第17話 「ミゲツ様」

「ぐぁああああああああああ!」


 焼け付くような痛みに、意識を翻弄されながらも、依人は扉を開ける力を緩めなかった。依人の肩からは、血がとめどなく溢れてくる。


 カナリアの悲痛な声が聞こえた。彼女は信者たちにはがいじめにされているが、なんとか抜け出そうと身をよじっている。


 突然、依人は強力な気配を感じた。石の扉が、少しずつ開いている!


 肩の痛みは依然として残っていたが、今この手を離すわけにはいかなかった。


「ヨリト! 扉を!」


 カナリアの声が背中に聞こえた。カナリアも、扉の奥の存在に気づいているのだろう。


「手を離せ、愚か者! また神の裁きが降るぞ!」


 イディールは、いつの間にか、手にあの白く輝く石を持っている。


「聞け、イディール! 俺もお前らと一緒だ。仕事も恋人も、全て置いて来た!」


 気を逸らそうと依人は叫んだが、イディールは聞く耳を持たない。イディールは白い石をもう一度、天に掲げた。再び、光の矢を落とすために。


「神よ、ミゲツ様よ! 祠を穢す冒涜者に、裁きを!」


 イディールの叫びに応じて天が光る。そのとき、


「よく見ろ! 物騒なオモチャはもうねえぞ!」


 依人が連れてこられた方向から、鋭い声がした。


 イディールが何かに気づき、顔が蒼白する。


 依人も振り向き、目を見開いた。声の主は、スピウスだ! 細い腕を組み、仁王立ちをしている。隣ではパニが、その口に白い石を加えて唸っている。先程までイディールが持っていた石を、いつの間にか奪い取っていた。


 信者たちは怒りのわめき声をあげ、スピウスの方に向かっていった。急に現れた人物に大事な石を奪われ、混乱しているようだ。


「ヨリト! やっちまえ!」


 パニが咥えていた石を噛み砕き、イディールの絶叫する声が聞こえた。依人が、扉を開く手に力を込めると、あんなに重かった扉が、糸が切れたように開いた。


 扉が開いた反動で、依人は尻もちをついた。祠から強い力を感じ、依人は体を起こすと目を細めた。


 頭上に何かが輝いており、眩しくて直視することができない。白い光が、祠から湯気のように出ていて、空中をたなびいている。その光はやがてカナリアを覆った。


「……杖だ。杖に反応しているんだ」


 依人は呟いて、放心したようにカナリアを見つめていた。彼女が、光に包まれている。


 カナリアと目が合う。カナリアは頷くと、背中の杖を手に取った。杖を構えると、白い光は、かなりの勢いで杖の中に吸収されてゆく。カナリアは振り回されないよう、夢中で杖を握っている。


「ヨリト!」


 スピウスが悲鳴にも似た声を出した。依人は、光の渦の中心にいるカナリアから目が離せなかった。


「ヨリト! 見てみろよ!」


 スピウスに身体を揺さぶられ、依人はやっとカナリアから目を離してあたりを見渡し、息を呑んだ。


 祠の前にいた信者たちが、どこにもいなかった。


 立派だった祠は苔に覆われていて、広場のようになっていた足元は、背の高い雑草が生い茂っていた。パニが噛み砕いた石の欠片は、まだその場にあったが、白色の磨かれた石ではなく、どこにでもあるような灰色の石だった。


「さっきまで見えていたものは、なんだったんだ」

「……ミゲツは、幻想を司る神。俺たちの見えていたものは、全てまぼろしだったんだな」


 スピウスが、足元の小石を拾い上げて言い、パニは優しく鳴いた。


 はっと我にかえって、依人はカナリアを見た。


 カナリアは、手に輝く杖を持っていた。杖にはめられた石が、白く美しい光を放っている。


 全て、終わったのだ。安心した依人は、急に眩暈がして、その場に倒れ込んだ。


 肩から、血がとめどなく溢れている。忘れていた痛みを思い出し、依人は目を閉じた。


 視界が暗くなる前に、カナリアが依人の名前を叫びながら駆け寄ってくるのが見えたが、返事をすることも出来ず、依人はそのまま動かなくなった。

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