第21話 大学生⑤ 草津の湯でも治せないものがある

 撮影会が終わり真樋と夢月の二人は、電車に揺られて旅行に出かけていた。


 数駅ではあるが、新幹線に乗るという事もあり、真樋は夢月の住んでるアパートへと向かいに行き、浦宮駅から新幹線にのって一路群馬へと旅だった。


 最寄り駅に着いた後はバスへ乗り、午後には目的の温泉街へ到着。


 街を散策しながら名物を少しずつ食べ歩いては、足湯等を堪能していた。


 そして15時を迎える頃には宿泊するホテルへチェックインを済ませ、一度ホテルの温泉を堪能する。


 ホテルに着いたらまずは温泉。それも大浴場と露天風呂である。


 昼間に見る景色と夜間に見る景色、同じ風景であっても見えるものは違う。


 そして感じるものも違うのである。


 部屋にも露天風呂は付いているのだが、それは夜のお楽しみであった。


 そして夕飯までの時間、浴衣に着替えた真樋と夢月は再び温泉街を闊歩していた。

 


「草津っていいとこだな。」


 湯畑を見ながら足湯に並んで使っている真樋と夢月。


 浴衣で周囲を闊歩出来るのも温泉街の魅力の一つである。


 自分達だけに限らず、浴衣で出歩いているカップルや友人、老夫婦等を見かけている二人であった。


「草津の湯でも恋の病は治せないって言うしね。」


 何かを想うように雲を見上げながら夢月が返した。


「そうそう、この前は無茶させてごめんね。」


 夢月は撮影会の時の事を話し始めた。


 女子同士では話が付いていた事であるが、真樋達男子には事前に話してはいなかった。


 無茶振りも良い話であった。


 本気で嫌がられていたらあの女装は実現していない。


「あぁ、良い経験になったと諦めてるというか納得はしてるよ。というか、俺女装似合ってたんだな。若干筋肉質だから、細マッチョ?だからさ。ごつごつして変になるんじゃないかって思ってたんだけど。」



 肩出し等の衣装を着れば、なんとなくその筋肉質なところが目に見えてしまうが、肌の露出は少ないためにそこまでの違和感はない。


 スカートであるが故に太腿や足等は見えてしまうが、角度次第で太さなどどうとでもなるのであった。



「そんな事はないよ。安心して身体を任せられたし、良い絵も取れた。でコスプレデビューだね。」


 絡みというのは二人の信頼があってこその撮影となる。


 構図によってはもたれ掛かったり、押し合ったり、抱きかかえたりと様々である。


 身体に触れるという意味でも、信頼関係がなければ不用意な接触となり成立しなくなってしまう。


 下心が胸を掴んだりなどという事が発生してしまう要因となる。


 恋人同士であれば、万一下心が増したとしても問題はないのだが……


 そうでなければ、異性での合わせなどセクハラの種としかならない。


「一応シークレットって事で出すんだろ?俺と黒川の二人は。」


 撮影の後に男性陣の名前はどうするかという議題が上がった。


 その場で決められない二人であったため、今回はシークレットとして出して、感想が良かったらその次の作品で公表するという事で纏っていた。


「そうだね。反響次第でいずれ名前公表かな。今の内からコスネーム考えておいて。」



「一応カメラマンとしてROMに名前は残してるけどな、名前のイニシャルだけだけど。」



「あ、確かに。M/Sという名前で載せてね。」


 真道真樋だからSとM。名前が先で苗字が後だからMS。


 単純にMSだと、往年の機動戦士的なモノと連想してしまい権利的な問題からと、間にスラッシュを入れて「M/S」となったのである。




「宿の風呂も良かったけど、練り歩いて色々なところに入るのも良いな。これが温泉街の醍醐味だなー。」


 両手を後ろについて空を見上げる真樋。


 日頃の疲れを空に放出しているかのようであった。


 真樋はふと顔を横に向けて夢月の顔を覗いた。


 そこには恋人の真樋と一緒に旅行に来ているにも関わらず、どこか疲れた表情を隠しきれていない夢月の顔があった。


「本当に大丈夫か?色々詰め込んで心身は疲れてないか?」





「……真樋と一緒に撮影したり温泉に来ている事で察してくれると嬉しいかも。無理だったら来てないよ。」


 最初言葉に詰まった事に戸惑いを感じない事もなかったが、真樋は夢月の言葉を信じる事にした。


 どんなブラックな企業でも、新人が最初のゴールデンウィークも乗り切れないようなところはあるまいと。


(5月病を除けば……)


 

