第11話 「優しすぎるわよ」
依人とカナリアは、いつの間にか現れた白い狼を携えて、走るスピウスを追いかけていた。今度は狼に跨っていないにも関わらず、青年の足は早く、うっかりすると引き離されてしまいそうだ。
森の奥へと進んでいくと、程なくして先ほどまでは聞こえなかった川のせせらぎが、依人の耳にも届いた。
月明かりに照らされた小川は小さかったが、息の詰まるような森から少し開けた場所に出たことで、少し心が安らいだ。
怪物に襲われた時は興奮で気づかなかったが、ずっと走ったせいで喉がからからだ。依人は小川の水を手で汲んだ。
「さっきはありがとう」カナリアが声をかけた。
「山のヌシに襲われた時、助けてくれたでしょ」
「そうだったな」
依人は、ゆっくりとカナリアを見た。長い髪を簡単に結い、丈の短いスカートを履いている。ブーツは依人の靴と同じように土埃にまみれ、その町娘のような出立ちは、王女がするものではなかった。
異彩を放つのは、その背中に背負った神秘的な杖。依人は思わず声をかけた。
「……大変だな。お前は、こんな旅をする身分でもないだろうに」
「国民の気持ちを考えたら、苦でもないわ。でも、後悔していることもあるの」カナリアは、ゆっくりと続けた。
「ヨリト……貴方を連れて来てしまったことよ。旅は、想像よりもずっと危険だった」
「現実が想像を超えるってのは、どこの世界でもあることなのかもな」
依人の呟きに、カナリアは尋ねた。
「ねえ、今ならまだ、城下町のジャッジのところに戻れるかもしれないわ。スピウスは道を知ってそうだし、ヨリトだけでも、戻った方がいいんじゃないかしら」
「なぜ、そんなことを言うんだ」
カナリアの顔は、とても苦しげだった。
「ヨリトがスピウスにあげた小箱、あれは指輪でしょ。……貴方を待っている人って、とても大事な人なんじゃないかしら。そしたら貴方は、こんな危険な旅をするべきじゃないわ」
依人は、不意をつかれてはっとした。千恵が、俺のことを待っている。彼女が同じ状況なら、どうするだろうか? これからも続くかもしれない危険は避けて、安全なところで待とうと言うだろうか? それに、俺はどうしたいんだ?
「受けて立つさ。どんな困難だって、乗り越えてみせる。何より、俺がお前と旅を続けたいんだ」
胸を張った依人に、カナリアは言い放った。
「……死ぬかもしれないのよ」
「死なないさ。それにお前も、死なせない。これで満足だろ。だからもう金輪際、この話はなしだ」
依人はそう言って立ち上がると、手をひらひら振って歩き出した。
「ちょっとヨリト! ねえ、それは……優しすぎるわよ」
カナリアの声は、最後は消え入いるような小ささで、依人の耳には届かなかった。
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