第3話 きっかけ

「おかえり。帰ってきたらまずは手を洗っ……って夢月ちゃん?」


 真樋が帰宅すると、玄関にやって来た母親が真樋に引っ付いた状態の隣人の子供、夢月に気付いた。


「まさか……誘拐っ!?」


 という母親のジョークをお笑い芸人のようにツッコミ返す技量も話術も園児には備わっておらず、真樋はぽかんと口を開けるのが精一杯だった。



「あう……」


 夢月もこういう時に何を言って良いのかわからず、太腿を擦らせもじもじとしていた。


 タオルで拭きとったとはいえ、身体に付着していた匂いまでは取れていないのだろう。


 その様子を表情から母親は察する。



「じゃぁ、お母さんが洗ってあげるから、真樋は手を洗ってタオルとかを出してきて。」


 しかし夢月は真樋の手を離さない。


「いっしょに……」


 その言葉で察したのか、母親は全てを真樋に丸投げする事に決める。


「まぁ幼稚園児だしいっか。」


 母親が何かに納得していた。



 まずは手を洗い、園児服を脱いでは洗濯機に放り込んだ。


「ぬがせて……はりついてきもちわるいの。」


 一瞬戸惑うものの、真樋は女の子の園児服を脱がせていく。


 スカートを下ろす時、先程の事を思い出したのか少しだけ手が止まり、真樋は一点を見つめてしまっていた。


 全てを剥いだ後、正確には脱がせた後、真樋は手を取って風呂場の中へと女の子を誘った。



 風呂場に入った後、外から母親の声が真樋の耳に入る。


「じゃぁ洗濯しちゃうよ~。」


「わかった~。」


 真樋は母親に聞こえるように声を掛けた。



「あ、そうだ。着替えは……」


「まーくんの良い。」


 まーくんというのは真樋の渾名である。夢月は隣人とはいえこの後帰宅しなければならない。


 まさか裸ワイシャツのように、下着を身に着けないでダボダボのシャツなどを着せて帰らせるわけにはいかないのである。


 はりついて気持ち悪いと述べた下着は今は洗濯機の中。ぐるぐると目まぐるしいこの時間と同様に回っている。


 残念ながら幼児であるが故に、こういう時のアイデンティティなどあるはずもなく、それ以上の会話は続かなかった。


 これが高校生であれば、男性の下着を女性が穿きたいとなれば、何かしらのロマンスの一つも生まれそうなものだ。


 幼稚園児の下着ではそこまでのロマンスイベントは、期待する大人の心が邪なのだろう。


「まーくん洗って……」


 真樋は異性の身体を見るのは初めてではない。


 今では殆ど一人で風呂にも入っているけれど、母親の身体は見ている。


 そして2つ下の妹の裸も見ている。だから全く知らないわけではなかった。


 それでも、身内とそれ以外では勝手が違うのは園児であってもなんとなく察していた。


 それに、幼稚園に入る前にも真樋と夢月は一緒に風呂に入ったり、全裸で家庭用プールに入ったりもしている。


 なんなら、くんずほぐれつ組み合いじゃれていた事だってある。


 ここで変な気を起こすのは、大人の脳を持った人くらいである。4歳5歳が考える事と言えば……


 せいぜいがツイてる、ツイてないである。


 全裸で向かい合う二人の園児、真樋は一度お湯に晒して絞ったタオルに、シュコシュコと三度容器をプッシュして噴き出したボディソープを付けて泡立てる。


 真樋はそれを黙って直立する夢月の首回りから軽く当てていく。


 ボディソープの香りが二人の周囲を飛び交い、花畑にいるかのような錯覚へと導いていた。


 真樋は腕、胸、お腹と段々と洗う部分を下げていく。


「んひゃぁぁ。」


 夢月が声を上げる。


「ごめんね。でも良く洗わないとばい菌が入っちゃうから。」


 そして太腿、足と洗っていった。


 最後に背中から尻と背面側を洗っていく。


「ひゃぁっ。」


 先程よりも甲高い声が夢月から上がる。


 他人に触れられるという事が、いつも自分で洗う感覚とは違うのだろう。


 それがえっちな事だとも知らずに、真樋も夢月も触れて触れられていた。 


 そして一通り洗い終わると、真樋は泡を洗い落としていった。



「まーくん、おかえしに洗ってあげる。」


 自分がした事と同じ事を今度は真樋が受ける事となった。


 まだ真樋の可愛らしい象さんは、ぱおーんする事もなくただ垂れ下がっている。


 将来誰かをヒィヒィ言わせるのかはともかく、その放水穴は床面に向かってぷるぷると揺れていた。




 真樋達が身体を洗っている間に、真樋の父親は買い物に出ていた。


 夜勤明けだったのか、先程は顔を出さなかったが、父親も家には在宅中だったのである。


