第8話 高校生④ 二年の初詣とちょっとした危機感
「冬のイベント、あれは異常だったな。」
「告知は私と夢月のSNS(日常と趣味用で使い分けている)とコスプレサイトくらいにしか出してなかったんだけどねー。」
自分の席に座った草津と、前の席に後ろ向きに座った黒川の二人が窓際の席で話している。
今、この場には真樋や夢月達はいない。大沼や山﨑もまた席を外していた。
いつもつるんでいる事が多い6人組ではあるが、全ての休み時間に一緒にいるわけでもない。
他のクラスメート達と話す事もあれば、少し長めのお花摘みという事もある。
年が明けて3学期が始まる。3学期ともなれば、その期間は短くあっと言う間に2年生も終わりが見えてくる。
夏の即売会でバッタリと会った事で真樋と夢月、黒川と草津の4人が一緒にいる時間は、他の大沼・山﨑を含めた時間より確実に増えていた。
夢月の親友の一人であるである山﨑は、相方……恋人がいるため、そちらを優先する事もしばしばあった。
大沼は、部活とバイトを両立させているため、若干輪の中では集まりが悪い方であった。
真樋と夢月は文芸部に所属している。黒川と草津の二人も夏の即売会が終わった2学期から中途入部していた。
また、この学校における文芸部と漫画研究部は、とても密接な関係にあった。
漫画研究部に所属している部員の大半は文芸部にも席を置いている。
この学校では俗に言う部活掛け持ちは許可されており、実際に掛け持ちをしている生徒はそれなりに存在する。
文芸部に中途入部した黒川は写真部と、草津は手芸部との掛け持ちである。
黒川がカメコを強要されたのも、草津がコスプレ衣装を自作しているのも、ある意味では必然であった。
なお、夢月は中学までと違い陸上部には所属していない。
趣味にかける時間が減るというのが理由の一つである。
趣味にかける時間が増えれば、秘密の漏洩にも気を付けなければならない。
夢月は、自身のヲタク趣味の秘密を守るためには、黒川と草津の二人は近くにいた方が良いという事もあり、中途入部には賛成していた。
文芸部では、たまにカムフラージュで表紙を偽りラノベを読んでいる時もあったが、部員同士が深く干渉する事はなかったので、夢月がヲタクだという事は現状では他にバレてはいない。
2年といえば、通常であれば林間学校というイベントがある。
それをさらっと流せる程に真樋や夢月達の恋愛事情には何の変化もなく、あっという間に終わりへと近付いていく。
真樋と夢月の関係は幼馴染のまま、踏み込んだ関係にならないまま時だけが過ぎていく。
ここまでの約2年近くの間で真樋は、周囲からは夢月の彼氏一歩手前、便利屋、アッシー君等色々見られているようである。
真樋が傍にいる事が多いせいか、一時期よりは夢月に言い寄る男子生徒は多くはない。
告白を断られた男子達のその後であるが、諦めて他に彼女を作ったり、男同士バカをやってる方が楽しいと感じたり、その行く末は様々ではあった。
冬休みの他のイベントだが、真樋・夢月・黒川・草津・大沼・大沼の恋人である霞ケ浦(年上女)・山﨑・山﨑の彼氏(入学してから8人目の彼氏)との8人で初詣に行っていたりもする。
部活とバイトを掛け持ちしている大沼にもいつの間にか恋人が出来ていたのである。
それも年上の女性が恋人であった。
神社でのお参りでは、学業成就、恋愛成就など、願う事は人それぞれである。
本来高校生の集まりで、霞ヶ浦は年上であり初詣のメンバーに加わるにはやや異質な存在ではある。
しかし彼女は現在大学生ではあるが、昨年まで同じ学校に通っていた二つ上の先輩であるため、同じ学校に通っていた真樋達とは面識がある。
霞ヶ浦が初詣に真樋達と一緒に参加しても、然程の問題はなかった。
問題があるとすれば、大沼との関係性なだけである。
霞ヶ浦は昨年まで文芸部と漫画研究部に所属していたため、真樋達からすれば同じ部活の先輩という事もあるので、大沼と恋仲になったという事実の方が驚きである。
在学当時から女子生徒とのスキンシップが過度であったため、先輩である霞ケ浦が女子が好きという噂があった。
ただし、特定の人物と仲良くしている様子を見ていない事、同じように彼氏の噂すらなかったために、百合説はあくまで噂に過ぎなかった。
しかし初詣での様子から百合説は立証されたのである。
黙っていれば古風な大和撫子然とした黒髪ロングで物静かな女性である。
夢月が読んだ事のある、恋愛ラノベの負けヒロインと雰囲気がとても良く似ていた。
あくまで黙って見ている分には、財閥の令嬢と言われても遜色はない。
在学中霞ヶ浦が読んでいたのは、百合官能小説が9割だったのだが、それを知るものは交際仲の大沼しか知らない。
「あなた達、まだ突き合ってなかったの?」
言葉だけを聞くと一部語弊を感じるニュアンスで、霞ケ浦は真樋に話しかける。
初詣という事もあり、着物姿で黙っていれば大和撫子然としている佇まいであった。
女性陣は全員着物姿であるのだが、褒める時間は出逢った瞬間に行われていた。
大沼の着付け以外は、母親等家族が行っている。大沼と霞ケ浦の着付けは、お互いが行っていた。
真樋と霞ケ浦を除いた他のメンバーは、引いたおみくじを巻きに行っているため、一人その様子を見守っていた真樋に背後から声を掛けたのである。
「毎年住所氏名と1年間のお礼と
それから真樋は霞ケ浦と暫く会話を続けた。それだけ長く一緒にいるのにじれったいわねと延々と。
一部、女体は良いわよ、触り心地も匂いも弾力も、という他には聞かせられたいアダルトな話も交えて。
バイト先である百合メイド喫茶ではもう……と勝手に会話を続けていた。
大沼と霞ケ浦の接点は、その百合メイド喫茶であった。
バイト先でも先輩後輩、姉分と妹分というわけである。
「思い切って伝えないと、誰かに取られちゃうよ?私とかに。」
あんたは今付き合ってる彼女がいるでしょーが、と霞ケ浦の姿を見ないように前を見て溜息をついた。
黒川と草津の言葉を聞きながら、机に肘をついて窓の外に視線を移した真樋は、初詣の時の霞ケ浦と話した数回の言葉のやり取りを思い出していた。
真樋は「そういえば、霞ケ浦先輩のフルネームは
なお、現在では美浦の妹である霞ケ浦
「霞ケ浦先輩にというのはともかく、このまま何もしなければ確かに誰かに取られてしまうかも知れないんだよな。」
バレンタインを目前にして、真樋は窓の外、校庭の先にある葉の落ちた木に向かってため息を漏らしていた。
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