第16話 「全てを放り出して」

 大地が揺れるほどの轟音がした。天から、雷のような光の矢が、依人たちのいる場所めがけて突き刺さった。


 依人は咄嗟に信者の手を振り解き、カナリアを庇うように抱き寄せてそのまま地面に伏せた。凄まじい衝撃に、目を開けることもできない。


 なんとか薄目で先ほどまで依人がいたところを見ると、信者が、白い石を天に掲げていた。


 そこは光の矢が落ちた場所だ。地面は大きくえぐれているが、信者は無傷だった。


 依人は身震いした。あんなものをくらったら、自分はただでは済まないだろう。


 ではなぜ信者たちは無事なのか。彼らは神を信仰しているからか? 


 馬鹿馬鹿しい! 依人は、立ち上がった。神だとか運命だとか、関係ない。俺はカナリアの力を集める手助けをし、この国を敵の支配から救って、元の世界に戻り千恵にプロポーズをする。そのために、俺はなんだってやるさ。


 だが、まずはこの信者たちを落ち着けないと、また何をされるか分からない。

 しかしその時、不意にカナリアが叫んだ。


「貴方たち、こんな所に居たって、願いなんか叶いっこないわ!」


 依人は驚いた。カナリアが、怒っている。一体、彼女は何に苛立っているのだろう。


「家族はどうしたのよ? 友人は、恋人は? 国が大変な状況なのに、こんな森の中で、何をやっているのよ! どれだけ必死に祈ったって、全てを放り出している人の願いを聞くほど、神様は暇ではないわ!」


 信者は、骨張った拳を握りしめて低い声を出した。


「放り出したのではない。勝手なことを言うな、小娘が。おれたちは、ミゲツ様に捧げてきたのだ。家族も、故郷も友人も、全て置いてきた。しがらみを抱えた状態で、ミゲツ様にお会いできるわけがないだろう? おれたちは、人生を捧げているのだ」


 依人は、何かを感じた。例えるならば、賑やかな宴席の場で、自分を呼ぶ声だけはっきりと聞こえる時のようだった。それは祠についている、大きな扉の奥から感だった。扉の奥に、何かがいる!


 隙を見て、依人は扉の前まで駆け寄った。観音開きの扉に手をかけ、力任せに引っ張る。


 恐るべきことに、扉は全く開かなかった。木の扉は、外側からすさまじい風圧で押されているような重さだ。しかし、力を込めると少しずつ開いてゆく。依人が後ろを向くと、信者がわめきながら、何かを構えているのが見えた。それは大ぶりの斧で、依人めがけて振りかぶっている。


「何をする! 貴様如きが祠に触れるな!」


 信者が、勢いに任せて斧を投げた。


「やめて!」


 カナリアが叫び、斧を持った信者の身体に体当たりした。しかし、依人を狙った斧は既に投げられており、少し軌道がずれて依人の肩を深く切り裂いた。

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