第9話 高校生⑤ 桜道の告白
「今年も同じクラスになったね。これはもう運命かな。」
真樋と夢月は並んでクラス表が貼り出されたボードを見ていた。
小学校・中学校・高校と9年も同じクラスとなれば、運命を語っても間違ってはいないだろう。
いや、幼稚園の2年間もプラスすれば11年連続11回目の同じクラスである。
高校野球の甲子園や、正月の高校サッカーの連続出場も吃驚な程である。
裏でお金でも積んでいれば別かもしれないが、これは順然たる偶然である。
いくつもの必然の延長に偶然が存在し、いくつもの偶然の延長に奇跡は存在する。
つまりは真樋と夢月は、奇跡の上に成った11年間同じクラスという事でもあった。
三学年目も始まり、新しい一年が始まる4月最初の登校の日。始業式と新しいクラスでのホームルームを終えた生徒達は、それぞれ帰路についていた。
三年生ともなれば、彼氏がどうとか、彼女がどうとか、初めての行為云々がどうとかいう会話も、若干当たり前のように飛び交ってくる。
夢月と仲の良かった友人達も既に何人かは経験済であり、二桁目の彼氏がいるという者もいた。
二桁目の彼氏が出来たというのは、山﨑雲母なのだが。それでも彼女は二股等複数同時に付き合った事はない。
ただ、長続きしないだけなのであり、恋に恋するギャル風な乙女なのである。
自分は自分、友人は友人と割り切っているために、夢月は焦ったりはしないが、確実に変化は訪れているはずである。
抑、入学してから告白してくる男子は、減ってはいても今でも同学年から下級生に至るまで未だに耐えていなかったりする。
桜の花びらが地面を敷き詰め、大団円の紙吹雪のように真樋と夢月の周りを舞っている。
桜道とも言える歩道の脇には、原因となる桜の木が後方から前方まで規則正しくほぼ等間隔で並んでいた。
真樋と夢月の他にも、桜吹雪を浴びている学生や社会人は、前方後方にまばらに存在していた。
「ひゃっ。」
夢月が可愛らしい悲鳴をあげる。
真樋が夢月の目の下、頬に張り付いた桜の花びらを取り除いたからだ。
夢月の目先には真面目な表情の真樋の顔がある。
夢月は太陽の陽りと桜の効果で、自身の頬が熱くなっているのを感じていた。
桜の花びらを取り除く際に、真樋の指が夢月の頬に触れていた。
意識をするなというのが難しい状況。真樋の指が気付け剤となって夢月の心臓の鼓動を早めていく。
「あのさ、夢月。」
真樋が一度口を結んで気合を入れた後、若干震える唇から声を絞り出した。
「実はずっと夢月の事好きだった。」
その言葉に夢月は不意を突かれ、何を言われたのかを理解するために時間を要した。
後ろにいた社会人はいつの間にか前を歩いており、その姿は小さくなっていく。
靴の後ろに付着した花弁も見えなくなる程に。
後ろを歩いていた別の高校生カップルも、真樋の言葉に一瞬振り返るものの、「私達にも同じ事があったよねー。」なんて言葉を残して前方の背中と化していく。
制服が違うため他校の生徒なのだが、青春って良いななんて話をして真樋と夢月を煽るエッセンスと化す。
自転車で走り抜ける中学生は、一瞬振り返るが運転に支障を来たすため直ぐに前方を向いて走り去っていた。
高校生ってすげーと思いながら走り抜けたのだろうか。自分には関係ないものの、若干赤面していた中学生。
初詣の時に霞ケ浦に釘を刺されるように受けた忠告。
あれは別にもたもたしていると自分が手を付けちゃうよという意味ではない。
早くしないと、高校生活も終わって接点が激減してしまうという事である。
社会人になってしまうと時間が合わなくなってくるのは仕方がない。
同じ大学の同じ学部に通うのならば、話はまた変わってくるだろう。
しかし、流石にそこまで同じ進路を取るとは限らない。
そうなると、この3年生である1年間が勝負となる。
勝負は、始めなければ勝敗はつかない。
スタートラインに立たなければ、走ることはない、伝わる事はない。
自分の想いを黙ったままでは、これまでの10年間と変わらないまま時だけが過ぎていく。
真樋は一歩踏み出す事を選んだ。
恋心が芽生えたのは幼稚園の頃の夢月のお漏らしだったが。
それからコトコトじっくりと煮込んだスープのような
煮込まれ凝縮されたスープは、熟した果実は、丁度良いタイミングを逃してしまうと、後は腐るだけなのである。
漸く自分が何を言われたのか頭で理解出来たのか、夢月が少し顎を上げて真樋の目を見て口を開いた。
「……過去形なの?」
普通は返事を答えたり、「ありがとう」と礼を言ったりするものなのだが、夢月は恥ずかしさからかそのどれも選ばなかった。
一緒にいる期間が長かったせいで、こういう時にどう答えて良いのかわからないというのが夢月の心境なのだろう。
言葉とは裏腹に、夢月の足が若干生まれたての小鹿や仔馬のように震えていた。
「あげ足を取るなよ。今でも現在進行形だって。幼稚園の頃からずっとだ。」
真樋が告白する決心をしたのは、初詣で百合の女神である霞ケ浦美浦と会話した事による影響が大きい。
今戸神社も東京大神宮も出雲大社も太宰府天満宮も行けない高校生にとっての神頼みは、地元の神社の神様のみ。
何年も報告と願いを連ねてきた神社の神様は、霞ケ浦美浦という邪教徒を利用して後押しをした結果となった。
それにしては、約3ヶ月という長い期間を要したわけであるが、それでも奥手気質の真樋が想いを告げられたのは、毎年の神頼みと霞ケ浦と親友カップル達の影響が大きい。
「遅いよ、でも……私もずっと真樋の事好きだった。勿論現在進行形だよ。他の人の告白を全て断わるの、本当に大変だったんだから。」
夢月は拳を握って真樋の胸に軽いパンチを喰らわせる。
こうして意思疎通が出来た事で男女の関係となり、付き合う事になった真樋と夢月。
桜の花びらが祝福のように舞う、高校三年の4月初めの事だった。
花見を楽しむために、桜の木の脇にある土手に広げたブルーシートに座っている大人達は、酒瓶を掲げて祝福の喚起をあげていた。
歓喜ではなく喚起であるため、ただの雑音としかなっていないのだが、二人の世界に入っている真樋と夢月には雑音ですら耳に入らないようであった。
「あいつら、やっと告白したぜ。」
「ほんとにもう、何年掛かってるのよ。」
高校から一緒になったばかりの、付き合いがまだ2年にしかならない親友、黒川と草津の温泉地名カップルの二人が、桜の木の影から覗いて二人を見守っていた。
親友二人が見守っているとも知らずに、真樋の顔は夢月の顔に引き寄せられていく。
二つの顔が重なり、黒川と草津の二人からゼロ距離に見える恰好となった時、真樋と夢月の唇は密着……熱いベーゼとなっていた。
その重なり合う部分に、一枚の桜の花びらが紛れ込んでいた事にも気付かずに。
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