第18話 「これから、よろしく」

「……ヨリト! 目を開けて!」


 依人は、誰かに呼ばれる声で目を覚ました。


「お……俺は……?」

 しわがれた声で依人は尋ねた。身体を動かすと、肩に鈍い痛みが走る。


「痛っ!」

「まだ、動いちゃダメよ」


 安心したのか、カナリアが優しく言った。依人は、自分がカナリアの膝の上で寝かされていることに気づいた。傷口の血も止まっている。恐らく、手当をしてくれていたのだろう。依人は礼を言って立ち上がった。


「ヨリト、貴方はさっき、自分はイディールと同じと言っていたわ。でも、それは違う。貴方は全てを置いて来たわけじゃないわ。全て守るために、戦っているもの」


 依人は何も答えられなかったが、そんな彼の表情を見て、カナリアは優しく微笑んだ。


 パキ、と石の欠片を踏み砕く音が聞こえた。スピウスが、パニを連れてこちらにやって来ている。


「杖が光って、この辺りにあった幻想が一斉に消えた。……これで、お前が姫だということが、証明されたとでも言うのか」


「信じてくれたかしら」カナリアが肩をすくめた。

「疑って当然よね。今まで隠れていたんだもの」


 スピウスは、黙ってパニの毛を撫でた。これは、スピウスが何かを考えている時の癖だと、出会って数日の依人にも分かった。


 出会った時、スピウスは城に行く途中だと言っていた。


「スピウス、お前は一体何が目的なんだ?」

「……ミゲツは、幻想を司る神だ」


 スピウスは依人の質問には答えず、話を続けた。


「人々が抱く幻想を叶え、幻想に惑わされた時にはそれを砕く。奇跡も起こすが、夢も見せる。幼い頃、聞いた話だ。王国には数多の神がいるが、これほど強大な力を持つものは、ミゲツを加えても7神だ。……そして、王家の女性は、生まれながらにしてその力を扱えるという」


 スピウスは言葉を切った。つぎの瞬間、その目をまっすぐカナリアに向けて言った。


「お前は、その力を使えるのか」


 カナリアは、悲しそうに首をふった。


「私には、巫女の力は受け継がれなかったの。そのため、今は霊力を集める旅をしているのよ。ヨリトと一緒にね。それに、今日、1つの力が手に入ったわ」


 首を傾げて依人を覗き込むカナリア。彼女の束ねた髪が、風に流れる。


 パニが、スピウスの足に擦り寄る。迷っている彼の背中を、押しているようだった。


「カナリア、お前が本当に姫なら、来てほしい場所がある。お前たちの望むものも、その場所にあるだろう」

「本当に? もちろん行くわ!」


 カナリアは言った後で、はっとしたように依人を見た。二つ返事をしてしまったことで、警戒心を持て、と言われることを気にしているのだろうか。


 ただ、依人は首を振った。


「少しは警戒しろ、と言いたいところだが、スピウスがいなければ、俺たちは祠に辿り着く前に死んでいただろう。霊力のある場所を知っているのなら、俺もこいつの案にのることに賛成するさ」


「んじゃ、決まりだな」スピウスは、軽い足取りで依人の前まで近づいた。

「これから、よろしく頼むぜ。もちろん、パニも」


 パニが嬉しそうに鳴き、依人の顔を舐めた。依人は、手を伸ばして毛で覆われた身体を撫でた。見た目よりも、ずっとふわふわで、太陽の匂いがした。


「祠は、また扉が閉じてしまったんだな」


 依人が開けたはずの祠の扉は、現在はぴったりと閉じてしまっていた。


「大丈夫よ。もう、開ける必要がないもの」カナリアの高い声が答える。

「ゆっくり休んだら、出発しましょう。1つを、2つにするために」

「ああ、そうだな」


 依人は頷いて、すっかり明るい空を見上げた。陽の光があたたかく、どこからか、鳥の囀る声がする。元の世界では、恋人の千恵が俺を待っているなんて、夢のようだ。


 でも、と依人は自分に言い聞かせた。プロポーズ当日に、道を走った記憶は夢じゃない。冒険の日々はこれからも続きそうだ。それでも、


 必ず千恵の所に戻るから

 そうしたらこんな冒険譚も、笑って聞いてくれるよな?


 王国を救って、元の世界に戻る。俺の冒険は、まだ始まったばかりだ。



第1章 完

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