「流石に宿でハッスルは出来ないけど、この時間を大事にするよ。」


 真樋は左手を夢月の右手に重ね、そして添えた。


 ビクっとして反応する夢月。


「触れられると自信がなくなってくるよ。ここが外でなければ、もなければ、このまま浴衣の中に手を入れて欲しいなんて考えてる。」


 身体を少し真樋側へと傾けると、夢月の浴衣には空間的隙間が生まれ、平坦なはずの胸が膨らみを帯びたように見せていた。


「えっちな子は嫌い?」


「嫌いじゃない。夢月じゃなければどうかわからないけど。」


 軽く唇を触れ合わせる真樋と夢月。


 向かいに座ってるカップルの表情が変わったのだが、真樋達の視界に留まる事はなかった。


 触発された向かいのカップルが同じように口づけを交わしたところも、真樋達が知る事はない。




「上州牛さいこー。」



「野菜もさいこー。」


「こんにゃくさいこー。」



「焼きそばさいこー。」


「UDONさいこー。」


「そういやテーブルにあったウェルカムお土産の焼きまんじゅうもさいこー。」


「まいたけさいこー。」


 真樋と夢月はホテルに戻って来ると、チェックイン時に決めていた夕飯の時間となり、様々な群馬県ゆかりの食べ物を堪能していた。


 夕食は食事処や個室ダイニング等ではなく部屋食であった。


 そのため、中居が料理を運びに来る度にわくわくを隠せなかった。




「真樋……」


 デザートまで食べ終わった夢月が席を移動し真樋の隣に腰を落とした。


 その距離は頭一人分尻の位置が離れている程度であり、今にも触れそうな距離であった。


 もし、高圧電流が流れていたらこの距離でも充分に感電していた事だろう。



「酔ってるのか?」


 真樋が妖艶な吐息を漏らす夢月に問いかける。


「まだ未成年だよ。」


 正確には成人済であるが、酒や煙草は法改正前の20歳以上である。


 そのため食前酒ですらジュースであった。


 

「それにしては酔っ払いが迫って来る構図にしか見えないのだが。」


 浴衣が若干開け、中の下着が真樋の目に映る。


 昨年着用していた可愛い下着ではなく、大人を彷彿させる妖艶な下着であった。


 そう感じてしまうのは成人して独り立ちという年齢だからか、それとも実際に夢月が大人っぽい下着を着用しているからだろうか。


 真樋には判断が付きようもなかったが、目を奪われるには充分な色気だった。


「むふっ、真樋。私の胸見てる。ないのがわかっていても目はいっちゃうんだね。」


 真樋の右手が真樋の股間へと導かれる。その反応を楽しんでいるかのようだった。



「しっかり反応してるじゃん。流石に布団では出来ないけど……」


 チラっと部屋に備え付けの露天風呂へを目線を向ける夢月。



「洗いっこしよ?」



「ルビが振ってないけど、それはハッスルしようって事だろ。」


 ゼロ距離となった二人は既に感電どころか軽くヤケドし始めていた。





「それで、何で私は縛られてるのかな?」


 露天風呂の洗い場で後ろでにタオルで腕を縛られている夢月。


「いや、洗いっこしようって風呂に来てからの行動を思い返せ。」



 夢月は自分の身体を使って真樋の身体を洗った。


 以上である。


「その間に何回弄った。何回出させた。幸い全て排水溝に流れていったけどさ。」




「ダ・カ・ラ。ここからは俺のターン。夢月は俺のされるがままという事だ。」


 そして真樋の逆襲が始まる。先日テレフォンせっせっせを目撃された時に真都羽に言われた言葉を思い出す。


(大浴場とか混浴風呂では出来ないけど、結局部屋に備え付けの露天風呂で解放的に性癖を解放させてしまっているな。)



「うっもうお嫁にいけない。真樋、責任取って。」



「それほどの事か?家でしたときもしてたろ、緊縛お漏らしプレイ。」



「家でするのと旅行先でするのとでは違う。いくら湯船でなく洗い場だからって。」



「あと、責任ではないけど。そのつもりがなければこうして色々しないし、想いを口にも出来てないって。それは察してくれって。」



 いつか別れる事を前提に付き合う恋人はいない。


 明確なビジョンがなくとも、いずれは結婚を視野にしているのが恋人というものだろう。


 真樋と夢月も将来を見据えて今の進路を選んでいる。


 幸せな家庭を夢見て、進路を決め、マイホームを持とうとして現在がある。


 責任なんて言葉がなくとも、真樋は夢月を娶るつもりであり、夢月も真樋に嫁ぐ事を前提に交際をしている。


「まぁ、それは言葉の妙というか。将来一緒になるにしても色々と確約というか安心が欲しいというか。」


「明日を頑張る糧ってやつだよ、真樋。」


 その時の夢月はどこか思い詰めた表情をしていたのだが、真樋がその表情を見る事はなかった。


 背中合わせで湯船に浸かっているからこその言葉であった。


 何気ない会話に混ざった夢月の言葉SOS


 ふわりとしたぼかした言葉では気付けないのは無理もない。


 現在が楽しい真樋には、見えない夢月の日常まではわからない。


 真樋の日常は本人だけでなく、それとなく連絡を取っている草津三朝からも聞いている。


 夢月が真樋の事で不安に感じる事は実際にはほぼ皆無である。


 ただし、この時の夢月は心身共に参りかけていた。


 久しぶりに撮影会で顔を合わせた友人、こうして旅行に来た恋人の真樋。


 束の間の癒しが確かに其処にはあった。


 そんな時のポロリと漏らした心情を、勝手に汲み取ってくれというのは不可能なのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る