅街を抜けると、そこには団地が連なっていた。
5階建ての長方形の規則正しい同じ形の建物が、同じような配列で並んでいる。
上空から見る事があれば、消えていないだけでテトリスの棒がマッチ棒の文字のように並んでいる事だろう。
1街区から6街区まで存在し、一つの街区に13~15号棟程の建物がある。
一つの建物には入口と階段が3箇所あり、それぞれの階段の両脇には各階毎に2部屋存在する。
つまりは一つの建物には2×5×3で30個の居室が存在していた。
昭和40年台に建てられた、田舎なれどそこそこのマンモス団地群といったところだ。
少ない街区で13として、一棟30×13=390居室。
それが6つの街区とすれば、実に2000を超える居室が存在する事となる。
現在では少子化の影響もあり、空き屋となっている部屋も目立つが、かつては全てが埋まっている活気あふれる時代もあったのである。
小学校も団地の近隣に2つあったのだが、少子化の流れを汲んで統合され一つになり学校名も変更されている。
「随分寂れたなぁ、たった数年なのに。」
真樋の親世代の現役時代ですら、人が減ってきている時代だった。
それからさらに20年以上が経過しているのだから、過疎化もやむを得ない。
成長した子供は、殆どが地元を離れて都内や県内の中心部へと就職してしまう。
自営業を継いだり、実家から通勤する一部を除いては離れていってしまうため、仕方がないのかもしれない。
ましてや、成長した子供が大人になり家庭を持てば、大抵の人がマイホームを持つ事になる。
その時には一軒家にしても、マンション等にしても余所に行ってしまう。
そして残されるのは年老いた親世代やそれよりも上の世代となってしまえば、過疎化も頷けるのである。
それは何もこの団地に限った事ではなく、全国でも同様の事が言えるのではないだろうか。
都会か田舎か判断の付かない中途半端なこの辺りでこのような状態なのだ、田舎の過疎化はもっと顕著であるに違いない。
「自由に入れるってのも凄いな。警備とか厚いのかと思った。」
卒業した生徒が母校に遊びに行く事は稀である。
高校であれば、結婚の早い卒業生が文化祭等で訊ねるなんて事もあるだろう。
自転車置き場に駐輪すると、真樋は校庭の方へ向かって歩き出す。
「おーやってるやってる。」
真樋の目には、キャッチボールに励む小学生達が軟式ボールを投げたり取ったり追いかけたりしていた。
その様子を見守る数人の大人……コーチ達。
校舎に沿ってグラウンドを歩き、先日声を掛けてきた柊恵の姿を探す。
コーチ達もユニフォームを着用しているため、遠くからでは見分けがつかない。
そのため少しでも近くに寄っていかなければ、みんながモブにしか見えなかった。
「お、にいちゃんきたんだな。」
(名前名乗っただろ。)
心の中で真樋はツッコミを入れる。
すると、柊恵は子供達を気にしながら、真樋の元へと小走りに近付いて行った。
「休憩入るまでそこの子供達の荷物が置いてある辺りで見ててくれよ。」
「どうも。せっかく声をかけて貰ったんで来てみました。」
柊恵に促され、真樋は指定された場所で子供達を眺める。
知らない大人の来訪に、最初こそ目を奪われた子供達だったが、コーチ陣の檄から気にされる事はほぼなくなっていた。
「へぇ、女の子もいるんだ。」
サッカー人気に押され、今では野球人口は着実に減っている。
甲子園予選に参加する野球部のある高校数も、多い時は4000校を越していたのだが、今では3000弱となっていた。
学校の統配合や、合同チームでの出場も近年では珍しい事はない。
そんな野球人口の低下の最中にあって、女子プロ野球の存在や、女子サッカーの人気向上の影響も若干あり、かつてはソフトボールに流れていた女子野球経験者がそのまま野球の道に進む事も絵図らしい事ではなくなっていた。
尤も、女子野球は女子サッカーよりも規模も認知度も人気も低いのは否めない。
真樋が目にした女の子も、いつまで野球をプレイするかはわからないのである。
「あれ?真道?」
練習を見ていた真樋が、横から掛けられた声に惹かれるように顔を傾ける。
「あれ?山﨑?」
練習のサポートをしていた数人の大人の中から向かってくる人物が一人。
それはこの場には似合わない、地味な恰好をしたギャル、山﨑雲母だった。
ジャージ一式を纏ったギャル、上下が別の高校の制服みたいに合わない印象だった。
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