第10話 高校生⑥ クラスの祝福と山﨑雲母
「おめでとう。」×たくさん
告白の翌日、仲良く手を繋いで登校した真樋と夢月を待っていたのは、これでもかという祝福の嵐だった。
まるでサヨナラホームランを打った選手が受ける洗礼のように、バシバシと叩く者まで現れる始末。
なんだかんだと、恋人同士にならない二人をやきもきしながら見ていたのが、これまでの同級生達であったのだ。
幼馴染以上恋人未満。
最初から最後まで、そのまま入学から卒業までいってしまうのではないかと、二人が進展しないと予想する者も当然存在していた。
「これで、
「やっぱりお前が彼氏になるのか。」
「もうやっちゃったのか?もげろ。」
などというヤジも混ざっていた。
周囲のモブ的なヤジが飛び交う中、真樋達に近付く女子が一人。
付け爪で先端の尖った爪が印象的で、スカートの丈も短く健康的な太腿が露わになっており、髪の色が茶色かかったゆるふわウェーブの若干ギャルである。
大人しめな夢月とは似ても似つかないギャル風の彼女は、いつも夢月達と一緒にいる事が多い親友グループの一人でもあった。
先日の初詣でも、俺様風な彼氏と一緒に真樋達とお参りをしていた。
その時に何を祈っていたのかは誰もしらないが、成就しているかは本人の心の内でしかわからない。
「おめでとー。私も春休みが終わったら新しい彼氏出来たしね。」
夢月の親友・
山﨑は高校入学の頃から彼氏がころころ変わり、この春で既に20人を超えていた。
先の話からも、春休みには前の彼氏と別れており、3年生となった新学期早々には新しい彼氏が出来ていた。
真樋達と一緒に初詣に行った俺様風彼氏とは、とっくに別れていたのである。
「原因はほぼ私なんだけどねー。」
明るい性格のためか、彼氏が変わってもめげている様子はない。
しかしこれまで別れた理由は多くは語っていなかった。
自信の言葉にあるように、山﨑自身に要因はあるのだが、原因ではない。
「それにしても、真道と夢月。漸く彼氏彼女になったのね。そうそう、結婚式には呼んでね。」
絶対や平等などという言葉は、『人は生まれたからにはいつか死ぬ』『感じ方はともかく、等しく時は流れている』、という事以外には当てはまらない。
幼少からの幼馴染で、今更とはいえ両想いだという事が伝わり彼氏彼女の関係になったとはいっても、絶対に結婚するという言葉が当てはまるとは限らない。
その言葉の片鱗は、実はこれだけ彼氏が変わっている山﨑雲母が実は処女であるという事が、他人には信じられないのと同意である。
山﨑雲母という少女は、キスより先の行為を歴代彼氏には赦していない。
その理由は、その先の行為は結婚してから、若しくは結婚の約束をして確約が取れてからと決めていた。
しかし、歴代彼氏の多くは『そんなのは待てない。』というもので去っていったのである。
そのことを知っているのは夢月達親友グループしか存在しない。
そのため、彼氏がころころ変わる山﨑雲母は、ギャル風な見た目も相まって周囲からはビッチだと思われている。
山﨑雲母がキスを許すのは、当然その時の彼氏の事が好き・または好きに近い感情があるからであった。
貞操観念に関しては、若干山﨑雲母本人による呪いのようなものである。
中学時代までの自分と、今お世話になっている祖父母の影響が大きいとも言えるのだが、そこまでは誰にも話してはいなかった。
こうしてギャル風な山﨑が実はまだ未経験という事は、周囲からの絶対やりまくりという観点……印象を裏切っているわけである。
仲むつましい高校生カップルがそのまま結婚に至る方が、実は少なかったりする。
卒業後、じきに出産するカップルも少数存在する現代だが、そんな若夫婦となる者達だって5年後に離婚しているという事だってままあるのだ。
絶対、なんて言葉が当てはまる事象なんて、本当に数少ないのである。
それを言っては元も子もないし、夢も希望もないのだが、別れる前提で付き合っているカップル等はほぼいない。
真樋や夢月も当然であるし、先に1年の時から付き合っている黒川・草津カップルにも当てはまる。
つまり、今山﨑雲母が結婚式に呼んでねと言われても、『その時が来たらね。』と言うのが関の山なのである。
「そうだな。25歳や30歳くらいの時に同窓会でもやりたいよな。その時に薬指に指輪を嵌めていたり、子供の写真を見せられたら良いよな。」
真樋の何気ない返答。
言霊とはある意味呪いの言葉でもある。
指輪を嵌めているかも知れないし、子供の写真を見せるかも知れない。
ただじ、それが誰の指で、誰の子供かどうか……
そして今の真樋の言葉がどうしても頭から抜けなくなる人物が一人、真森夢月である。
それを実感するのはまだ未来の話であるが、今の夢月には忘れられない言葉として、頭の片隅に残り離れる事はなかった。
「それで、昨日告ったんでしょ?それで……シたの?」
妙な貞操観念のある山﨑ではあるが、他人の情事には興味津々なのである。
昭和の親父のように、人差し指と親指で輪を作ってその間にもう片方の手の人差し指を出し入れしている。
「し、しししっし、しっ。してないしっ。」
あまり周囲に動揺や焦りを見せて来なかった真道真樋であるが、珍しくも動揺して言葉がどもってしまっていた。
真樋が野球をやっていた頃の話にはなるが、真樋がアウトになったら試合終了という場面でも、冷静にバッターボックスに立っていた程図太い神経なのにである。
なお、その野球の場面というのは、小学生時代の話で高校生になってからの話ではない。
寧ろイベントなどでの撮影時、他の女性レイヤーの際どい身体のラインの方が、動揺を誘っているであろう場面は多く存在していた。
それでも、真樋には夢月しか見えておらず、殆ど見向きもしていなかっただけである。
「童貞っぽい発言ー。」
「ど、どどどどっ童貞ちゃ……悪かったな。童貞で。」
流石に嘘はつけない真樋。初めて行為を行った女子の翌日がどのようなものか、他の女子生徒を見てなんとなく察している山﨑には嘘は通じない。
下手に格好つけないで、素直に何もしていない事を告げた。
カップルによっては直ぐにそういった行為に進む事もあるので、一概に真樋だけがヘタレとは言えないのだが。
あの桜道での接吻が、現状での真樋と夢月の精一杯であった。
あの告白と接吻の後、家に帰った二人が何をしていたのかは……
本人達にしかわからない事ではあるが、平常心のままであったとは言い難い。
両家では何故か赤飯が炊かれたという事実だけが、真樋と夢月の脳裏を過っていた。
「それならさ、唐突だけど来週プールに行かない?温水の。黒川や三朝達も誘ってさ。」
そういって、何処に隠し持っていたのか割引券を8枚見せてくる山﨑雲母。
大沼達百合カップルも誘おうという事でもあった。
「ちょっと夢月を借りるね。」
プールの参加不参加や、夢月を連れ去るという事への返事も待たずに、強引に夢月を引っ張って行く山﨑。
後に真っ赤になった夢月が真樋の元に戻って来る。
戻って来た山﨑に参加の意を表明をする真樋ではあるが、赤面する夢月を見て、山﨑が一体何を言って何を吹き込んだのか……
気になって三年生初日の授業があまり身に入らない真樋であった。
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