「幼児の女児服を買うのは中々ハードルが高かったぞ。」


 父親がそう言いながら母親に荷物を手渡していた。


 子供同伴ならばなんて事はないだろうが、大の大人が異性の幼児のモノを買うのは、世間的に若干抵抗が生まれてしまう。


 普通に考えれば子供のものを買いに来たと思われるだけなのだが、世の中には一定の変態が存在する。


 100%子供の為のモノとは限らないのも事実である。


 なお、真樋の父親にそういった変態的趣味や嗜好は存在しない。


 本人が懸念するような周囲の奇異な目というのは、ただの杞憂なのである。




 真樋と夢月は湯船に浸かってしばらく互いの目を見つめ合っていた


 あまり語らない夢月を心配している真樋。たまに視線を若干落としたりしていた。


 単に目をずっと見ているのが恥ずかしいのと、たまにするお泊り会の時とは違う入浴に戸惑いを隠せないのであった。




 真樋と夢月が風呂場から出ると、そこには母親が置いたのか、タオルと着替えが置かれていた。


 残念ながら、夢月が希望した真樋の下着はおあずけとなった。

 

 拭いてと言われそうだなと察したのか、真樋は夢月の身体を拭いていった。


 一方これまた先程と同様、お返しにという名目で夢月が真樋の身体を拭いていった。


 洗いっこに拭き合いっこ、そして着せ合いっこをする事となった。



 そして二人がリビングに向かうと、そこには二人分のコップとデザートの皿が置かれていた。


 真樋と夢月の分である。



「おとさんもおかさんもおしごとでまだかえってない。」


 夢月の両親は共働き……とは言っても母親はパートなので16時過ぎには帰って来るようだが、帰宅予定時刻までは若干の時間がある。


 その時間潰しと洗濯物を乾かす時間のために、風呂上がりの温かい飲み物とデザートである。


「いつもお留守番してるんだ。偉いねぇ。」


 夢月は所謂鍵っ子である。夢月の母親から同じ年代の子を持つ親という事で、真樋の母親は気に掛けるように頼まれていた。


 夢月が一人で外出したり、変な来客が来ないか目を光らせる程度の事ではある。


 園児服や下着を乾かす時間もあと僅か、乾燥機の力は偉大である。


 母親は夢月のお漏らしの事は既に察しているので、何を話して良いのかわからない夢月の心を少しでも軽くしようと、少しの時間会話をして時間を費やした。


 家まで送るにしても、今の状態で一人で帰すわけにはいかない。


 服装も変わっているわけだし、夢月の親にも事情は説明が必要だった。



 夢月の母親の帰宅時間に合わせ、会話をして和ませ、園児服が乾いたらアイロン掛けをして綺麗な袋に詰めていた。


 その間、終始夢月は真樋の腕の裾を引っ張ったままだった。




「態々申し訳ありません、それとありがとうございます。」


 夢月を家まで送ると、母親が出てきて親同士で会話が始まる。


 態々真樋が夢月を洗ったとまでは説明はしなかった。


 これが創作の世界であれば、「未婚女性の裸に触れたのだから婚約成立。」などという事は発生するご都合展開があるのかも知れないのだが。




「まーくん。ありがと。ここがぽわんとした。またね。」


 夢月が自分の直下型の胸に手を当てる。それは心がぽわんと温かくなったという事である。


 バイバイと手を振る夢月に、園児心ではあるがドキっとしてしまうのを真樋は感じていた。


 夢月と別れた後も胸の当たりがドキドキしているせいか、手を当てて何か確認しているようだった。



「本気で惚れたか。マセガキめ。」


 母親の言葉の意味はわからない真樋だったが、なんとなくほんわかとした温かいものを感じていた。



 そしてこの時の事がきっかけで、真樋と夢月は幼稚園でも一緒にいる事が多くなった。


 周囲の少しマセた子から、「ふたりはおちゅきあいしちぇるの?」と言われるくらいには。




 実際、お泊り会の回数が増えるくらいには仲良くなっていた。


 それが恋愛感情によるものなのか、特に親しい友というものなのかまでの判断は付いていなかったが、幼馴染という言葉がしっくりくるような関係には発展していた。


 これまでは一番仲の良い隣人の友達だったのだが、お漏らしをきっかけに更なる親しさを増し、誰が見ても幼馴染という関係へと発展していた。



 幼稚園児にも、誰誰が好きという感情は持ち合わせている。


 当人同士は周囲の子には話さなかったが、親から見た二人の感情は恋愛感情だというモノに気付いていた。

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