第23話 大学生⑦ 疎遠
「これが大丈夫に見えるなら眼科と脳神経外科に行くべきだな。」
イケメンとまでは言わないまでも、それなりに整っているはずの真樋の目の下には隈が存在し、若干不健康さを表していた。
ゴールデンウィーク以降、実際に睡眠時間は減り、夢月の事ばかりを考えていたのだから仕方がない事でもあった。
「軽口が返せるという事はマシと判断はするけどな。」
黒川の軽い口調が、苛立ちもせず軽く右から左に流れていく程度には真樋の判断能力は低下している。
「夢月からの返事が最近減ったんだよ。俺が連絡しても返事がなかったりとか超遅かったりとか。」
ゴールデンウィーク以降、夢月からは忙しさが半端ないという事で真樋への返事や返信がかなり遅くなっていた。
場合によっては数日経過してからの返事という事もあった。
真樋は迷惑にならないよう、以前聞いていた休み時間等にメールを送るようにしていた。
携帯電話を常時着帯出来ているかもわからないため、後で見る事もあるだろうとは考えていた。
だから即答でなくとも構わないと、4月の時点で考えており、その旨は夢月にも伝えていた。
研修中は携帯電話はロッカーにしまっておくという事も当然考えられる。
それ故に夜に返事が来るくらいは、当然だとも考えていた。
実際、4月のやりとりや、ゴールデンウィークまでに関しても、即答というよりは夕方定時以降に纏めて返事が多かった。
黒川の彼女である草津が夢月と連絡をしていた際も、日中の返答は殆どなかった。
しかし、どれだけ忙しくとも、一通も返事をしない程忙しい事が何日も続く事があるだろうか、それもゴールデンウィーク明けてからその頻度は格段に高くなっていた。
真樋が気を遣うとはいっても、いくらなんでも夢月の返答には疑問を感じずにはいられない。
だけれども、休日にこっそりと浦宮市のアパートに行くという事は出来ないでいた。
本当に多忙過ぎて熟睡しているかもしれないと思うと、邪魔をする事は出来ないとも考えていたからである。
一方で、入社したての新入社員がメールの返事を出来ない程多忙というのは、それはそれで超ブラック企業ではなかろうかとも考えていた。
「確かに、そうだとすると、その会社が超ブラックという事だよな。三朝からも夢月ちゃんからの返事が遅いとは聞いていたけど。」
真樋の心配以外にも、黒川もまた夢月の情報を仕入れようとしていた。
恋人である真樋ならばまだしも、親友だからと黒川が突然アパート訪問するわけにはいかないため、現地確認をするには至っていない。
「浮気とかはないと思うぞ?今だから言える事だけど、高1の頃から夢月ちゃんはお前の事しか見てなかったからな?」
あのサッカー部の自称イケメソの時の事とか覚えてるだろ?と黒川は言った。
「どっちにしても心配は拭えないんだよ。仕事の事にしても、もしかしたら他に男でも出来たんじゃないかにしても。」
真樋にしても、夢月が他の男を好きになったから連絡が遅くなったとは考えていない。
実家が隣で、幼少の頃からお互いが好きで、ゴールデンウィークの時のバカップル振りまでを考えれば、他の男の事などはありえない。
「それにしても……垂れパンダみたいに溶けてる真道を見るのも新鮮だな。そんなに心配なら、今度そっちに行くとか送れば良いじゃん。」
一度天井を見て思考した黒川は、真樋に本来提案しようとしていた事を漏らした。
「そんなに忙しいなら休みは多くないかもな、夏休みに海かプールと夏祭りを誘うのも悪いかな。」
あとひと月もすれば季節の上ではサマーである。
下旬には夏を彷彿とさせる【海の日】なんて祝日も存在する。
「本来なら、水着を選びにいったり、海の中で如何わしい事をしたり、浴衣の帯を引っ張って【あ~れ~】ってお代官様ごっこしたりする計画を立てたいところなんだけどな。」
黒川の提案は男の願望そのものであった。
「他にも射的に称して鎖骨を見せつけてエロかっこいいところを見せたり、彼女がりんご飴やチョコバナナを食べてる所を見て邪な想像をしたり……・」
「花火を見ながら、今夜はお前の花火も見てみたいとか言ったり……」
「黒川の趣味性癖全開じゃないか。」
真樋は、なんでやねん!と漫才のツッコミのように、右手チョップを黒川の胸元に叩き込む。
「でもお前も嫌いじゃないだろ?」
口を強く結んで考えた真樋は……
「嫌いじゃ……ないけど。好きか嫌いかの二択なら好きだけどさ。」
「ふっ、少しは元気出たじゃないか。と、いうわけで……お前らは夏が来る前に一度会える日を作るべきだ。」
その日の夜、真樋は恋愛脳を駆使して夢月に一通のメールを送信した。
案の定、その日のうちに返事が来る事はなかったが、真樋はただ待つ事に徹した。
あまり連絡がしつこいと、ウザい男と思われるのではないかという、真樋のヘタレ心故の事でもあった。
メールを送信してから数日、講義に出てもサークルに参加しても考える事は夢月からの返事の事ばかりであった。
流石にバイト中に気を抜くわけにはいかないため、バイトの時だけは自らを偽り演じる事で乗り切っていた。
「全然返事が来ない。まるでただのしかばねのようだ。」
自分の携帯電話の画面を黒川に見せながら真樋が言葉を漏らす。
黒川に背中を押されて、真樋は夢月にメールを送った。
【夏前に水着でも新調しに行かないか?一緒に浴衣も選ぶのも良いし。即売会以外に夏にどこか行こうかとかも話し合いたい。今月土日はバイト入れてないからどこでも大丈夫だからさ?夢月の空いてる日に一緒に出掛けないか?】
そうした所謂お誘いメールを送っていたのだが……
「内容についてツッコミを入れたいところではあるけど、5日経っても返事がないというのは流石に変だな。」
その5日の中には土日も含まれている。
どんなに疲れていても、現代人が携帯電話を一度も見ないという事は流石にありえない事である。
どの土日と言われても良いように、真樋はバイト先に相談し土日のシフトを外して貰っていた。
その代わり平日のバイト日が増える形とはなっていた。
「確かに変だよねぇ。夢月ってば私からの連絡にも返事が遅いんよ。夏の即売会の事とか話したい事いっぱいあるのにさ。」
黒川の横にいた草津三朝が、黒烏龍茶を飲みながら会話に参加していた。
さらに数日が経過する。それまでの間にも何度かそろそろ会いたい等のメールを送っていた。
迷惑にはならないだろう夕方から夜には電話を鳴らしたりもしていたが、受話状態になる事はなかった。
まるで携帯電話が電波は入るし充電が切れる事はないが、どこか本人じゃないところにでもあるかのように、無反応が続いた。
そんなある日、漸く真樋の携帯電話に夢月からの返信が着信する。
音で分けられているため、真樋は直ぐに夢月からだと気付いた。
「来週土曜日、14時に浦宮駅前にあるコメコ珈琲に来て欲しい。」
全く飾り気のない業務的な返事が入っていた。
7月は2週目の事である。ゴールデンウィークから実に10週目の事であった。
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