第2話 「怪しいなんて失礼ね」

「右を行くのは、馬鹿のすることだ。呪術師の縄張りに自分から向かう奴はいないだろ」


 スピウスは適当な性格に見えて、慎重なところがある。依人は、彼の乱暴な声を聞いてそう思った。


「それに、自分がいる国の名前も知らないような奴の言うことなんか、聞く必要ねえ」

「おいおい、俺はカナリアに比べて随分軽視されているな」


 無礼なスピウスに依人が苛々と返事をしていると、目の前でカナリアが何かを閃いたように手を打った。


「それなら、偉大なコンドール先生に聞いてみましょう!」


 急に知らない名前が登場し、依人が驚いているとカナリアが一冊の赤い本を取り出した。

 本は小型で文庫本程のサイズだが、その厚さは異常だった。500Pはありそうな幅をしている。

 表紙には、黄色でデカデカと文字が書かれていた。


『これを読めばあなたの運勢もぐんぐん良くなる! 運気を上げる2998の方法! コン★ドール著』


「先生ってこの本かよ、怪しすぎるだろ! 何の意味があるんだ真ん中の星は! 数字も中途半端だな、あと2つぐらい思いつけよ!」

「怪しいなんて失礼ね! コン★ドール先生は常に正しいのよ。これを見れば明日の天気も、未来の結婚相手も全部分かるのよ!」


 カナリアはご機嫌でページをぱらぱらとめくっていく。


「カナリア、不本意だが俺も依人と同意見だ。パチモンじゃねえか、そういうの」


 異を唱えたスピウスに対しても、カナリアは違うという様に指を振った。そして、


「あったわ! えーと、2つの道に悩んだ時は、


★この本を開いた場所から、右手に向かうと良いわよお


ですって! 単純明快、さすが先生ね!」


 ちょっと待て、それだと本を持つ向きによって右手は入れ替わるのでは……?


 呆然とする依人とスピウスをよそに、カナリアは上機嫌で右の道を歩き始めた。



 一行は、山の麓に辿り着いた。高い木の少ない岩山で、緩やかな斜面の道が、山を纏う様にカーブを描いていた。

 煉瓦の建物が点在していたが、人の気配はない。遥か昔に作られた遺跡なのだろう。


「山の上にある街が『夜ノ街』と呼ばれる様になったのは、そこから無数の星が見えるからだ。天に一番近く、夜にこそ、美しい。――だが数年前から、呪術師がその空を厚い雲で隠すようになった。丁度、王妃が亡くなった辺りか」


 スピウスは、何かに思いを巡らせるように言った。


 王妃――カナリアの母親が亡くなったのは数年前なのか。依人は黙ったままで考えた。その時には既に、カナリアは城から逃げて城下町で暮らしていることになる。

 依人は、改めて若い王女の苦悩を思いやった。


 3人が黙り込んだとき、狼のパニが鋭く唸り、スピウスがその身を強ばらせた。


「誰か来る、複数だ。どうする?」

「商人なら良いけれど、盗賊なら関わると厄介ね。建物の陰に隠れましょう」


 依人には何も聞こえなかったが、『月光ノ祠』でもパニに助けられてきた。ここは素直に従う方がいい。

壊れかけた建物の中に隠れると、依人は煉瓦のふちに手をかけて、通り過ぎる一団の様子をそっと覗いた。


 やがて現れた集団は、屈強な男達だった。大きな足で地面を揺らし、けたたましい笑い声を上げて闊歩してゆく。

 盗賊団だろうか、それなら関わり合いはごめんだ。


 ブーツが地面を叩く音に混じって、荷車の車輪が軋む音が聞こえてきた。男達は、何かを運んでいるらしい。


荷車の上には大きなずだ袋が乗せられていた。一体何を運んでいるのか、目を凝らした依人は息を呑んだ。


 ……そんなことが、起こり得る世界なのか。


 目の前の光景に愕然としながら依人は呟いた。


「盗賊団じゃない、人攫いだ」


 袋の口からは、小さな子供の手がはみ出ていた。




〜運勢診断〜


★あなたは今すぐに時計を見なさい、その時刻、最後の一桁によって運勢は決まるわ


偶数:かなりいい日になるわよお

奇数:ちょ〜っと悪いことが起こるかもねえ


※ コン★ドール, 『これを読めばあなたの運勢もぐんぐん良くなる! 運気を上げる2998の方法!』, p178. より抜粋

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