夜ノ街
第1話 「呪術師ディーダ」
依人、カナリア、スピウスの3人は、澄んだ空気の中を歩いている。
空は晴れ渡り、真昼の日差しが眩しい。遮蔽物のない道がまっすぐ続き、先日暗い森の中で『月光ノ祠』を開けるために奮闘したことなど、嘘のようだ。
非現実じみた出来事が続くと、遠い地球のことなど忘れそうになる――太陽の眩しさに目を細めながら、依人は思った。自分が住んでいるマンション、週5日で通う勤務地、燃えるゴミの日は何曜日? 朝に覚えたはずの夢のように、記憶が霞んで消えてゆく。
だが、忘れてはいけない約束がある。恋人の千恵と交わした約束だ。
『朝六時に 親水公園の時計台』
俺は旅を続けている。約束を守り、千恵にプロポーズをするために。
ふと隣を見た依人は、隣を軽やかに歩くカナリアと目が合った。彼女は、どうしたの? とでも言いたげに微笑みかけてくる。
カナリアはこの国の王女であり、今や敵の支配下に置かれつつある国を取り戻そうとしている。そのためには巫女の力が必要で、更に依人のことも約束日の半日前に地球に送ることができるらしい。
ただ、地球の時間は今も進んでいるはずだ。依人は、“自分のいない時間”について考えた。恋人の千恵が、時計台でずっと自分を待っている姿を想像すると、居ても立ってもいられなかった。
依人は、前を歩くスピウスに声をかけた。
「おい! あとどのくらいで『夜ノ街』に着くんだ」
「その質問には即答できねえ、前を見ろ」
スピウスに言われて前方を向くと、道が二手に分かれていた。左はこれまでの様な起伏の少ない草原が広がっているのに対し、右は遠くの岩山へと続いている
「『夜ノ街』は、山の遥か頂にある。左は山の周囲をなだらかに登る道で、右は頂上まで直線的に登らせる登山道だ。旅程は2日ほど遅れるが、左を行こうと思う」
「なぜだ? 早く着いた方がいいだろう」
早く元の世界へ戻ることを願っている依人としては、近道があるなら使った方がいい、という焦りの気持ちが口から溢れる。
「そうね……私も国のために旅程は短縮したいけれど、何か理由があるのかしら?」
「ああ。この辺りは、呪術師ディーダのテリトリーだ。奴の呪文が配置されている可能性もある。慎重に動いた方がいい」
呪術師、依人には馴染みのない単語だ。想像しようとして、東北への旅行先で見かけたイタコを想い出す。霊的な力はありそうだが、戦闘になって負ける気はしない。
「呪術師って言っても、人間だろ?」
「確かにそうね、呪術師は呪文を扱える人間のことよ」
「なら森のヌシみたいな怪物じゃないだろうし、ディーダのエリアを突っ切ってもいいんじゃないか?」
しかしスピウスはこれを聞いても、首を縦に振らなかった。狼のパニが不安そうに、彼の足元に擦り寄る。
「呪術師ディーダってのは、とかく悪い話しか聞かない。ヨリトはともかく、姫さんに何かあったらどうすんだ」
「いいや、カナリアもこの……名前は知らないが、この国を一刻も早く救いたいと思っているはずさ」
依人とスピウスの視線が集まったカナリアは、そうねえ、と指を顎に当てて考えたが、
「私はどちらでもいいわ! 早く着くなら嬉しいし、危険があるなら避けたいもの!」
と、参考にならない意見を出した。
―パーティーメンバー紹介―
髙岡依人
・25歳
・異界に召喚された若手サラリーマン
・座右の銘は「為せば成る」
カナリア・ウェスタトリ
・16歳
・隣国に支配されつつあるウェスタトリ王国王女
・昔は弱虫だったが、今は昆虫も平気
スピウス
・20歳
・森で出会った青年
・背が低いことを、気にしている
パニ
・スピウスと契約した狼の聖獣
・毛はモッフモフ、撫で心地◎
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