第15話 「呆れたわ!」

 男のあまりの剣幕に、依人は後ずさった。


「言わぬのならば当ててやろう。おれはミゲツ様の第一信者、イディールだ! ここで奇跡を待っている。お前たちは、奇跡を横取りしようとしているのだろう!」


「奇跡って、スピウスが言っていた噂ね」カナリアは依人に言った。

「なんでも願いを叶えてくれるという話」


「俺たちは奇跡なんか興味ない、探し物をしに来たんだ」


 イディールは依人の言葉を聞いて、なめるようにふたりの顔を交互に見た。充血した赤い眼が、依人の視線と合う。依人は目を逸らしたくなった。


「嘘をつけ、人間は等しく浅ましい。奇跡を求めぬ人間などいるものか!」

 がなり声で叫んだ。

 すると周囲で祈っていた残りの信者が、ふたりを取り囲んだ。


「……何をするつもりだ」

 依人は低い声で言い、剣に手をかけたがカナリアが制した。


「待って! 彼らはただの国民よ。不用意に傷つける事ないわ」


 攻撃するべきか、依人が逡巡していると、信者たちは集団で依人を取り押さえた。だが彼らの腕は細く非力で、身をよじれば簡単に振り解けそうだ。カナリアを見ると、彼女も大人しく捕まっている。信者たちはふたりを、先程まで祈りを捧げていた方向へ連れて行った。


「冒涜者どもめ!」イディールはやかましく騒いでいる。

「奇跡を奪い取ろうとした不埒な輩を、ミゲツ様に裁いていただくのだ!」


 信者達に引っ張られるまま歩くと、目の前に大きな祠が現れた。

 木でできた祠は、依人の身長よりも高く、正面には大きな扉がついていた。木の柱などは頑丈で、年月を感じさせないほど立派だった。所々に赤い模様が刻まれており、自然に囲まれた森の中で異質な雰囲気を漂わせている。

 空には、月が丁度真上に見えており、光が祠を一直線に照らしている。その様子は、まさに『月光ノ祠』と言わんばかりだった。


 大きな扉の前には、光を閉じ込めたように白く輝く、綺麗に磨かれた丸い石が置いてある。


「あれが、祠か!」依人はカナリアと目を合わせた。

「そうだ、神の御膳だぞ!」信者たちは口々にわめいている。

「ミゲツ様、冒涜者どもを連れて参りました」


「神だと?」依人は祠を睨んだ。

「俺にはこの建物に、意志があるとは思えないな」


 イディールはぼさぼさの頭を振り乱して、大袈裟にため息をついた。

「ここにおわすミゲツ様を認識できないとは、なんと嘆かわしい! ミゲツ様は偉大な神。これまでその御手で幾多の奇跡を起こされたか! 病を治し、天候を変え、戦火を沈めた。それも全て、人の願いがあってこそ! そのためおれたちは、ここで祈り続けているのだ!」


 第一信者は全身全霊で語り続けた。

「祈り続け、もう何年になるか分からない。だが必ず、おれたちの祈りはミゲツ様に届く。そう! その時こそおれは、この国の頂点に立つのだ! ミゲツ様、私を王にしてください!」


「呆れたわ!」カナリアが鋭く言った。

「統治者なんて、信頼か武力のどちらかがないと、なれるわけがないもの。権威だけ貰って、どうするつもりかしら」


 依人は諦めたように首を振った。

「こいつらに何を言っても意味がないさ。祈ることに時間を使いすぎて、今更止めることができないんだろう。どれだけ有名な神だろうが、祈るだけで何かが起こるわけがない」


 それを聞くとイディールは、歯を剥き出して笑った。


「それができるからミゲツ様は神なのだ。さあ、この不届き者に裁きを!」


 信者はそう言って、手を伸ばした。その骨張った指が、祠の前に置かれた白く光る石を捕らえ、固く握りしめる。


 その時、天が鋭く光った。

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