第3話 「守ってあげるんだからね」

「お前さんも、姫に同行してはくれぬか。本当は儂が姫に付き添いたいが、歳のせいかうまく歩けんのじゃ。王女の一人旅など、あってはならんこと。お前さんを、腕の立つ方と見込んでのお願いじゃ。身勝手な願いだとは、分かっておる。どうか、どうか……!」

「ミミズク、やめて。私が巻き込んだのに、彼を危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」


 カナリアが制止するも、老人は、皺だらけの両手を擦り合わせ、依人に懇願している。


 依人は、静かに息を吐くときっぱりと言った。


「俺は、すぐにでも元いた所に戻らなければいけない」


 彼は跪いている老人に歩み寄り、その肩に手を置いた。


「顔を上げてくれ。どこに行けばいいんだ?」

「同行して……くれるのか?」


 老人の声は、驚きと感謝で震えていた。


「そうだ。こいつ一人だと、時間がかかりそうだし、途中で死なれたら困る」


「それはダメよ!」カナリアは依人の腕を掴むと、振り向かせた。

「危険な旅になるかもれないもの。私は、ヨリトに来てほしくないわ!」


「さっきは、怒鳴って悪かった」依人は、カナリアに続けて言った。

「ただ、あの言葉に嘘はない。俺は今すぐにでも元の世界に戻りたいと思っているし、戻れる方法が杖の力を集めることなら、全力で手伝う」


 依人は、掴まれていない方の腕で、カナリアの肩を抱いた。


「それに俺は、カナリアが死んだと聞いた時、お前を守れなかったことを、とても後悔した」

「……後悔? 一体、なぜ?」


「それは俺が昔、お前を守ると約束したからだ。もうあんな想いはしたくない。その約束を、果たさせてほしい」


 カナリアは、驚いたように目をしばたかせ、そして笑った。


「ふふっ、そんな小さな頃の約束を覚えていてくれるなんて。やっぱりいい人なのね、すごく」

「笑うなよ。俺にとって、約束は大事なんだ。とにかく、俺も旅に出るからな」


 思わずしかめた依人の顔を、カナリアは真っ直ぐに見た。


「ありがとう、ヨリト。本当は、少し心細かったの」


 カナリアは、そう言って笑った。


「私に霊力が集まったら、すぐに元の世界の、もとの時間まで帰してあげるわ」

「……待て、元の時間だと?」


 依人は、驚いて聞き返した。これまで《異界渡り》では、過ごした時間だけ現代でも時が進んでいたから、もう数ヶ月は戻れないと覚悟していた。


「ええ。霊力があれば、ヨリトがこの世界に来た時間で、元の世界に戻すことは可能なはず」


 カナリアの言葉を聞いて、依人は安心した。これで、公園で待っている千恵を不安にさせることがなくなる。それと同時に、とある可能性が閃いた。


「……時間は、少し前に戻すことも可能なのか」


「そうね、ヨリトが現れたのが、聖獣を呼び出す原理と同じなら……半日くらい戻すことができるわ」

「……上出来だ」


 召喚された時間は、依人と千恵との待ち合わせ時間を過ぎていた。依人は約束の時間に遅刻するところだったが、召喚時間の半日前に時が戻れば、依人は遅刻を防ぐことができる。


 千恵との約束、そして幼い頃のカナリアとの約束。守れなかった二つの約束を、果たすことができる!


「よし……俄然やる気になった。カナリアのことも、きっちり守ってやる」

「ありがとう、頼りにしているわ」でも、とカナリアは続けた。

「私はもう、お兄様の前で、泣いているだけの女の子じゃないわ。ヨリトのことだって、守ってあげるんだからね」


「……さっき俺に怒られて、泣いていただろうが」

「もう、あれはいいの! これから!」

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