第3話 「助けに来た」

 遠くの方で爆発音が起こり、7人の人攫いのうち2人が様子を見に行った。


 依人とカナリアは、攫われた子供を救出したいと言い張った。スピウスにも異論はなかった。

 ただ、3人とも戦闘が得意なわけではない。まずは分散させようという結論に至った。スピウスが、何かで気を引いてくる、と言い残し、パニに跨っていなくなったのだが。


「5人か……、意外に多く残ったな」

 

 依人は呟き、隣のカナリアを見た。彼女は、背中の杖を取り出して、慎重に言葉を紡いでいる。


「『月の光を浴びし幻想の神よ 我に力を貸し給え』!」


 杖が光ると同時に、残った人攫いの男達がよろめき出した。

 

「何をしたんだ?」

「ミゲツ様は幻想を司る神様よ。私も幻覚は使えないけれど、敵の視界を歪ませるくらい出来るわ」


 カナリアは、成し遂げた顔で杖を握っている。祠で霊力を集めたとはいえ、その力を使えるとは思わなかった依人は、感嘆の声を漏らす。


「おお! それはどのくらい持つ?」

「んー、今の実力だと、3秒ね」

「短いな! だが、十分だ」


 依人は建物の陰から飛び出すと、突然視界が歪んで混乱する人攫い集団の間を抜け、荷車に辿り着いた。

 剣を出して袋を引き裂くと、中から年端も行かぬ少女が現れた。彼女は両手足を縄で縛られており、恐怖に満ちた目で依人を見た。


 あまりの幼さに面食らうも、すぐに依人はその縄を斬って手を引いた。


「怖がらなくていい、助けに来たんだ。逃げるぞ!」


 盗賊団と戦うのは難しくとも、隙をついて子供を攫うことはできる。

 「助ける」と言う言葉に一瞬少女の目が輝いたが、すぐに首を振った。


「私は、逃げられないのです」


 手を引かれても、少女は動こうとしない。依人は少女の思わぬ行動に、焦って声を上げた。

 

「逃げられないって、なぜだ! このままだと売られてしまう。立て、走るぞ!」

「私は、走れないのです!」


 荷車の上で座り込んでいる少女は、長いスカートの裾を持ち上げて見せた。先程まで見えなかったブーツの上の部分が顕になる。その小さな足には、すね、膝から太ももに至るまで、見える範囲はびっしりと何かの呪文が刻まれていた。

 肌に直接刻まれた赤黒い文字に、思わず依人の息が止まる。


「ですから、私のことはいいです! あなたは逃げて!」


振り向くと、視界を取り戻した男が剣を振り上げていた。咄嗟に右手の剣を強く当てて弾き、男はよろめいた。ただ、人攫いの他4人も依人を狙って剣を構えている。


少女を守りながら、5人を相手取らなければいけない。できるかではない、やらなければいけないのだ。依人は自分に言い聞かせた。


「……受けて立つさ!」


 よろめいた男がもう一度剣を振り上げたので、すかさずその胴を狙う。重い、嫌なほど確かな手応えがあり、血飛沫が上がる。


続けてやってきたうちの1人と鍔迫り合いになるが、力で押し切り、そのまま剣を滑らせて切り伏せる。振り向きざまに背後の剣を下から弾き、がら空きになった身体に剣を突き立てる。


「ヨリト、すごいわ! こんなに強かったのね!」

「話しかけるな! 俺は人を斬ったのなんか初めてで、手が震えているんだ!」


 隠れるのも忘れて声援を送るカナリアを、依人は一喝する。


 残るは2人。依人は足をめがけて薙ぎ払ったが、容易く飛び越されてしまう。すぐに構えを直し、男が着地した所を狙って剣を突き刺す。

 剣を腹に入れられた男がよろめくと、その肩を蹴って剣を抜くと、身をねじって最後に襲いかかってきた男の剣を弾き、そのまま素早く切り捨てた。


「……っはあ、はあ」

「あの、見捨てないでくれて、ありがとうございます」


 肩で息を切らす依人は、あまりに夢中で自分が何をしたのか理解できなかった。ただ、必死にお礼を言う少女を見てやっと、女の子を助けられたのだ、と実感した。

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