第28話 大学生⑫ 再会②

「真道がどうしてここに?」


 ここに、と言いたいのだろうか。山﨑は驚きながらも真樋の全身を上から下まで目線を流した。


 山﨑は真樋の服装から察するに、自分と同じ手伝いかもしくは中学まで野球をやっていた事を知っているため、コーチにでもなるのだろうと考えた。



「あぁ、先日バッティングセンターであそこの鬼コーチ……『あ゛ぁんッ』もとい、柊恵さんに声をかけられたんだ。」


 真樋が鬼コーチと言葉を発した途端、離れた場所にいるはずの柊恵から大声で怒声が響き渡った。


 そのため、真樋は直ぐに名前に訂正をする事になる。


「このチーム、コーチ不足は否めないからね。ある程度の経験者には声を掛けたりしてるみたいだからね。それにしても世間ってせまいねー。」


 地域の少年野球チームの監督・コーチは、通常その地域に住む親が行っている事が多い。


 自分の子供がチームに在籍しているかの率で言うと、各チームに一人か二人かという程度ではあるが。


 リトルリーグ等とは違い、完全ボランティアのため、余程好きか余程のゆとりがなければ引き受けない事が昨今では多い。


 バブル時代のように、毎週末踊りに行けるような給料を貰っているのであればともかく、通常の家庭では休日はごろごろ休むか家族サービス、場合によっては副業などに時間を割く人の方が多いのである。


 真樋がここにいる事が疑問である山﨑であるが、その疑問は逆パターンでも言えた。


 山﨑が小学校のグラウンドで他の父兄に交じっている事の方が、真樋からすれば疑問である。


 高校時代の会話の中で、山﨑が特段野球が好きだという話題になったという記憶は真樋にはなかった。


「そういや山﨑はなんでここに?」



「あー、妹と弟がチームにいるからさ。手伝い?」


 弟妹のいる集団箇所を指さして答えた。


「何故疑問形。」



「最初はだけだったんだよ。でもたまには練習を見ていくのも良いかなーって思って……そしたらボール拾いとか水出しとか他の父兄の手伝いをやり始めちゃって……今に至る。」


 山﨑が高校デビューだという事は一部の同級生は知っている。


 中学までの山﨑雲母は所謂真面目ちゃん、委員長キャラである。


 今のギャルっぽい見た目や、たまに態と語尾を伸ばしたりする口調は、後付けのギャルスキルであった。



 少年野球チームは大人の人材が不足している。大会の時の移動手段である車なんてのもその一つだ。


 山﨑の言う通り、子供達が快適に練習出来るように、給水係や荷物出し等を手伝う大人が数人いる。


 グラウンド整備等は練習の一環として子供達が行うが、練習中のサポートは大人の仕事だった。


「昔は水飲みすらあんまり出来なかったみたいだけどね。今では一定の練習を行う度に休憩や水分補給をしてるみたいだよ。」


 それは山﨑に言われないでも真樋は理解していた。


 自分がやっていた頃でさえ、ちょっと練習しては給水タイム等が設けられていたのだ。



「あ、そういや妹と弟って事は……あそこにいる女の子って。」


「そ。私の妹ー。ちょっかいだしたらロリコンで逮捕されちゃうぞー。」


「ロリコンってだけでは逮捕はされないだろ。」


 山﨑も真樋が夢月と別れたことを聞いている。そのため今真樋がフリーだという事を知っているが故の発言だった。


 今の真樋であればフリーなため、山﨑妹が狙われる事もある……とまでは言わないが、来るものは拒まず状態だぞという事だった。



「そういや……最初は送り迎えだけだったって……練習はほぼ毎週土日だろ?お前彼氏とのデートは……」


「別れたよ。」


「は!?」


 山﨑は前を向いたまま答える。それは表情を読まれないようにするためだろうか。


 山﨑の内情はこれまでもあまり自ら語るなんて事はなかった。


 それ故に、彼氏がころころ変わっていた時の悪いイメージも、一部を除いて払拭出来ていない。


「だから別れたんだって。」


 そう言う山﨑の唇は尖っていた。


「なんか悪い。知らなかったとはいえ失礼な事を聞いた。」




「んー。別に良いよ。誰にも言ってなかったし。」


 彼氏がいた頃は遠距離ではあったがデートのために土日を使っていたが、彼氏と別れてからは時間が出来、弟妹を送った後の時間が余ってしまったために練習を見るようになったと言う。



「やっぱり遠距離って難しいねー。別に浮気とか飽きたとかじゃないんだけどさ、どっちも。」


 と山﨑が口にした時に「ズキッ」と胸に衝撃を受ける真樋。



「ど、どうした?真道、顔色悪いぞ。」


 首を横に傾け慌てる山﨑。肩を押さえて心配そうに支えている。


「……ぁ、はぁっ。何でもない。」


 真樋ははぁはぁと徐々に呼吸を整える。周囲の他の父兄も、声こそかけないものの遠巻きに心配そうに覗いていた。



「そう。何でもなさそうには見えなかったけど、突っ込んで欲しくなさそうだからやめとくわー。」



 山﨑は先の自分の発した言葉で、真樋が変貌をしたのを見逃さなかった。


 しかし、それを言葉にしてしまう事は出来なかった。


 浮気にしても飽きたにしても、そこに反応したという事は、真樋と夢月の間にあったナニカに触れる事。


 4月の夢月ロスから別れを告白する時までを、ずっと陰から見ていた山﨑にとっては、今の言葉は禁句だったに違いないと思わせるに充分だった。



「ま、初めて3ヶ月以上続いた関係だったんだけどねー。今思えばこうしてここに来てるのは多少ストレス発散も含めて弟妹達の野球を見てるってのもあるかもね。」



「あとね、こう見えても体育の授業、小中高と5段階評価で4だったからねー。器用貧乏感はあるけど多少の事は出来るんだよ。」


 キャッチボールしたりトスバッティングしたり、と山﨑は続けた。


「そうかもな。俺も何かを発散したくてバッティングセンターに行ったのかも。それであの人に捕まり、俺はコーチを引き受けるか悩んで……とりあえずどんな子供達がやってるのかなと見に来たわけだけど。」



「そうしたら、思わぬ伏兵である私がいたと。」



「そうだな。会話に詰まらなくてすむ相手がいるのは良い事だけど。」


 実際見知らぬ大人や子供達の集団の中に、唐突に輪に加わるのには抵抗があっても仕方がない。


「尤も、戻ってきたらそうでもないんだろうけどな。」


 真樋はキャッチボールを終えて戻って来る子供達やコーチ陣の方を見ていた。





「お、なんか見知った顔がいると思ったら、真道真樋じゃないか。」


 髭面のコーチ、一歩間違えたらチで始まる怖いおじさんの強面をした男から声を掛けられる。



「山﨑、さっきそうでもないんだろうなって言った理由だけどな。俺、このチームのOBなんだわ。たった二年しか在籍してないけど。」


 髭面コーチを余所に、真樋は山﨑に話の続きを吐露した。

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