第4話 名前呼びと進路と苦くないチョコレートと
夢月のお漏らし窮地を救った事で仲の良い隣人の子から、幼馴染という関係になった真樋と夢月。
小学校中学年まではお泊り会をして、何度も一緒の風呂に入るくらいの仲が続いた。
裸という事に違和感……羞恥を感じ始めたのは、思春期が女子の方が若干早めに来る事に起因している。
それまでは何となく行われていた「〇〇君が好き」というバレンタイン等にも意味合いは変化が訪れる。
男子が好きな女子を揶揄ったりして喜んでいる時期に、女子は一歩先に進んだ感情と想いを抱くようになる。
早い子では既に身体の変化を感じている。
一緒に遊ぶ事はあっても、泊まったり一緒に風呂に入ったりという事は徐々に減っていった。
小学4年生にもなれば一部では胸が膨らみ始めるなどの変化がある。
夢月にはそれはなかったが、友人の何人かには若干の変化があるようで、この頃から一気に異性の目が気になりだしていたのである。
そうなってくると、普段付き合う相手も同性が増え始め、真樋と夢月が遊ぶ回数は徐々に減っていく。
中学生になり、ほどんどの女子に変化が表れていた頃、夢月にはほぼ全くといっていいくらい身体の変化がなかった。
考え方だけ背伸びをするように大人ぶっていくものの、身体だけはお嬢ちゃんと呼ばれる体型のままだった。
それでも周囲の目を惹くくらいの美少女っぷりは健在しており、同性からも異性からも注目されるくらいには人気があった。
中学生故か、スカート丈は靴下の上の脛がが見える程度の長さであった。
夢月に対して一方の真樋は……
「結局3年間で公式戦は10勝も出来なかったな~。」
3年生は夏の大会が終了すると大抵の生徒は引退する。それは主に受験に集中するためである。
早い生徒は夏休みには本格的に受験勉強が始動しているが、大会を残している運動部においては大会が終了してからという人が多い。
「真樋、今部活帰り?」
中学生にもなると、お互いの呼び方は渾名から名前へと変化している。
幼馴染故か、苗字ではなく名前であるのだが、周囲からは変に勘ぐられたりはしていない。
同じように名前呼びをしている男女は恋人同士でなくとも存在するからであった。
3つの小学校から集まった中学校ではあるが、そこはまだ小さな集団であるため、真樋や夢月達のような関係の子供は一定の数存在していたのである。
大方の運動部は夏の大会が終わると、後は卒業までは部活は自主参加である。
高校での部活継続を見据えて、引退せずに練習だけ参加する人もいる。
部活留学やスポーツ推薦で進路が決まっている生徒が、身体を訛らせないためにと続けるという事もある。
真樋は大会が終わった後も、週に1~2回部活に顔を出していた。
「ん?あぁ。高校でどうするかは決めてないけど、たまに身体を動かさないと落ち着かなくてな。」
真樋と夢月の関係に変化が訪れたのは、夢月の思春期だけでなく、真樋が小学校の頃から始めた野球の影響もあった。
土日を少年野球チームで時間を使う事が増えれば、自然と会う回数が減ってきてしまうのである。
尤も真樋がチームに所属したのは小学5年生からなので、丁度夢月の思春期で一緒に遊ぶ事が減って来たあたりからである。
軽いすれ違いがそこそこのすれ違いへと発展。幼馴染という関係こそ切れてはいないが、一番の親友というポジションには揺らぎが生じていたのであった。
中学に上がる前には二人の呼び方に関して変化は訪れていた。
真樋は小学校低学年までは「むっちゃん」や「夢月ちゃん」だったが、野球を始める少し前には「夢月」となっていた。
夢月も同じように「真樋君」だったのが、「真樋」となっていた。
呼び方を変える事で、幼馴染の繋がりを強固な糸にしたかったのかも知れない。
君やちゃんが付いていると、どうにも軽い気がしていた二人。
小4のバレンタインの日、真樋がお礼を言う時に「夢月」と呼んだ時からお互い呼び捨てで呼ぶようになった。
「そっか。そういえば真樋は高校どこにするかもう決めたの?」
真樋と並走するように横を歩く夢月が、上目遣いで訊ねていた。
細かい仕草までは気付かない真樋であるが、
「ん?地元の〇高校にするつもりだけど。今の学力でも行けそうだからな。」
「野球……強くないけど良いの?」
「強い所に行ってもどうせレギュラーには成れないだろうし。それだったら強い所を倒せる学校の方が良いかなって。」
この瞬間、夢月の進路も決まったのである。
願書の提出、試験当日、合否発表まで安心は得られないが、進路を聞き出せたのは夢月にとっては僥倖であった。
一方の真樋も自分の進路を言う事で、もしかしたら夢月が同じ学校を選択してくれるのでは?という打算があった。
夢月は念のため滑り止めの私立も聞き出し、対策する事も忘れてはいなかった。
中学卒業間近を控えた2月14日。既に滑り止めと称していた私立の試験は終わっている。
本命である地元の県立高校の試験を翌週に控えた、試験前最大のイベントであるバレンタイン。
「真樋、今年もあげる。」
夢月が差し出した手には綺麗に可愛くラッピングされた包み。
「どうせ家族以外で他にくれる人いないでしょ?」
若干棘のある言い方ではあったが、これはここ数年毎年の事なので真樋は気にはしていない。
「ん。ありがと。それが、今年は後輩の子から一つ貰ったんだよ。夢月も知ってると思うけど野球部のマネージャーの子。」
受け取りながら真樋は答えていた。
「え?それで付き合うの?」
若干焦った様子で聞き返す夢月。
「どうしてそうなるのかわからないけど……受け取りはしたし、お礼はしたけど。交際については断ったよ。」
軽い言い方ではあったが、実際の所の真樋はといえば、きっちりと丁寧にお断りをしていた。
好きな人がいるから気持ちには答えられない、ごめんなさい……と。
それを夢月には言えないあたり、恋愛感情に関しては真樋がヘタレている事が窺える。
幼稚園の頃、お漏らしをした夢月の太腿等を拭く時にスカートを捲った時とは違うのである。
「へ、へぇ。勿体ない。私以外に漸くチョコをくれる人が現れたのに。」
「そうなんだけど、(義理であっても)夢月がくれてるうちは他の人からはいいかなって。」
それが若干告白染みているのだが、真樋はそれには気付かない。
顔を赤らめた夢月だけが、何となく察していた。
少なくとも親友以上恋人未満のポジションを守れている事にホっとしている夢月であった。
しかしそれ以上先には進まない、それが「幼馴染」というある意味呪いにもなっていた。
義理のように毎年贈っているチョコレートが、実は手作りだという事を真樋は知っている。
それでもどうせ義理チョコなら手作りじゃなくても良いとは、とても言えないのであった。
それを言ってしまえば、義理すらも貰えなくなってしまうのではないかと懸念して。
それならば素直な気持ちを言えば良いのだが、臆病な真樋には口にする事が出来ないでいた。
それに、もしかしたら義理だと思っているのは自分だけなのでは?という僅かな希望も消したりはしたくなかったのである。
夢月としても、手作りチョコを渡してるのだから、これが本命だと気付いて欲しい……とは言えないでいた。
断ったとはいえ、自分以外のチョコレートを贈った後輩……ライバルの出現で関係に変化が訪れるのかどうか。
この時では誰も知りようもなかった。
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