第4話 「お兄ちゃん」

「ヨリト」


 人攫いを倒した後、カナリアが、微笑みながらこちらにやって来た。


「ありがとう、とっても格好よかったわ。本物の、剣士みたいだった」

「……あいつらは、大丈夫だろうか」

「死んでいるわけじゃないわ。止血だけしておきましょう」


 依人の剣を受けてのびている人攫い集団を見ながら、先程までの自分を振り返る。

 やはり、異常だ。

 元の世界でも喧嘩は強い方だったが、剣を振るったことは数えるくらいで、その構え方も知らないはずだ。


「すげえな、これ。ヨリトがやったのか」


 敵を撒いたスピウスが合流して、パニから飛び降りた。辺りを一瞥して少女を見つけると、あっと声を上げた。


「ピリン! 何でこんなところにいるんだ」

「お兄ちゃん!」


 少女から発せられた言葉に、依人は耳を疑った。


「兄妹だと? スピウスの妹なのか?」

「……ああ、そうだ。助けてくれて、ありがとう」


「お兄ちゃん全然戻ってこないから、会えて嬉しいです!」

「何呑気なこと言ってんだ、あのまま捕まっていたら、売られる所だったんだぞ!」

「そうだけど……痛っ!」


 不意に少女が顔をしかめ、腕を押さえた。それを見たカナリアが、荷物を取り出しながら優しく声をかけた。


「どこか、怪我をしているみたいね。薬を塗ってあげるわ」


 少女はしばし躊躇っていたが、カナリアの微笑みに安心したのか、やがて袖をまくって腕を見せた。


 細い腕からは、何かの液体が流れている。水銀のようなそれを見て、依人は目を見張った。


「銀色の……血だ」

「……初めて見たわ。あなたは銀血族なのね」


「なんだ、その銀血族ってのは」

「体内に銀色の血を宿す人々よ。その血はとても貴重で……飲めば不老不死になる、という噂もあるわ」


「噂って、本当なのか」


 人攫いの荷物から何か使えそうな物がないかと調べているスピウスが、その手を止めた。


「……だったら、どうすんだ」

「どうもしないさ。言いたくないんだったら、別にいい」


 一瞬の沈黙の後、スピウスが答えた。


「……本当だぜ。銀色の血を飲めば不老不死になれる。……ただ、少しじゃダメだ。不老不死になるには、人一人分くらいは必要だ」


「ねえ、兄妹なのだとしたら、スピウスの血も銀色なのかしら?」

「俺は元々銀血族じゃねえから、違う。ピリンとは義兄弟なんだ」


 スピウスはそう言うと、手持ちの短剣で指の端を切った。


「ほら」


 見慣れた赤い血が、重力によって下に流れてゆく。

 液体の地面に落ちる様を眺めていると、突然服の端を引っ張られる。依人が振り向くと、手当てを終えたピリンが、カナリアの手を借りて立っていた。


「あの、あなたもどこかの民族の方なのですか? 見慣れない格好ですね!」

「ああ、これはスーツだ。俺は遠い世界の民族なのさ」


 プロポーズのために新調したスーツも、返り血を浴びている。洗ったら落ちるだろうか、依人はそんなことを考えた。

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