第2話 「巫女の力」

  孤児である依人はこれまで、同級生や先輩に呼び出されたり、からかいの対象にされることもあった。だが暴力を振ってくる相手には、その度に返り討ちにしてきた。


 自分は他人より力が強く、攻撃を躱すことにも長けていると、依人は漠然と感じていた。それでも、この人数は、相手にしたことがなかった。


「くそっ! 武器ってのは、想像以上に厄介だな」


 男たちは、手に手に無骨なナイフを持っていた。圧倒的な戦力差。それでも依人は、持ち前の運動神経でナイフを掻い潜り、攻撃を繰り出した。


 拳を握り、避ける。打つ、打つ。


 また避けて、打つ。


 男に当てる度に肌が擦れ、次第に依人の拳は血に濡れていった。


 男たちは、2、3人倒れた所で、止まる気配はなかった。ナイフの刃先が、何度も依人の体を掠める。


 どうするか。このまま戦い続けた所で、勝ち目はないだろう。どこか、逃げられるところはないか……。


「逃げ場ならある、案内するわ!」


 声を聞いて振り向いた依人は、 痛む足を抑えて立ち上がる少女を見た。


「こっちよ、ついて来て」

「わかった」


 依人はそう言うと、不意に、少女の身体を抱え上げた。


「へっ? ヨ、ヨリト! 降ろして!」


「うるさい、いいから指示をくれ。どっちに行くんだ」


 軽々と担いで走る依人に、少女は慣れない姿勢で必死にしがみつき、二人は少女の家を目指して走った。



 依人は、目を見開いて少女の全身を見つめた。自分の記憶を探り、幼い王女の姿と照らし合わせる。


「お前が、十一歳で亡くなったと言われていた、カナリア王女本人だと? カナリアは、今までずっと生きていたのか? それで俺のことも知っていたのか?」


 依人の目の前、ソファに腰掛けたカナリアは、にっこりと笑った。


「そう、私はずっと隠れて生きていたのよ。私がここに住んでいることを、明かされるわけにはいかなかったの」

「そう、だったのか。俺はてっきり……」


 依人は、そこで言葉を切った。


 少女に案内されたのは、城下町の一角にある小さな家だった。家の中では、老人が一人、少女の帰りを待っていた。


「お待ちを、姫。助けてくれたとはいえ、素性の知れぬ男に、話してもよいものじゃろうか」

「平気よ、ミミズク。彼とは幼い頃からの付き合いだもの。信頼できる人だわ」


 ソファの横に立つ老人は、それを聞くと、頷いて依人を見た。


「カナリア様とその兄上様、どちらが王位を継がれるのかと、数年前に城内で争いが起こったのじゃ。カナリア様は、過激な考えを持つ者どもから幾度も命を狙われた。姫の安全のために、カナリア様は事故に遭われた事にして、隠れて暮らしていたのじゃ。儂のような側近と一緒にな。じゃが、昨日の晩……」


 老人は目を伏せ、カナリアが話を続けた。


「突然、この城下町に隣国コスダロの兵士がやってきて、あちこちを焼き払ったの。そして兄は、隣国と手を組んでこの国を支配するという恐ろしい発表をしたわ。兄は……お母様を手にかけ、お父様も敵国に捕まってしまった。……私は、生き残ってしまった王女として、この国を取り戻さないといけない」


 依人はなんとか理解しようとしたが、突然のことで頭が混乱している。あの生意気な青年が、母を殺し、王国を乗っ取ろうとしている。……想像もつかなかった。


「あいつが、国を勝手に支配してるってことか。それで、カナリアは国を取り戻すと言っていたが、勝ち目なんてあるのか?」


「それは、巫女の力よ。代々王族の女性は、邪な者を近づけさせない神聖な力を持っていた。それで、長らく国を守ってきたの。お母様もそうよ。その力は、私が産まれる時に引き継がれるはず、だったの」


 カナリアの顔は、過去の自分を思い出して曇った。


「私にはその力は引き継がれなかった。それにお母様は、私を産んだことで力を失なってしまったの。国民のためにも、この事実は伏せられたわ。けれど事情を知る一部の人達は私を責めていた。《出来損ないの王女》だ……って」


「兄であるあいつも、それを知っていたんだな」


 依人は、カナリアを嘲笑する兄の姿を思い出した。


 カナリアは、ソファから立ち上がり、近くの壁に立てかけられていた杖を手に取った。

 軽くて、頑丈な杖だ。宝石の様な石が嵌め込まれている。


 カナリアは、母のことを思い出すように、息を止め、優しく石に触れた。

 なぜだ……初めて見る光景なのに、心をギュッと掴まれるような懐かしさを感じる。


「これは、母の杖よ。これを使えば、私にも巫女の力が使える。でもそれには、各地にある霊力を集めなくてはいけないの。……初めは僅かに母の力が残っていたけれど、ヨリトを召喚した時に使い果たしてしまって、今は空っぽ。あの時本来なら、母の使役していた聖獣を呼び出すはずだったの。巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」


 依人は、杖を握りしめるカナリアをしっかりと見た。


 壊れた国で自分の無力さを嘆く、出来損ないの王女。


 その姿は、幼くて頼りない、自分が守れなかった昔のカナリアと重なるようだった。

 だが、死んだはずの彼女は生きていた!


「私が、巫女の力を使えるようになれば、ヨリトを元の世界に返すことができるわ。私が力をつけるまで、この家で待っていてほしいの」

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