第22話 大学生⑥ 異変

「ゴールデンウィークはどこに行ったんだ?俺達は那須に行って来た。」


 ゴールデンウィークが明け、五月病で会社や学校に行きたくないと駄々を捏ねる人が溢れる中、講義が始まる前に真樋と黒川。


 黒川の彼女である草津三朝は、少し高級な花を摘みに席を外していた。


 周囲の学生達は休み気分がまだ抜けていないのか、盛大な欠伸をしていたり、髪型等に乱れが見えていたり、大学デビューならにゴールデンウィークデビューをしている者達まで様々であった。


「ん?お前らも温泉とか行ってたんか。俺達は草津だ。お前の彼女の苗字と同じ草津だ。」


 真樋達は隣県の有名な温泉地である草津温泉に旅行に出かけていた。


 草津の湯でも恋の病は治らないで有名な、あの草津温泉である。


 また、様々なテレビ番組でも紹介される事のある、湯畑等でも有名である。


「そうか。そりゃいろんな奇遇だな。恋の病でも治しに行ったのか?」


 黒川も草津も、苗字も名前も揃って温泉地名だったりする。


 こういった時にはとてもネタにし易いため、自虐ではないが自らネタにする事もしばしばある。


「ある意味では恋の病だな。高校までみたいに毎日顔を合わせないというのが辛いというのも、恋の病に含めるならばだけど。」


 真樋と夢月が新年度になってから顔を合わせた回数は片手で足りる。


 高校を卒業したばかりの恋人同士には、やや少ない部類である。


「なにそのバナナはおやつに含まれますか理論みたいなのは。でもまぁ、確かにそういうのも恋の病かもな。」





「そういや大沼はやっぱり霞ケ浦先輩と茨城の大子から福島の飯坂に温泉をはしごだったみたいだぜ?」


 それも先輩の運転でと付け加える黒川。


 

「あーそれとさ、車でも如何わしい事が行われていたと想像するのはが腐ってるのかな。」


 黒川はぽりぽりと頭を掻きながら真樋に話した。


 真樋は冷ややかな目で黒川を見るが、自分も人の事言えないじゃないかと思いながらもその言葉に返答する。


「黒川、そうかもしれないが、先輩をエロ魔人呼ばわりすると、藪蛇になるぞ。どうせお前達旅行先でする事してたんだろ?」



「はい、言質いただきました。真道、お前温泉で夢月ちゃんとシたな?シたよな?俺達もって言い方だもんな?」



「その理屈はわかるが、その言い方だとお前達もヤる事ヤってたって事だよな?」


 内容までは話さないまでも、そういった雰囲気になる場所は多々存在する。


 野外や公共の場でなくとも、ハッスルする場所は多用にして在る。


 流石にレンタカーや共同露天風呂などでは、いかな黒川達でもはっちゃけたりは出来ないが、せいぜい観覧車の中で少しオイタするくらいである。





 コツコツ……


 卑猥な話をしている二人の背後から足音が響く。


 話しているせいか、その音は二人の耳は捉えていない。


 甘い香りを漂わせながら、風にたなびいてその鼻孔を擽っているはずであるが、会話に集中しているせいか耳からの情報と鼻からの情報は見事にシャットダウンされていた。


 そのせいで、近付いて来る足音の主の怒りにも気付く事はなかった。


 アクションがあるまでは……



「ダイナミックチョップ!」


 振り上げた両腕を二つの頭に振り下ろす。


 身長が低いせいか、やや背伸びをしていた。

 

「ぶべらっ」


 黒川が舌を出して苦い顔をする。


「ふぐっ」


 黒川よりは耐えるもののダメージを受ける真樋。



「恥ずかしい話をぺらぺらしないのっ。」


 高級なお花を摘みに行っていた草津三朝が、暖かくなってきたからか少しだけ薄手の恰好から放たれるフェロモンと香水の香りが、今度こそ真樋と黒川の鼻孔を擽った。



「わりい。ゴールデンウィークハイになってた。」



「なにその酎ハイみたいな気分。」



「そだな。エロい話は帰りのバーガー屋とかで充分だな。」


 黒川の気分は休み明けのハイテンションが混ざったが故の事であった。


 


 3人の事を少し離れたところで見ている、髪をハーフアップにした女学生が一人。


 笑いながら話している姿を羨むように、微笑しながら見ていた。






 


 街は衣替えを済ませた学生達が重そうな鞄を下げて通行していた。


 社会人はクールビズの影響か、上着を着ている社会人は少なかった。


 時は黙っていても水流のように流れ、既に6月へと突入していた。


 ゴールデンウィークで温泉旅行に出かけてから、真樋と夢月の二人は直接会っていなかった。


 理由は夢月が忙しくて、休日は休んでいたいと言うからであった。


 それでも電話やメールなどのやり取りは、即レスではないものの途絶えてはいなかった。


 ただ、その頻度減り間隔は開くようになっていた。



「お前、最近夢月ちゃんロスかわからないけど、どんより度がハンパないぞ。」


 講義にはきちんと出ているものの、どうも身に入っていないように感じていた黒川が真樋に話しかける。


 肩を叩かれた真樋は、首を傾け黒川の声がする方へと目を向けた。


 その目はとても生気が宿っているようには見えなかった。



「いや、本当にお前大丈夫か?」

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